第伍拾参閑 舌で弄ばれ、唾液にまみれ
「はっはっはっは、今回もワシの勝ちじゃ!」
「キィィィィ、悔しいですの!」
いつもおどおりタイミングよく、食事の間に駆け込んできた騒がしいお二人。
「お帰りネネネ、ルージュ。今回は一体何の遊びだ?」
というか、こいつら結局一日中遊びまわってたのか、元気だな。
「アスタの部屋からここまで、どちらが早く来れるかの競争じゃ」
「なぜ俺の部屋!?」
「じゃってほら、スタートラインとアスタは似ておるじゃろ?」
「どこがだよ!」
合ってるのは“スタ”の二文字だけじゃないか。
七分の二しか合ってないよ、七分の五違うよ。
「はっはっはっは、まぁ細かいことは気にするでない」
はっはっはっはと、腰に手を当て今日も元気に高笑いするルージュ。
でも、クゥの方に視線を向けた瞬間、ルージュはピクッと身を震わせ
「はははははははは」
と、棒読みのような笑い方になり、更に虚ろな目でフラフラと歩きだし、そしていつもは座らないような席に、ぐったりと腰を下ろした。
どうしたんだろう、遊びつかれたのかな?
「ゴホン。まおーさま、ちょっとよろしいですの?」
あははは~やっぱり次はそう来ますよね~。
「はい、ご注文は何でしょう?」
「ふざけないでくださいですの! この子は一体誰ですの!?」
ネネネが指さしたのは、もちろんクゥ。
「あ、え、えーっと」
「えーっとはいらないですの!」
どこかのCMかよ……。
「ボクはクゥなのだ!」
と、元気よくクゥ。
「そ、そう、この子はクゥ」
「名前を聞いてるわけではないんですのよまおーさま、ネネネはどうしてここに新しい女の子がいるのか、聞いているんですの」
俺も聞いていいかな……どうして新しい女の子が増えるたびに、俺はネネネに怒られないといけないんでしょうか?
とは言えないし、かといってここではぐらかしたら余計うるさいだろうし……そもそもはぐらかせないだろうし。
仕方ない、最初から説明するか。
「今日の朝ご飯を食べに食事の間に来たらラヴがいて今日は髪の毛を下ろしていたからどうしたのって聞いたらゴムが切れたって言ってそれからしばらくは普通にご飯食べてたんだけどしばらくしたらラヴがキャラバンの話をし始めてそこにゴムを買いに行きたいから一緒に来てって言うから一緒に行ったんだそれで色んな店を回ってゴムを買った後最後の店でこの子が奴隷として売られてたんだで助けたかったからこの子を買うことになってでもお金がないからいったん城にお宝を取りに戻ってなんやかんやあった後また店に行ってそのお宝とこの子を交換してでこの子を城につれて帰って来たっていうわけ」
はぁはぁはぁ……。
「おほほ、まおーさま少々長いですの、まとめてくださいます?」
「行った、買った、来た」
「なるほどですの」
通じた!?
「愛ちゃんとキャラバンに買い物に行ったら、その子が奴隷として売られていたから、可哀想に思ったまおーさまは、その子を買った。だからここにいると、そう言うことですのね」
完璧だ!
「どうしてですの!? 性奴隷ならネネネがいるではないですの!」
「やめろ!」
俺は性奴隷を買ったつもりも、ネネネを性奴隷にした覚えもない!
「やめないですのぉ~」
「だろうな、ネネネには法や決まりごとなんて、あってないようなものだからな」
つまり――
「制度零と言いたいんですの?」
「よく分かったな」
「当たり前ではないですの、ネネネは色んな意味でまおーさまと繋がってますもの」
「どんな意味でも繋がってないわ!」
まったく誤解を招くようなことしか言えないんだから……。
「おいアンタ達、早くご飯食べたいんだけど」
お、おいっておい、ラヴ。
気付けば俺とネネネ以外の、ラヴ、ルージュ、エメラダ、そしてちゃっかりクゥまでもが、既に席に着いていた。
ということで、俺とネネネも席に座る。
「「「「「いただきます」」」」」
と、合唱し今日も今日とて、皆でおいしいラヴのご飯を食べ始める。
席の並びを言うと、机の短い辺の部分に俺、その右隣にネネネ、その奥にラヴ。
左隣にエメラダ、その奥にクゥだ。
エメラダはクゥのことを完全に”犬”と認識したのか、興味津々で『待て』たらなんたらと、躾をしている。
いずれ俺も『アスタロウ、待て』とか言われそうで、怖い。
それから案の定、ネネネは俺の横で、クゥについてどうたらこうたらとうるさい。
そしてやはり、ルージュの様子がおかしい。
いつもおかしいから、何がおかしいか分からないかもしれないけど、いつもと違うおかしさだ。
いつもなら食事中彼女は俺の膝に座る、でも今日は俺から一番遠い、長いテーブルの一番端っこに座っている。
ラヴも最初は端っこで食べていたが、最近は皆席をつめて食べている。
だから長いテーブルの半分は使われていない、つまりルージュの前に料理はない。
「ルージュご飯食べないのか?」
しかし俺が声をかけても、ルージュは放心状態のまま固まっている。
さながら蛇に睨まれた蛙のようだ。
「おーいルージュ!!」
俺は少し大きな声で彼女を呼ぶ。
「ひゃいっ……!? お、驚かすでない古畑」
「違いますねぇ~、私の名前は~アスタです、はい」
「な、なんじゃアスタ」
あれ? おかしいな、やっぱりおかしい……いつもならここら辺で、伝説のコンビがやってくるはずなのに。
「ご飯食べないのか?」
「食べるに決まっておろう」
「じゃあそんなとこにいないで、こっちにおいで」
「そんなとこよりアスタ……」
そんなとこよりじゃねえ、そんなことよりだ。
「飯をこっちに持ってきては貰えん可能?」
「不可能だ、こっちに来て食べなさい」
「やじゃ」
「どうして?」
「やじゃやじゃやじゃやじゃ! やなものはやなのじゃ!」
かってかって~って言う駄々っ子みたいだ。
「ならご飯はなしだ」
俺がそう言うと、ルージュは涙目になる。
「……じゃって、じゃってじゃぞ? そこにおるの……ゲルベロスではないかぁ」
「そうなのだ! ボクはケルベロスなのだ!」
ルージュはクゥの声に、身をびくっと跳ね上がらせる。
「なんだよルージュ、クゥのこと知ってるのか?」
「知っておるとも……いや知っておると言えば少し語弊があるかもしれんの、正しくはそ奴と同じケルベロスを知っておる、じゃ」
ルージュは体をワナワナと震わせ、嫌なものを思い出すように話し始めた。
「あれはいつじゃったか、百年ほど前ワシがまだ幼かった頃じゃ……」
つっこんだ方がいいんだろうか、『今でも幼いだろ!!』って。
いいや、やめておこう。
「吸血鬼になって数百年が経ち」
そもそもこの時点で幼くないんだよな……。
「この世界にも退屈したワシは、少し睡眠を取ろうとベストプレイスを求め、さ迷っておった。
そして最後に行き着いたのが、アスタに出会ったあの教会じゃったわけじゃが。
その前にじゃ、アスタ、おぬしの領地に入る前に大きな関所のようなものがあるじゃろ?」
「あ、ああ」
俺は知らないけど、ラヴが言うにはそうなんだろう。
「そこにおった門番がケルベロスじゃった」
「それは多分ボクのお父さんなのだ」
ルージュはクゥに、警戒するような視線を向け更に続ける。
「そのケルベロスは、大きな大きな……そうじゃのう、この前のドラゴンよりも大きかった……」
「クゥ、君のお父さんはそんなに大きいの?」
「うん、ボクのお父さんはこーんなに大きいのだ」
クゥは両手をめいいっぱい広げて見せる。
そんなに大きいのか、巨人さんなんだろうか。
だとしたらその巨人から、どうやったらこの普通サイズの女の子が生まれるんだ……?
「そう……ドラゴンよりも大きい、真っ黒な犬じゃった」
「い、犬!?」
「犬じゃないのだ、ケルベロスなのだ!」
おいおいちょっと待て、どうして犬からこんな人間が生まれてくるんだ……?
大きさよりもまずはそこだ。
しかし、俺の疑問なんていざ知らず、ルージュは話を進める。
「でじゃ、ワシが関所を渡ろうとしたら、そのでっかい犬が……だらだらと汚い唾液を垂らして、近づいてきたんじゃ」
ルージュは自分の肩を抱き、ブルッと身震いをする。
「そしてその唾液にまみれた汚い口で、ワシにじゃれ付いて来おったのじゃ!!」
カッと目を見開き、より一層震えを増すルージュ。
「……その後何時間も、ベロベロと舌もてあそばれ、ワシは臭い唾液でべっとべと……。ああ、恐ろしい、おそろしい、オソロシイ」
彼女は虚ろな目で、恐ろしいとつぶやき続ける。
一体どれだけの恐怖体験だったんだ、かなりトラウマになってるじゃないか。
まぁ確かにドラゴンよりでかい、つまり高さ十五メートル以上の犬が、ベトベトのよだれを垂らしながら、嬉々としてじゃれ付いて来たら……トラウマもんだな。
てか門番、クゥのお父さん何やってんだよ、それ強姦じゃね?
「でもさルージュ、それとクゥとは関係なくないか?」
「アホなことを言うでない、一緒じゃ! その射抜くような銀色の目、光をも吸い込む漆黒の毛……あぁ、それを見ただけでも思い出すわい。アスタも気を付けよ、気を抜けばおぬしもペロンちょされてしまうかもしれんからのぉ」
ペロンちょって……むしろされたいくらいだよ。
「う~ん仕方ない、じゃあ仲良くなるためにも、まずはあれをやろう……」
そう、皆が大好きなあれ、四回目になるあれ。