第肆拾玖閑 ネタの倉庫
「よっこらしょっと……ふぅ、にしても汚いな」
薄暗くて埃っぽい魔王城の倉庫の中、その中の武器や防具、お宝なんかが置かれた区画。
そこには所狭しと物が置かれ、お世辞にも綺麗とは言いがたい。
「手に入れた物をそのまま倉庫に押し込んだって感じね」
ラヴと二人で文句を言いながら、お金になりそうなものを物色していく。
「色んな物があるな……」
小さな宝石やアクセサリー類、金や銀の食器、高そうな武器に、装飾が施された防具などなど。
「なんだこれ?」
俺が手に取ったのは、バスケットボールほどの大きさの、古びたボールのようなもの。
「ボールまであるのか……ポイっ」
「いたっ、何すんのよ!」
投げたボールはどうやら俺の後ろにいた、ラヴに直撃してしまったらしい。
彼女は頭をさすりながら、俺を睨みつける。
「い、いやぁ悪い悪い」
「まじめに探しなさいよ! アンタが言い出したことでしょ!?」
そして立ち上がり、ボールを拾い上げると思いっきり俺に投げつけた。
「ごふっ……」
みぞ……おち……。
ラヴは言葉でのキャッチボールも強烈だが、本当のキャッチボールでも強烈だった……。
「……まじめに、探してはいるよんですよラヴさん……でもですね、俺にはどれが高いのかいまいち分からないんですよ」
痛みをこらえ、お腹をさすりながら必死に声を振り絞る。
「う、産まれる……」
「……踏まれなさい」
踏んでくださるんですか!? でも俺そっちの趣味はないんです。
「まったく、本当に役に立たないわねアンタって。そうね……」
ラヴは腕を組み、周りを見渡す。
「ひとまずあの鎧は高く売れると思うわ。どうせもう着ないでしょ、そんな趣味の悪いやつ」
ラヴが指さしたのは、壁に沿うように立てられた、西洋風の鎧。
その鎧は装飾過多、過多も過多、過多過多、かたかた。
金持ちがその権力を見せ付けるためだけに、作ったような感じだ。
やたらと宝石が着けられていてキラッキラ、肩から垂れた赤いマントにも、金糸で刺繍が施されギラッギラ。
「これは着ないな……」
こんなの着てたら恥ずかしいよ。
そんなことを思いながら、装飾過多な鎧の、兜部分を持ち上げてみる。
「ひいっ!?」
するとなぜか、パチクリとした大きなお目々と、目が合った。
「な、何してるんだよそんなところで!?」
「産まれましたの」
「産んでねえよ!?」
そこにいたのはもちろんネネネ。
「一体、鎧の中で何をしているんだ……」
大体いつからいたんだよ、本当に読めない。
「そんなことより。まおーさまこそ、こんな所で愛ちゃんと何をなさってるんですの?」
「話の切り替えが早すぎるだろ、俺の質問はスルーですか」
「スルーしますの」
そうですか、まあ仕方な――
「あっ!」
そこで声を上げたのはラヴだった、嫌な予感しかしない。
「やめておけラヴ、それは言わない方がいい」
「何よ!? まだ何も言ってないじゃない!」
どうせあれだ、いつものしょうもないギャグをかまそうとしたに違いない。
「『スルーする』とか言いたかったんだろ?」
「あははははっ! アンタなかなかセンスがいいわね見直したわ!」
そしてラヴは、腹を抱えて笑い出す。
見直されてしまった。
「「……」」
彼女のツボが分からない、本当センス悪いよ。
「さあ、まおーさま。愛ちゃんは放っておいて、私の質問に答えてくださいですの」
「え? あ、ああ」
何だっけ? どうして俺がラヴと二人でこんなところにいるのか、か。
「えーっとそれは、あれだ。お宝探しに付き合って貰ってるんだ」
「まおーさま……ネネネというものがありながら、こんな所で愛ちゃんと突き合ってたんですの!?」
「漢字が違う!」
「感じちゃうですの?」
「ちが――」
「血が……ですの?」
ダメだ、今日もネネネの耳は発情してやがる。
「よく聞けネネネ、俺とラヴがことに及ぶには、色々飛ばしすぎだろ?」
まだ交際さえしてない。
「まあ、まおーさま、そこら辺にアレを飛ばしてはダメですのよ」
「そんなことは言ってない!」
「あら、まだイッてないんですの? ではネネネが――」
「くそぉぉぉぉ!」
どうなってるんだ!?
ラヴとは強烈でも言葉のキャッチボールは出来た、でもネネネとはまったく出来ない。
こいつはグローブじゃなくて、バットを持ってやがる……。
「まあまおーさま、バットを持っているのはまおーさまの方ではないですの?」
「黙れ!!」
そんな使い方は出来ません! 一人で野球は出来ません!
まったく……。
「もう一度言うぞネネネ。交際していない男女が、ことに及びはしないだろ?」
「いいえまおーさま、愛し合っていない男女が、ことに及ぶことなどよくあることですの」
「お前の物差しで、物事を語るな」
それはあるかもしれないけど、あってはいけないことだ。
「まおーさまのまおーさまを、物差しで計ると――」
「計るな!」
いつ計ったんだ!? いくつだったんだ!?
そんなやり取りを繰り返していると、木でできた倉庫の扉が開かれる。
「おい、誰かおるのか?」
そして聞こえてきたのはルージュの声。
ネネネはその声を聞くと、少し焦った様子で
「まおーさま、早く兜をかぶせてくださいですの」
と言った。
「ん? どうしてだよ」
「ババアに見つかってしまうではないですの」
ははん、なるほど。
それでこんな場所にいたっていう訳か。
ふむふむ、じゃあルージュにばらして、出て行って貰えれば少しは静かに――
「まおーさま、もしネネネの居場所をババアにばらした場合、まおーさまのまおーさまは“ED”ではなくて“END”になりますので、気をつけて欲しいですの。おほほほほ」
笑っていた、でも目は…………いや、目も笑っている。
こいつ心から笑ってやがる、狂気だ……狂喜だ……。
いったいどうされるというんだろう。
俺はネネネの頭に、そっと兜をかぶせた。
振り返ると、ちょうどルージュが倉庫の中に入り、こっちに歩いて来ている。
「やあ、ルージュ」
「おお、何じゃ田畑か」
「確かに俺は畑を持ってるけども、違う」
「アラタ?」
「惜しいな、下の一画が上にいちゃってるよ」
「シャスタ?」
「山ですか? 水でも汲んできますか?」
「マスター?」
「シュっ、あちらのお客様から、水です」
「あぁ、アスタではないか」
「なんじゃそら、もういいわ」
「「どうもありがとうございました」」
伝説のコンビ、倉庫でのネタ合わせだった……。
「アスタよ、年増を見なんだか?」
「ネネネ? ネネネならここに……」
おっと、危ない危ない。言ってしまったらENDにされるんだった……。
「ここに?」
「こ、ここここここ、ここにはいないんじゃないかな?」
「本当じゃろうな?」
ルージュの赤い瞳が鋭く光る。
「え、う……」
「嘘ついたらワシ、アスタのこと嫌いになっちゃうのじゃぞ」
ルージュはロリモードで、純粋に輝く目にいっぱい涙をためて、上目使いで俺を問い詰める。
「うっ……」
こっ心苦しい……こんないたいけな幼女に嘘をついてしまうなんて。
それに嫌いになっちゃうだなんて、それはいやだ!
教えたい、今すぐに教えてあげたい。
でも教えたら俺のアレはENDになってしまう。
あぁぁぁぁくそっ! 一体どうすればいいんだっ!
そんな俺に助けの手を差し伸べるかのように
「アスタロウこの鎧くさい」
と、いつの間にか現れたエメラダが、ネネネが入っている鎧を指さしそう言った。
「ギクリ」
鎧の中から、こもって低くなったネネネの声が聞こえる。
「ど、どうしてかな?」
「中に何かいる」
「ギクリギクリ」
よし、このままいけばうまくことを治められるんじゃないか?
「何がいるんだ?」
「……夢魔くさい」
「ネネネは臭くありませんの!」
とうとう鎧から飛び出したネネネ。
よっしゃ、狙いどおりだ。
これで居場所を言ってENDになることも、嘘をついて嫌いになられることもない。
「よくやったぞエルフっ娘。年増め、こんなところに隠れておったか!」
ネネネを見つけたルージュは、勢いよくネネネに飛び掛る。
「本当にしつこいババアですの!」
ネネネはそれをするりとかわし、ルージュから逃げるように出入り口の方へ駆けて行く。
「かくれんぼの次は、鬼ごっこか? よかろうやってやるわい! 待て~!」
そうして彼女たちは、二人してどこかへ行ってしまった。
「はぁ~」
喧嘩するほど仲がいいとはあのことか……。
「それにしても助かったよエメラダ」
「……」
エメラダは、よく分からないといった風に首を傾げる。
そういえば事情を知らなかったな、まあいいや。
「エメラダはどうしてここに?」
「作物の種を取りに来た」
「そっか」
そんなものまでここにあるんだな。
この倉庫広すぎてどこまで続いてるのか、どこに何があるのかまったく分からない。
さながら四次元倉庫だ、まあ現実はただの三次元倉庫なわけだけど。
「アスタロウも一緒に植える?」
「ごめん今はちょっと……」
俺が遊んでいる間にも、ラヴはせっせと金になりそうなものを探してくれている。
「そう」
「ごめん、今度手伝わせて貰うから、今日のところはエメラダに頼んだよ」
「そう……頼まれた」
エメラダは頷くと、近くの棚から種が入っているであろう袋を取り、倉庫から出て行った。
ふう、いろいろあったけど難は去ったし、これで安心して宝探しが出来そうだ。
「ねぇ魔王これ見て! 面白いもの見つけたわ!」
「ん?」
ラヴの少し嬉しそうな声に、俺は振り向く。
彼女が持っていたのは一振りの剣。
「それがか?」
その剣は一見して普通の剣だ、特に何か装飾がされているとかじゃない。
「まぁまぁ見てなさいって……」
ラヴはそう言うと、剣の柄頭にあたる部分をぐいっと押し込んだ。
すると刀身がバネ仕掛けのように飛んで……って。
「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ!!」
それは俺の頬を襲った。
一難さってまた一難とはこのことだ。