第参拾玖閑 魔王城・ニアー・ザ・ガーデン
と、いうことで畑へ向かうべく外へ。
「う~いい天気だな~」
俺は思わずグーッと伸びをした。
気持ちがいい。
澄み切った空気、青々とした木々、広がる青空。
そして元気に微笑む太陽。
そんな太陽を見て俺も笑ってしまう、ふっどこのポエマーだよってね。
元気な太陽とは逆に、俺の畑の作物たちはいつも全然元気がない。
結局種を植えてから色々ありすぎたせいで、育て方が雑になってしまった。
そのせいで、実りはあるものの、みんな形が歪で小ぶり。
そしてそのほとんどがおいしくなかった。
まあしっかり手塩にかけて育てたとしても、うまくいったかは疑問だけど。
畑に着くと人影が見えた。
エメラダだ。
彼女は何かをやっている。
「おはよう、エメラダ」
「早くない」
エメラダは俺を見ることもなくそう言った。
「そ、そうだね」
そんなに遅くもないはずなんだけど……。
「何やってんの?」
「水」
ほう、なるほど、水をやっていると。
よくみると彼女が持っていたのは、ボコボコのじょうろだった。
「助かるよエメラダ、ありがとう」
野菜に水をあげるという俺の仕事が、ひとつ減った。
「助けたのはアスタロウじゃない、植物」
「え?」
「植物が可哀想」
「そうなんだよ……でもいまいちやり方がわからなくて」
俺も見てて可哀想だと思う。
でも野菜の育て方なんて知らない。
だからどうすればいいか考えて自問自答したところで、結局正しい答えは出てこないんだよね。
「私は分かる」
「本当?」
「本当。エルフは自然と共に生きる、だから植物の育て方はみんな知ってる」
へぇ、そんなことも出来るのか。
薬草も詳しいし、森に住んでるくらいだから考えてみればそうか。
「畑ちょうだい」
「畑が欲しいの?」
「ダメ?」
エメラダは少しだけ首を傾ける。
相変わらず眠たそうな目だけど、すごく綺麗だ。
「いや、別にいいけど……」
畑なんて欲しいのか?
あげるのはいいとして、もしあげたら畑で住みだしたりしないだろうか。
いやない……ない……か?
いや~この子達に限ってまともな考えは通用しないからな。
きっと荒川の下の連中みたいに、魔王城・ニアー・ザ・ガーデンになって、物語をひとつ展開させるに決まってる。
「お礼……」
エメラダはボソッとつぶやく。
まだお礼の話を持ち出すのか……。
助けて貰った身でこんなことを言うのもなんだけど、お礼なら十分してきたと思うんだよね。
まぁ別にお礼じゃなくても畑ぐらい上げるんだけど。
俺が育てるより、エメラダが育てた方がいいだろうし。
よし!
「じゃあ、その代わりにその目をちょうだい」
「目は取れない」
ふっふっふここまでは予想どおりだ、狙いはここからだ!
「それじゃあ、胸を触らせて」
「別にいい。はい」
うんうん、そうだろうそうだろう……って、へ?
てへ!?
彼女は俺に向かって胸を突き出していた。
嘘だよ冗談だよ、ちょっと困らせようとしただけだよ。
それなのに別にいいって……こっちが別にいいよ。
なんだろう、俺の人間性を試しているのか?
いや、魔王性を試しているのか。
魔王性だとしたらここで胸の一つでも揉むべきなんだろう。
もっと言えば二つとも揉むべきなんだろうけど。
「ごめんなさい」
俺は土下寝をした。
「触るのは遠慮させていただきます……」
「そう」
エメラダは自分で自分の胸をモニュモニュと揉んだ。
真顔で。
ラヴが見たら発狂しそうだな。
まったくけしからん。
「アスタロウはヘタレ……」
「え? 何だって?」
ふっ出してやったぜ、ハーレム系主人公の必殺技『難聴』
「と、とにかく畑はエメラダにあげるよ」
「本当?」
「ああ本当さ、これからは畑のことは君に頼んだよ」
「……」
エメラダは少し嬉しそうに頷いた。
うん、まあこれで長らく放置してあった畑の問題を、解決できそうだ。
少なくなってきた食料の問題も大分緩和されるだろう。
「よし」
とりあえず城に戻うと立ち上がったときだった。
我が愛しの魔王城の方から、大きな爆発音が聞こえた。
「何だ!?」
城の方を見ると、観音開きに開かれた窓からモクモクと煙が出ている。
「けほっけほっ」
そしてその窓からひょっこりとネネネが顔を出した。
「あらまおーさま、おはようですの」
「おはよう。朝から元気だねぇ」
「まおーさまのまおーさまも、朝から元気でしたの」
ぽっと頬を赤らめるネネネ。
「ハイハイ、そうですか」
「そういえば今朝、ネネネ達の子供がハイハイしましたの」
「嘘だね!」
まず子供がいないよ。
もしかしてジャッ君か?
あいつとうとう動き出したのか?
「そんなことより何してるんだよ」
「そうでしたわ、助けてくださいですのまおーさま、ババアが暴れて――ウェ」
「おお、やっと目覚めたかアスタよ」
ネネネを押しのけるようにして、窓から顔を出したルージュ。
「おはようルージュ」
さっきからおはようって言うたびに、隣で呪文のようにエメラダが『早くない』って言うんだけど、なんとか必殺技で聞こえないようにしてる。
「何やってんの?」
「おいかけっこじゃ!」
「どこがですの!?」
「おぬしは黙っとれ!」
ルージュがネネネの頭をポカンっという効果音と共に殴りつけた。
「痛いですの!」
「楽しそうで何よりだよ……」
「全然楽しくないですの!」
「はっはっはっは!」
あ、そういえば……。
「ルージュ、これ着けるの忘れてるよ」
俺はポケットから、朝拾った黒いリボンを取り出す。
するとルージュは小さな両手で、自分の頭をペタペタとさわった。
可愛い。
「本当じゃ、忘れとったわい」
可愛い。
「すまんがアスタ、後で着けてくれんかのぉ?」
かーわーいーいー。
「……おいアスタ!」
「え? あ、うん……かわい、じゃなくて、わかった」
危ない危ないルージュの魅力に取り込まれるところだった。
いや、これだけ聞くと俺がロリコンみたいだけど、そうじゃない。
決してそうじゃないんだ。
吸血鬼の特性に魅了ってのがあるって聞いたことがある。
そのせいだ。
そう……うん、そう。
ふとルージュを見ると、え? 何で見たかって?
魅了だよ。
彼女は遠くを見つめている。
「アスタ、城に向かって誰か来ておるぞ」
「お客さん?」
と、エメラダ。
「さあ?」
誰だろう。
客が来る予定なんてないし、そもそも客なんて来たことないし……。
嫌な予感がするなぁ。
……いや、嫌な予感しかしないなぁ。




