第伍拾陸閑 彼女たちは銭湯と戦闘を勘違いしている
「はぁ~」
「気持ちええのぉ~」
例によって例の如く、食後風呂にやってきた俺。
二十五メートルプールと見間違うほどのただただ広い浴槽の縁に、ルージュと二人で並んでもたれかかり、大きくため息をつく。
「それにしてもアスタよ」
と、既に当たり前のように男風呂に入っているルージュ。
「何だよ」
それを既に当たり前のように扱っている俺も、どうかとは思うけど……。
まあ、理不尽な光の反射や、不条理な湯気なんていう、わけの分からない大人の事情みたいなもので、彼女の体は見事に隠されてるから、問題はない。
「いいかげん、新しい女子が入ってきたら、次のシーンは風呂というのは、どうなのじゃ?」
「メタな発言はやめろ」
「ネタ?」
「メタだ」
まぁ確かに、ネタ的な発言ではあるかもしれないけど。
「大体ルージュ、お前はどうして知っててはいけないようなことを、たくさん知ってるんだ?」
伝説のコンビの、多分ボケ担当であるブラッドレッド・ボルドー・ルージュは、ネタでたまに知ってるはずのない、いや、知っててはいけないようなモノを使ってボケをする。
それがなぜなのか、新キャラ登場→風呂の流れより、そっちの方が気になるよ。
「アスタよ、ワシは千に届かんというほどの歳を重ね生きておるんじゃぞ? そのくらい当たり前じゃ」
「おばあちゃんの知恵袋的な何かですか……」
「そうじゃ」
そうですか、ルージュちゃんは七+九百九十歳ですからね。
いや、でもだからと言って、歳を重ねた程度で世界を超越するほどの知識を手に入れられると、困るといいますか、何と言いますか……。
「と言うか今更だけど、九百九十七歳って、お前は鶴かよ」
「鶴ではない、ツルペタではあるがの」
まぁワシの知識については、あまり気にするでない。
ルージュはそう言うと、逃げ出すように、風呂の縁を蹴りスィーと泳いで行ってしまう。
「おーっほっほっほっほ、やっぱりワンちゃんとは気が合いますのね」
ルージュの姿が湯気で見えなくなったと思ったら、今度は後ろからネネネとクゥの声が聞こえた。
「うん、子があるのだ」
子があるじゃねえ、気が合うだ。
「そうですのよ、ネネネとまおーさまの間には子供がいますのよ」
「赤ちゃんなのだ?」
「いないよ!」
嘘つきと、嘘を信じちゃう子のペアって、最悪で最凶だな……まじで災厄だよ。
「いないいないばぁなのだ?」
「いないいないまでは合ってるけど、ばぁは違う」
そんなことをして遊んであげる子供はいない。
「あらあらまおーさま」
「あらあらアシュタ」
まるで打ち合わせたかのように、二人して首を傾げる。
「あらあらまおーさまじゃねえ」
ネネネは、その美しいバストも、見事にくびれたお腹も、真っ白な太ももも、自分で隠すつもりはない。
全ては湯気と光、つまりは大人の事情まかせ。
「あらあらアシュタでもねえ」
クゥも、その芸術品のような美乳も、綺麗な形のおへそも、健康的に焼けた褐色の四肢も、まったく隠すつもりはなさそうだ。
そう全ては、世界の意のままに。もちろん俺にも見えていない。
ならなぜ描写してるのかって?
シルエットと、足りない場所は妄想と想像と努力で補っているんだよ。
「ココは女湯じゃない男湯だ、分かってるのか? 特にクゥ」
「分かってるのだ」
「ならどうしてこっちに来た!?」
君は女の子でしょうが……。
「アシュタと一緒にお風呂入りたかったのだ!」
「そんな都合のいいことがあるか!」
こういうときに使うんだな、それなんてエロゲって。
「だってアシュタと一緒に遊びたかったのだ、お風呂は楽しいのだ!」
ふむ、なるほど。
確かに子供の頃は、風呂って結構楽しかったイメージがあるな……。
一種のプールや、水遊び的な感覚だったのかもしれない。
おもちゃなんか持ち込んだりして、のぼせるのも忘れて遊んだもんだ。
分かった分かった、じゃあそこはいいとしよう。
「そのアシュタってのは何だ?」
俺の名前はアスタですよ?
アインシュタインの略ですか? 舌出した方がいいですか?
「アスタと」
クゥは、右手の人差し指を立てる。
「ご主人様で」
逆の手も、右手と同じように人差し指を立てる。
「アシュタなのだ?」
そして、立てた右手と左手の人差し指をごっつんこ。
なぜ疑問系?
「マスタの方がよかったのだ?」
「マスタ?」
「アスタとマスターで、マスタなのだ?」
だからなぜ疑問系? と言うのは置いといて。
なるほど。ほぼマスターの要素しかないような気もするけど。
それだけに、マスタの方がアシュタよりご主人様っぽくていい。
「マスタと呼んで――」
「ねえまおーさま、マスタって並べ替えると卑猥ですわね」
「アシュタと呼んでくれ」
アシュタの方が、マスタより異世界っぽいし、魔王っぽいし。
こう、エメラダのアスタロウと合わせて『アシュタロス』的な。
「分かったのだ」
「うん。まあ好きに呼んでくれたらいいけど」
俺は再び縁にもたれかかり、肩までお湯につかる。
「アスタよ、足を着かずに往復出来たぞ」
と、湯気の中から徐々に姿を現すルージュ。
「ひいっ……」
しかし彼女は俺の後ろに視線を向けると、クゥの存在に気付いたのか、立ち止まってしまう。
「おい年増、ケルベロスなどを連れて来るでない、風呂に毛が浮いてたまらんわい」
ルージュは、ネネネをキッと睨みつける。
「どうしてネネネに言うんですの? ワンちゃんが自分でこっちがいいと言ったんですのよ?」
「嘘を言えこの大年増が、お主がそそのかしたんじゃろうが」
「何ですって!?」
「お? なんじゃ? やるのか?」
「やってやりますの……」
マジですか……またですか……。
「ワンちゃんが! さぁワンちゃん、またまたあそこのババアが遊んでくださるんですのよ、GOですの!」
「わ~いなのだ!」
ルージュ目指して、風呂に飛び込むクゥ。
「ちょ、お、おにゅし、く、来るでない!」
水を掻き分け、逃げ出すルージュ。
「まてまて~なのだ~」
じゃぶじゃぶと、それを追いかけるクゥ。
「ひ、卑怯じゃぞこの年増!」
「まてまて~」
「おーっほっほっほっほっほっほ。これでネネネはまおーさまと二人きりで、ゆっくりお風呂に入れますの。ね、まおーさま」
風呂につかり、つついと俺の方に寄って来るネネネ。
すると突然今までネネネがいた場所が、ドカンっと大きな音を立て爆発し、水しぶきが大きな柱をつくる。
「ひ、ひぃっ!?」
「な、何ですの!?」
「わからない」
俺のオナラではないことは、確かだけど。
「おのれ年増が……」
声のする方を見上げると、ルージュがまっ赤なオーラをその身にまとい、宙に浮いている。
そして瞳を妖しく光らせ、牙をむき出しにし、低くうなる。
「覚えておれと言うたじゃろうに……」
どうやら爆発の原因はルージュのようだ。
彼女の広げた小さな手の平には、その手より更に小さく、血のように紅い球体が浮いている。
「おいおいネネネ、ルージュ怒ってるぞ」
「おほほほ、大丈夫ですのネネネにはワンちゃんがいますもの。さぁまおーさま、あんなババアはほっといて、ネネネとゆっくりお話しますのよ」
君はゆっくり会話なんて出来ないでしょ? そもそも会話にならねえ……。
と、言うか。
「そんなのんきなこと言ってる場合じゃなさそうだぞ?」
「どうしてですの?」
「だって、ほら……」
ルージュによってだろう、クゥは完全に伸され、湯船に仰向けで浮いている……。
「あらあら……おほほのほ」
「死ね年増が! 雨弾!!」
ルージュがそう叫んだ瞬間、彼女の周りに先ほどと同じ球体が、いくつも出来上がっていく。
そしてその紅い球は、一斉にネネネに降り注ぐ。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁですのぉぉぉぉ!!」
「去ねやぁぁぁぁ!!」
必死で逃げるネネネの通った後には、ドドドドという幾重にも重なった爆音と、水の柱が並び立つ。
いや、ホント、まったく、暴れすぎでしょ。
この二十五メートルプール並みの風呂が、波のあるプールみたいになってるんですけど。
しばらくしてもルージュの攻撃はやむことなく……。
「助けでですのぉぉぉぉ!」
「わ~っはっはっはっはっはっは」
ルージュは腰に手を当て、嬉しそうに高笑い。
立場が逆転しちゃってるよ。
そして調子に乗ったルージュの攻撃は収まることなく、更に勢いを増してゆき、男湯と女湯を隔てる壁をぶち壊し、とうとうバトルの舞台は女湯へと。
「ちょっとアンタ達何やってんのよ!」
ラヴの怒号が飛ぶ。
既にバトルは新たな局面を迎えたみたいだ、爆発音に混じって金属音が聞こえる。
きっとラヴの剣だ。彼女まで巻き込んで、ドンパチし始めたに違いない。
爆発と悲鳴は金属音をも交え、轟音は更に大きくなってゆく。
「はぁ~実に平和だ」
この後ネネネとルージュ、そしてとばっちりでラヴまでもが、エメラダにボコられたのは言うまでもないことだろう。
「「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ~!!」」
「どうして私までぇぇぇぇ!?」
本当に平和だ。