第肆拾肆閑 魔王アスタの成長を祝しまして
「宴だ~!!」
「何言ってるのよ魔王、早く準備しなさい」
「ハイ……」
ラヴがドラゴンを倒す前にも倒した後にも言った、『おいしいのよ』という言葉がどういう意味だったのか。
それはそのまま、ドラゴンの肉がおいしいということだった。
彼女は『おいしいのよ』と言った後、ドラゴンの肉を持って帰ると言い出した。
いや、正確に言えば持って帰れと命令した、俺に。
しかも翼やら何やらの食べられないところも、何かの素材になるからと言って、丸々一匹。
さすがに無理だと思ったね、だって高さが目算で十メートルだよ?
どれだけ重たいんだって話だ。
でも出来ちゃったんだからビックリ。
しかも俺一人で持った、他の奴等は皆俺が担いだドラゴンの上でのんびり座ってやがった。
ということで、今はそのドラゴン肉を使ってする、BBQパーティーの準備中だ。
パーティーと言っても、いるのは俺、ラヴ、ネネネ、ルージュ、エメラダのいつもの五人だけ。
村人も誘ってみようと思ったけど、怖がられるかもしれないので今回は肉をおすそ分けするだけにしておいた。
既に日は落ち、辺りは暗くなっていた。
月明かりと大きな焚き火の火が、魔王城の広い庭を照らし出す。
この庭俺のイメージする魔王城の庭とは違い、辺りはとても緑豊かで空気もいい。
少し歩けば俺の畑もあるしね。
そんな庭に焚かれた焚き火を取り囲むように、城から持ってきた木の丸椅子やテーブルを置く。
そしてそこに肉以外の食材やらなんやらを並べる。
ラヴは勇者の剣でドラゴンの肉をスパスパと切り分け、炎の横の地面に突き刺す。
今気付いたんだけど、よく見たら準備してるのって俺とラヴだけだ。
エメラダは……なんだろうよく分からないけど、しゃがみ込んで、ドラゴンの頭をナデナデしてる。
ルージュはドラゴンの首筋に噛み付いて、血をチューチュー吸ってるし。
ネネネにいたっては、もうどこにいるのかすら分からない。
まったく、あの問題児共め。
「ふぅ……」
ひとまず椅子やテーブル、その他野菜などの食材を運び終え、少し休憩をしようと椅子に座った俺だったが……。
「まっお~さま~!!」
「げっ……」
……そんなことは、この世界が許してはくれなかった。
「おわっ!?」
ネネネは走ってきた勢いそのままに、俺に飛びついてくる。
「っとっとっとっと」
背もたれがないので後ろに倒れそうにななったが、何とかこらえた。
「こらネネネ準備も手伝わないで、一体何して――」
「まおーさま、あのドラゴン大きいのは図体だけでしたの」
「どういうことだ?」
「まおーさまのまおーさまの方が大きいということですの」
何をしていたかと思えば、それの確認をしていたんですねわざわざ。
なんの為にそんなことを……。
「ん? ちょっと待て、ネネネはどうして俺の息子の大きさを知ってるのかな?」
「どうしても、ですの」
そうですよね、どうしたって何があったって、そうなんでしょうね君は。
「おいアスタ、ドラゴンの血はなかなかうまいぞ」
そう言って俺とネネネの方へ歩いてくるルージュ。
「ひいっ!!」
俺は、炎に照らし出されたルージュの顔を見て戦慄した。
彼女の口の周りは、真っ赤な血だらけに。
……ホラーだ。
夜だし、炎で照らされてるだけだから、顔に影が出来て余計に怖い。
夜一人で寝られなくなるじゃないか……いや、夜はいつもネネネがいるから、一人で寝たくても寝られないんだけどね。
「ル、ルージュ、まずはお口を拭こうか」
俺は机に置いてあった手拭用の布に手を伸ばして取り、それでルージュの口を拭う。
「ん……」
「ハイどうぞ」
「んぱぁ~……アスタもドラゴンの血飲まんか?」
「え……血はえんり――」
「と言ってもアスタは吸えんじゃろうからな、出血大サービスじゃ」
ルージュは艶かしく下で唇をなぞる。
「今なら口移しでやろう」
「なん……だと……!?」
口移し? 口移しってあれだろ? あああれだ、あれに間違いない。
「ゴクリ……」
「さあどうするのじゃ?」
「そ、そりゃもちろんお願い……」
いやいやいやいや、ダメだダメだ。
俺はわざとらしく首を振る。
そんなことをしてしまえば、獄吏に捕まってしまうかもしれないじゃないか。
それにさすがに血は飲みたくないし……。
「どうしたアスタよ?」
「や、やっぱり遠慮しとくよ」
口移しは凄く魅力的だけどさ。
「そうですわババア、血なんていりませんの!」
ネネネは俺から手を離し、ルージュを思いっきり突き飛ばす。
「何するんじゃっ!? わっ……」
俺の前に立っていたルージュは、ネネネに押されて炎の中へダイブ……っておい。
「あっつい、あっつい! 何すんじゃこの年増がっ!」
マジですか、炎の中に入っておいて熱いで済まされるのかよ……。
「オホホホホ、これぞまさしく飛んで火に入る夏の虫ですの」
そしてまた喧嘩が始まった。
「はぁ~やれやれ」
この子達の場合、飛んで火に入るというより、とんだ日に居るだよまったく。
そんなことを思っている俺に
「アスタロウ……」
と、声がかけられる。
エメラダだ。
呼ばれて彼女の方を向いてみると、ドラゴンの頭の前にしゃがんでいる彼女は、雰囲気でこっちへ来てと手招きをしている。
凄いな雰囲気で手招きをするなんて。
俺は立ち上がりエメラダの元へ行く。
「どうした?」
「角折って」
エメラダはドラゴンを指さしながらそう言う。
角を折る? 何をするつもりだ?
「それで遊ぶの?」
「違う、薬に使う」
「角を薬に?」
コクコクと頷くエメラダ。
あぁそういえば漢方とかで、牛の角なんかを砕いて、煎じたりして摂取してるって聞いたことがあるな。
それと同じ様なものなのだろうか。
「わかった」
俺はドラゴンの頭から生えた、二本の角の片方を握る。
「ふんっ!」
力を入れるとその角は軽々と折れた。
実はドラゴンを運んだときから、この体の力の入れ方のコツ、みたいなものを掴んだんだよね。
体が馴染んできたというか、少し成長した気分だ。
俺だって異世界に来て、少しは成長してるんですよ?
散々荒波に揉まれてますからね……。
「はい、どうぞ」
もう片方の角も折り、二本ともエメラダに渡す。
「ありがとう……」
「師匠、そろそろ肉焼けましたよ! それと魔王も」
と、ラヴの呼ぶ声。
「だってさ、行こうエメラダ皆で乾杯しよう」
エメラダは頷くとドラゴンの角を頭につけて、少し嬉しそうにしながら俺の後をついてきた。
結局遊ぶんじゃん……。
そういえば俺の角はどうなったんだろう?
気になって頭をさわってみるが何もない。
まあいっか。
「よし、皆行き渡ったな」
皆で仲良く火を囲んで座り、手には飲み物とドラゴンの肉を持つ。
「それじゃあ……えーっと……」
こういう時って『~を祝しまして』なんてよく言うけど、何も祝してないしな。
「どうしたのよ」
「あ、いやもう何でもいいか、とにかく何も祝してないど、かんぱーい!」
」「「「かんぱ~い!」」」「
おい、誰だよ一人だけ外向いてる奴……まったく。