第肆拾弐閑 遠足は帰るまでが遠足ですが、討伐は行くまでが討伐です。
そんなこんなで俺達は凶暴なドラゴンとやらを討伐するため、北の山なる場所にやってきた。
山と言っても、エメラダが住んでいた森のように、木々が乱立しているような緑の山じゃない。
植物なんかほとんど生えていない、むき出しの岩と石ころが転がっているような灰色の山だ。
そんな山を俺は、首を幼女の太ももに挟まれ、もといルージュを肩車し……。
右腕を胸に挟まれ、もといネネネに腕に抱きつかれながら、歩いている。
……なんだよこの状況。
「家族でハイキングに来ているみたいですのね」
前にはラヴと村長、後ろにはエメラダが歩いている。
これが家族だとしたら二世帯だ。
いや本当の家族じゃないからニセ帯だけどね。
ちなみにゲイルはウメコとヤルからと言ってこなかった。
大体だな……。
「これのどこがハイキングなんだよ」
風景もクソもない岩山をただひたすら登り続けてるだけ、厳しすぎだろこんなハイキング。
俺はこれがハイキングだなんて認めない。
「まおーさまが高いところに登っているんですのよ? ハイキングではないですの」
ん?
「それは高王って言いたいのか?」
「さすが夫婦、以心伝心ですのね!」
ネネネは俺の腕をブンブンと振り回し、喜びを表現する。
「ネネネどうでもいいけどさ、そろそろ腕を放してくれないかな、歩きづらいんだけど」
ただでさえ石が転がっていて足場が悪いっていうのに、彼女は俺の腕に体重を預けるようにして歩くのだ、歩きづらいったらありゃしない。
「まおーさま二人三脚とは歩きづらいものですのよ?」
「俺はネネネと二人三脚をしている覚えはない」
「まぁまおーさま、夫婦で共に頑張ってゆくことを夫婦二人三脚と言うじゃないですの」
「いつから夫婦になった!」
「ふ~ふ~」
ネネネは俺の耳にふ~っと息を吹きかける。
「っ!? ぅをぉ……」
身震いが。
「あ~やじゃやじゃ、年増の乳臭い息がワシの足にかかってしもうたわい」
ルージュは俺の頭の上でそう言いながら、自分の太ももを埃でも掃うかのようにはたいた。
「ネネネの息は乳臭く何てありません! 大体、血々《ちち》臭いあなたに言われたくありませんの!」
あーあこりゃまた喧嘩になりそうだ。
「ついでにおぬしの口も臭い」
「臭くありませんの!」
「こらこら二人とも、俺の周りで喧嘩しないでくれ」
ネネネは腕を掴みながら暴れるし、ルージュは頭の上で暴れるし。
「それにしてもルージュ、ずっと肩車されてて疲れないか?」
「なに言ってますのまおーさま、ババアは歩いてないんですのよ? 疲れるわけないじゃないですの」
「いや、確かにそうだけど。意外と肩車をずっとされてるというのも疲れるもんだよ?」
まぁ、本当に疲れるのは肩車をしている人、俺なわけだけど。
「どう? ルージュ」
「いいや疲れんよ、むしろ心地良いくらいじゃ。これはあれじゃの、昔乗った馬のようじゃ」
「人を馬扱いするんじゃない」
お馬さんごっこですか? 休日の親子ですか? パカラッパカラッですか?
「なら馬車馬かの?」
「馬であることになんら変わりはないじゃないか」
むしろ表現が悪くなった。
何ですか、俺は娘のために馬車馬のように働くお父さんですか?
何だか素敵だ……。
「ならシマウマじゃ」
「それも馬だ」
と言うかそれお父さん捕まっちゃってるね、刑務所入ってるよ。
頑張りすぎておかしくなちゃったのかな?
大体昔っていつの昔だよ、十や二十何てとんでもない、桁が違うよ。
「まぁアスタよ、そんなことはどうでもええじゃろ。それよりも……」
「ん? どうしたんだよルージュ」
「……眠とうなってきた」
彼女はしだいに舌足らずな子供のようなしゃべり方になっていく。
あぁ歩くときの揺れが気持ちいいのかな、車とか乗ってると妙に眠たくなってくるからな。
「アスタぁ……頭の上に手を置いてはくれんかの……?」
「頭って、俺の?」
「うむ……」
何をするつもりだ?
俺はルージュに言われるまま、自分の左手を自分の頭の上に置いた。
すると俺の手の甲に何やらとても柔らかい感触が……胸!?
いや胸じゃない、胸なわけがない、胸であってたまるもんか。
「何だ?」
「……寝る」
ああ分かった、これはルージュのほっぺただ。
俺の手を枕に寝始めちゃったんだ……。
っておいおい、右手はネネネ、左手はルージュに差し押さえられて身動きが取れないじゃないか。
これは両手に花なんかじゃない、両手に罠だ、いや両手に縄か?
ホントに歩きづれぇ……。
にしてもだ。
「一体いつまで歩くんだ?」
俺は誰にというわけでもなく問いかける。
既に山を登り始めて二時間以上は経っている、大分上の方に登ってきた。
視界の下の方でプラプラ揺れるルージュの赤い靴も、いい加減見飽きたよ。
「もう少し上に行けばドラゴンの巣があるはずです」
答えてくれたのは、俺の前を歩く村長さんだった。
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと歩きなさい」
ラヴは振り返りそう言う。
「さっさと歩けって、ラヴは身軽だからそんなこと言えるんだよ」
俺は右手にネネネ、頭にはルージュを装備してるんだ。
ネネネの盾とルージュの兜を、防具ばかりで武器がないな。
「何!? それは私の胸が小さいって言いたいわけ!?」
「違うよ!」
何の被害妄想だよ。
「はぁ~」
俺は大きくため息をついた。
疲れた、体力的にじゃなくて精神的に。
すると俺の服の裾が、後ろからちょんちょんと引っ張られる。
「ん?」
振り向くとそこにいたのはもちろんエメラダ。
「……アスタロウ」
「何?」
俺の服を掴んだまま、振り向いた俺を見上げるエメラダ。
「辛い?」
「辛い? 俺が?」
頷く彼女。
「う~ん、まあ辛いと言えば辛いかな」
歩き辛い。
「私なら夢魔と吸血鬼、退けられる……」
エメラダがそう言った瞬間、ネネネとルージュがピクッと動いたのが分かった。
ルージュは頭の上で見えないので横のネネネを見てみると、案の定不自然な笑みを浮かべたまま、彼女の表情は凍り付いていた。
「だ、大丈夫だよエメラダ」
「そう」
そう、ドラゴン退治の前にドンパチやられるのも困るし、それで大事な戦力が削がれるのも困る。
それにこのまま俺が我慢すれば、ネネネとルージュも喧嘩することなくおとなしくいてくれるだろう。
そう思ったから断った。
決して、胸に腕を挟まれているのが嬉しいだとか、太ももに首が挟まれているのが嬉しいだとか、そういうわけで断ったわけじゃない。
誤解があってはいけないから、そこら辺のことはしっかりと説明しておこう。
「……グヘヘ」
「どうしたのアスタロウ」
「ジュル……い、いや何でもないよ」
何でもない。
「気を使ってくれてありがとう、エメラダ」
「……」
エメラダはいつもどおり無言で頷く。
「さあ、もう少し頑張りますか」
俺は歩く足に力を入れなおした。
エメラダは俺の服の裾を掴んだまま離さない。
ふむ、どうやら新たな装備品を入手してしまったらしい。
それも念願の武器だ、しかも最高クラスの。
たとえるなら杖かな? 魔法の玉が出る、魔法の杖。
エメラダの杖だ。
これで俺の装備品は、ネネネの盾、ルージュの兜、エメラダの杖になった。
字だけ見てるとなかなか強そうだな。
「まおーさま、ひとつ忘れてるですの」
「何がだよ」
「まおーさまは元から立派なものを装備してるではないですの」
そう言いながらネネネは、俺の下半身をまじまじと見つめる。
「最強の剣を」
「やめろ!」
確かにそんな話をしていたこともあるけれど……。
装備情報追加、初期装備、アスタの剣。
そんな無駄話をしつつ、岩山を登ること更に一時間。
俺達の目の前には、どでかい大口をぽっかりと開けた洞窟が。
「これがドラゴンの巣です」
と、村長。
そう、俺達はついにドラゴンの巣へとたどり着いたのだ。