第肆拾閑 ブラブラブラッシング 低
俺のいやな予感は見事的中し……まぁ予感と言うよりは経験則なんだけど。
経験不足で少々予想もはずれてしまったし。
俺は来客はゲイル一人だと思っていた、でもやって来たのはゲイルと村の村長さんだった。
お客さんが来たということで、俺は一応魔王らしく玉座の間で玉座に座りお迎えしてるわけだけど……。
「はっはっはっ! よくぞ参った、おぬし達」
そう言ったのは、玉座に座る俺の膝の上に座るルージュだった。
俺は不躾にも、来客にルージュの髪を梳きながら対応していたのだ。
玉座の横には、野次馬根性丸出し貧乳のラヴ、いないわけがない豊乳のネネネ、気付いたらそこにいた隠れ巨乳のエメラダ、彼女たち三人が立っている。
何だか『丸出し貧乳』で区切ると、ラヴが丸出しみたいだ。
理由がともあれ、俺がたくさんの美女を侍らしているみたいになっている。
「それで、何をしにここへ来たのじゃ?」
俺はルージュの髪から目が離せないので、対応は彼女に任そう。
ブラッシング、ブラッシング。
ルージュの深紅の毛は、本当にサラサラのツヤツヤで綺麗だ。
「まずはご紹介いたします」
と、今日はまともなゲイル。
いや、まともなのは相手が俺じゃないからかもしれない。
「こちら村の村長様でございます」
ゲイルの紹介と共に、白髪で少し腰の曲がった優しそうな顔つきの老人が、頭を下げた。
「ほう、何村じゃ?」
つっこむところそこかよ!
「村長、何村ですか?」
「はて、何村でしたかな……」
考え込むゲイルと村長。
村の名前忘れたの?
そもそもあったの?
「何じゃ、村に名前もないとは格好がつかんのぉ。よしワシがひとつ考えてやろう」
「考えるってルージュが勝手に決めていいのかよ」
「ええんじゃええんじゃ……」
彼女は腕を組み、目を瞑り考え始める。
「う~ん、あれでもない、これでもない……」
しばらく考えた後、ルージュはハッと目を開き人差し指を立てた。
「志村!」
「あい~ん」
「木村!」
「ちょ待てよ」
「マイケルジャク村!」
「ポゥッ」
「村!」
「オッス! オラ悟空……っておい!」
「ん? 何じゃアスタ」
「まじめに考える気あるのかよ!」
「ないに決まっておろう、村の名前なんてどーでもよいし」
「なんだよそれ、もうええわ!」
「「どうも、ありがとうございました~」」
伝説のコンビ、来客に向けたショーだった。
「村の名前も満足に決められないんですの? ほんっとうに使えないババアですのね」
あ、やばい、厄介な奴が入ってきてしまった……。
「なんじゃと年増、じゃったらおぬしが考えてみろ。まあ何を言うかは目に見えとるが」
うん、見えてる。
丸見えだよ、スケスケだよ。
「それはもちろんムラ村ですの」
得意げに胸を張るネネネ。
本当にもちろんだ。
言うまでもないし、聞くまでもない。
「やっぱりじゃの」
「あぁやっぱりだね」
ラヴとエメラダでさえも頷いている。
「なっじゃ、じゃあ、ム~ラ村でどうですの?」
「ふっ芸のない奴じゃのぉ」
「何ですって!?」
「お? 何じゃ? やるか?」
「こらこら二人ともやめろ、お客さんの前だぞ」
だめだ、これじゃあいつまでたっても話が進みそうにない、ルージュに任せてないで自分で対応しよう。
ちょうどルージュのリボンも結び終わったことだし。
「はいルージュ、終わったよ」
彼女の小さな頭を軽くポンポンする。
すると彼女は
「うむ、ありがとう」
と言って、ぴょんと膝から飛び降りた。
うん、ちゃんとお礼の言える子に育ってくれたみたいでお俺は嬉しいよ。
さてさて。
「話がそれましたが、村長さん続きをどうぞ」
「あぁはい。私はム~ラ村の村長――」
「採用したのかよ!!」
まったくもう、まったくもう。
「もう村の名前は何でもいいんで、なぜここに来たのかという部分をお願いします」
「分かりました。今日は村を病気から助けていただいたお礼をしようと思って、参ったしだいです」
「お礼を?」
「はい、助けていただいたにもかかわらず、寝込んでいてろくにお礼も出来ませんでしたので」
わざわざ礼を言いに来るために魔王城へ……。
さんざん痛めつけられた魔王の元へよくきてくれたな、きっと怖かったに違いない。
なんていい人なんだ、この人が村長に選ばれたのも分かる気がするな。
「わざわざありがとうございます。でもお礼なんて結構ですよ、もともと村に迷惑をかけていた罪滅ぼしみたいなものですし、正直俺は何もしてないので」
俺はエメラダを呼んできただけで、実際村人を助けたのはエメラダだ。
「ええですから助けてくださったエルフ様にお礼を言いに来たのです、魔王殿にはまた別件で会いに来ただけです、勘違いなさらないでください」
「え……あ、はあ……」
え? なになに? このおじいさんツンデレ的なアレ?
『べ、別にアンタにお礼言いに来たわけじゃないんだからね!? 勘違いしないで!』的な?
いや、でも俺おじいさんがツンデレでも嬉しくないしな……。
「さぁ……早くエルフ様に会わしてくださいませんかね!?」
村長は語気を強め、目をカッと見開いた。
「……はい」
何か……ゴメンナサイ。
勘違いしてごめんなさい。
「助けたエルフは彼女です」
俺がエメラダを示すと、彼女は俺の目の前まで来た。
そしてなぜか、俺の膝の上に座った。
なぜだろう……。
まあいいや、俺はお呼びじゃないみたいだし、おとなしくエメラダの髪でも梳いておこう。
それにしてもエメラダの髪も綺麗だな。
癖が強くて、ピョンピョンと外に跳ねているけど、櫛をとおしても引っ掛からない程サラサラだし。
それにツヤツヤと言うよりなんだろう、銀色だからかな、髪自体が発光してるように見える。
本当に綺麗だな……目は貰えなくとも、この髪の一房くらいなら貰えないものだろうか。
なんて、そんなことを考えているうちに、村長とエメラダの話も終わりに向かい始めたみたいだ。
「本当にありがとうございました」
村長は深々と頭を下げる。
すると村長は、最初から背中が曲がっているので、ガラケーのように二つ折りになった。
っておい……。
「出来ればこれからも何かあればお願いしたいのですが」
「そう、別に構わない」
「本当ですか!?」
ガラケーはパカッと開いた。
でも元から腰が曲がってるから半開きだ。
「もともとそのつもり」
そういえばそうだったな、修行をするため、村人の病気を見るために森から出てこの城に住み始めたんだ。
「そうですか、よろしくお願いします」
ガラケーは再び二つにたたまれた。
話が一端の落ち着きを見せたところでエメラダが玉座から立ち上がった。
間違えた、俺の膝の上から立ち上がった。
何だか俺、主人公なのに背景と化し始めてるよ、玉座と一体化し始めてるよ。
そろそろ脱却……いや玉座から脱脚しないと。