第参拾漆閑 緑のフルコース
緑!!
俺がそれを見てまず思ったことはそれだった。
夕食タイム、食事の間で、長いテーブルを埋め尽くすそれ。
「これは何?」
「アスタロウ病気治ったばかりだから、作った」
エメラダが作ったというその料理?
……料理。
それは、緑、緑、緑……。
眼前を覆いつくすほどのっ!!
緑!!
「何が入ってるの?」
「薬草」
「や、薬草?」
「そう」
「へぇ……」
俺は首振り人形のように、ただ首を上下に動かすことしか出来なかった。
だって、緑だよ? 薬草料理だよ?
メニューを発表するとだ。
前菜は薬草のフレッシュサラダ。
スープは薬草のグリーンスープ。
メイン魚は森産川魚の丸焼き~薬草に抱かれて~
メイン肉は森産牛肉の薬草包み焼き~森の仲間と共に~
デザートに薬草の真緑シャーベット。
さらにお飲み物には緑の薬草のフレッシュジュース。
薬草を練りこんだオリジナルブレッドまである。
一見しただけで苦そう……。
苦いよ……絶対苦いよ。
気持ちはすごくありがたいし、嬉しいんだけどね。
やっぱり苦そう。
あ~見てるだけで、口の中が苦くなってきた。
「ご飯できた? 今日はエメラダがやってくれたから助かったわ……って何これ!?」
食事の間に入ってきたラヴは、テーブルの上に並べられた食事を見て目を丸くした。
「緑だよ」
「緑じゃない料理」
おっとそうだそうだ、勢いあまってすごく失礼なことを言ってしまったじゃないか。
「料理だよ」
「そ、そう。オイシソウダナ~」
ラヴは完全に棒読みだ。
「今日のお夕飯は何ですの~?」
鼻歌交じりに入ってきたネネネ。
「……オ、オホホホホホ。まるで草原の中にいる気分ですの~」
そう言って踊り始めるネネネ、目が虚ろだ。
「きょうっのごっはんはなっんじゃろな~」
今度は楽しそうにスキップをしながら登場したルージュ。
「なっ……」
彼女は料理を見て一瞬固まった。
「あすたぁ……」
そして泣きそうな顔で、俺に抱きついてきた。
「さ、さぁ、みんな食べよう」
「そ、そうね」
席に着きみんなでいただきますをする。
「い……いただきます」
「イタダキマス」
「いただきますですの」
「ごちそうさまじゃ」
「こらルージュ」
「う……いただきましゅ……」
ただでさえピーマンや何やらの野菜が嫌いなルージュ、彼女が一番辛そうだ。
「いただきます……」
エメラダだけはいつもどおり平然としている。
当たり前か、自分で作ったんだし。
しかしいただきますをしたにもかかわらず、誰も動かない。
エメラダはみんなのリアクションを見るためなのか、食べない。
後の俺、ラヴ、ネネネ、ルージュ、は誰が最初に料理を口にするのか、視線で熱いバトルを繰り広げる。
第一の被害者は誰なのか。
『ゴクリ』そんな唾を飲み込む音と、緊張感が部屋の中に立ち込める。
おいおいこのままじゃエメラダに失礼じゃないか、せっかく作ってくれたのに。
しかもこれは病み上がりの俺のために作ってくれたんだ、俺が食べないと……。
俺は震える手でスプーンを握り、グリーンスープを一すくい。
見た目だけなんだ、香りはすごくいいんだよ……そう香りはね、問題は見た目であって。
「……ゴクリ」
ええい、母よ! いやいやままよ!
俺は覚悟を決めて、勢いよくそのスープを口の中に運んだ。
「……」
みんなが心配そうに俺を見つめる。
な……なんだこれは……?
すごく……すごく……。
「すっげーうまい! うまいよこのスープ!」
香りだけじゃなく、味もよかった。
苦くなんて全くない。
そして何だかよく分からないけど、とてつもなくうまい。
それを聞いて恐る恐るだが食べ始める、ラヴとネネネ。
「……本当だ、何これ!? すごくおいしい」
「おっぱいが落ちてしまいそうなぐらいおいしいですの」
でもルージュは食べようとしない。
「ほらルージュも食べなよ」
「やじゃ」
彼女にとっては見た目が相当ネックらしい。
まったく……。
「ほら肉なら食べられるだろ?」
俺は肉を小さく切り分け、巻いてある薬草を取り除き、ルージュの口に運んだ。
「……」
ルージュはしばらく悩んだあげく「アスタが言うなら仕方がない」とつぶやき、パクッと肉を食べた。
咀嚼してしばらく。
「う、うまい! うまいぞアスタ!」
「だろ?」
それから俺達は話すのも忘れ、目を輝かせながら夢中で食事を頬張った。
サラダはみずみずしくてシャキシャキしてるし、スープは食欲を誘う香りと味。
魚は少しスパイシーで食べやすく、肉は薬草のおかげか脂っこくなく柔らかい。
シャーベットも料理を食べた後の口と気分を爽やかにしてくれる。
薬草ジュースこれが一番苦そうだったけどそんなことはなく、むしろフルーティーで濃厚な果汁百パーセントのフルーツジュースのよう。
オリジナルブレッドも、薬草の香ばしい香りがなんとも食欲を誘った。
「すごいよエメラダ、ほんとにおいしい」
「そう」
おいしそうに食べる俺達を見て、エメラダも少し満足そうな顔をしていた……多分ね。
「ありがとう。それにしてもどうやって作ったの? ……正直見た目はすごく苦そうなんだけど」
「薬草はそのままだと苦い、でも調合の仕方によっては香りも味もよくなる」
「へぇ」
薬草に詳しいエルフだからこそ出来たことなのか。
それにしても、おいしくてお腹が満たされ、かつ薬草だから体にもいい。
こりゃ素晴らしい健康食品だ。
「負けた……」
食べる手を止めラヴはそうつぶやいた。
「どうしたラヴ」
「何でもないわよ」
何でもなくはないだろうに、すごく暗い顔をしている。
「どうしたんだよ」
「べ、別に料理だけが取り柄だったのに、エメラダにそれを取られちゃったとか思ってるわけじゃないわよ!」
「……」
理由は彼女が述べたとおりです。
ふむ、まったく。
「ラヴの取り柄は料理だけじゃないだろ?」
貧乳だってあるじゃないか。
「誰がそんなこと気にしてるって言ったのよ!」
「お前だ!」
まあ確かにね、もっとおいしい料理を出すんだって頑張ってたくらいだからね。
エメラダの料理が褒められてちょっと悔しいんだな……。
「ラヴの料理も十分おいしいじゃないか」
「でも……」
「俺ラヴの料理好きだよ?」
ホント、マジで、嘘偽りなく。
「ホント?」
「本当だよ」
それを聞いてラヴは少し顔を赤くして、もじもじし始めた。
「そ、そう……」
「アスタロウ、勇者が照れてる」
「ああ、照れてるね」
「照れてなんてないわよ!!」
ラヴの顔はより一層赤みを増していく。
「照れてますわね」
「おぉ、照れとるのぉ」
「なっ……何よ!」
ラヴはとうとう頭から湯気を出し始めた。
「心配なさらずとも愛ちゃんのご飯は十分おいしいですのよ」
「そうじゃぞラヴリン、ワシはおぬしの料理の方が好きじゃ、特に色が」
色かよ……。
「あんた達に褒められたって、嬉しくないわよ!」
「アスタロウなら嬉しい?」
と、エメラダはラヴに追い討ちをかけるように尋ねる。
「バ、バカ言わないで、そんなわけないでしょ!? 全然ちっとも嬉しくなんてないわ!」
「そう……」
「そうよ!」
ラヴでもエメラダにはかないそうにないな。
「そ、そんなことより、エメラダ、いえ師匠!」
師匠?
「私を弟子にして!」
「出汁?」
「そうそう私で取った出汁でおいしいスープをって、違うわ!」
盛大な乗りツッコミだった。
「「「……」」」
ラヴってたまにこういうことするよね。
やめなよ本当、キャラ崩れるから。
「……で、弟子よ弟子」
引きつった笑みで必死に訴えるラヴ。
「私に薬草を使った料理の作り方を、教えて欲しいの」
「そう」
「ダメ?」
「別にいい」
「ほんとに? やった!」
ラヴは小さくガッツポーズをした。
胸も小さいんだから、ガッツポーズぐらい大きくすればいいのに。
そうすればバランスが取れるのに。
「これからよろしくお願いします師匠」
「わかった」
こうしてエメラダは、魔王城ヒエラルキーの頂点に君臨したのであった。
頂点にエメラダ。
次にラヴ。
そして間が空いて、ルージュ。
そのちょっと下にネネネ。
最後、一番下に俺。
みたいな……こんな感じ。
どうして俺が一番下なんだよ……辛い。幸い。