第参拾陸閑 俺の仲間は夢現だいっ!
「う……うぅ……エメラダ?」
目を覚ますと俺は自分のベッドに寝ていた。
そして隣にはエメラダが。
彼女は椅子に座りながら、ベッドに倒れこむようにして寝ている。
目を覚ますと、とか言ってるけど本当に目が覚めたのか分からない。
現実でも夢のようにハチャメチャな奴らがいるせいで、夢と現実の違いが曖昧だ。
もっと突き詰めてしまえば、この異世界自体が夢なのかもしれない。
窓から飛び降りて、怪我で昏睡状態になった俺が病院のベッドで見ている夢。
まあそんなことは突き詰めてもしょうがないから、どうでもいい。
ふと横を見ると、ソファーに座りカックンカックンと首を揺らすラヴがいた。
「ラヴ」
名前を呼ぶと、彼女はハッとしたように目を覚ました。
「……魔王やっと起きたのね」
彼女は小さくあくびをしながらそう言った。
「アンタ丸一日も寝たきりだったのよ、すごくうなされてたし」
丸一日も?
「体調はどう?」
体調?
あ、そういえば俺気分が悪くなって……。
「あ、うん。もうなんともない」
快調快調超快調、通常運転だ。
「あらそう、よかったわね」
「ありがとう」
「な、何がよ!?」
「え? 看病してくれてたんでしょ?」
「なっバカ、私はたまたまここにいただけよ!」
ラヴは素早く立ち上がると腕を組み、そっぽを向いた。
「礼ならその子に言いなさい」
ラヴが指を刺したのはエメラダ。
「彼女、ずっとアンタの横で看病してたのよ」
よく見ると、ベッドの周りには水の張られた木のバケツや、薬草を作る道具なんかが散乱していた。
そうか、丸一日もずっと……ありがたい、本当に。
「それにしてもよく静かに寝れてたな……」
よくネネネやルージュが騒がずに静かにしてくれたものだ。
いや夢の中で散々ハチャメチャやってくれてたけど。
「それは……エメラダが……」
あははははと、ラヴは少し苦笑いをする。
そのときだった、部屋の外からガタンッという物音が聞こえた。
「ん? 何だ?」
「アンタ達そこにいるんでしょ? もう入ってきていいわよ」
ラヴがドアに向かってそう言うと、少しだけ扉が開かれる。
そしてそこから仲良く二つの頭が、ひょっこりと姿を現した。
ピンクと紅いの、ネネネとルージュだ。
「エ、エメラダちゃんはどこにいますの?」
「本当に大丈夫なんじゃろうな?」
小さな声でこそこそと話す二人。
「大丈夫よ、疲れて眠っちゃってるわ」
それを聞いて彼女たちは我先にと俺のベッドに駆け寄ってくる。
抜き足差し足忍び足で……いったい何をやってるんだ?
「あぁ、まおーさま心配しましたですの」
「心配したぞアスタもう大丈夫なのか?」
依然として小さな声で話す二人。
「まぁ、私の方が心配しましたのよまおーさま」
「何を言っとる、わしの方が十倍心配したわい」
「私は百倍ですの!」
「じゃったらワシは千倍じゃ!」
「こらアンタ達! それくらいにしとかないと、またエメラダにしかられるわよ」
そう言われた瞬間、ネネネとルージュはピクッと身を震わせ、黙った。
珍しい。
「あー二人とも心配かけてごめん、もう大丈夫だから。それより何だか今日は二人とも変じゃないか?」
俺が寝ている間に何かあったのか?
「年増が変なのはいつものことじゃぞアスタ」
まあ、そうだけどそう言う意味では……。
「何ですのババア、あなたも十分変ではないですの」
「へーんじゃ!」
ルージュは腰に手を当て胸を反らし、そう言った。
意味が分からない。
俺の疑問にはラヴが答えてくれた。
「そいつらアンタがうなされてる隣で、喧嘩して騒ぎまくってエメラダに大目玉食らったのよ」
ネネネとルージュは引きつった笑みを顔に貼り付けている。
「え? あの静かでおとなしいエメラダが?」
「エメラダちゃん、静かに見えて怒ったらとてつもなく怖いんですの……あぁ恐ろしい」
ネネネが青ざめた顔で語る。
「おおそうじゃ、おとなしい奴ほどキレたら怖いと言うがあれは本当じゃ。ワシはあ奴を少々あなどっておった、何じゃあの魔力は……あぁ恐ろしい」
ルージュは体を震わせながらそう話す。
そんなにか……。
この二人がこんなことを言うんだ相当だろう。
「何言ってるのよ、もともとエルフは単純な魔力量で言ったら魔族トップクラスじゃない。戦いを好む種族じゃないから目立たないけど、へたにエルフのいる森で悪さをしたら一瞬でボコボコよ」
そう流暢に説明するラヴだったが最後に少し苦笑いをして「正直私もあそこまでとは思ってなかったけど」と言った。
勇者のラヴにまでそんなことを言わせるとわ……。
彼女の勇者パワーを持ってしてもエメラダの魔力は脅威なのか。
やばいな、怒らせないようにしないと。
というか何回かエルフの住む森に行ってるけど、へたしたら俺ボコボコにされてたよね?
だって魔王だよ?
危ないよ……まじで危なかったよ。
危なかったって、危が無かったみたいだから、言い直そう。
危いよ。
「ん……んん」
隣ですやすやと寝ていたエメラダが目を覚ます。
「「ひいっ!!」」
それを見て縮み上がるネネネとルージュだったが、エメラダは特に気にする様子もなかった。
「おはようエメラダ」
「……アスタロウ、大丈夫?」
エメラダは小さく首を傾げる。
「うん、もう大丈夫だよ」
「そう、よかった」
寝起きだからか、いつもの眠たそうな目がより一層眠たそうだ。
「ごめんね、何かいっぱい迷惑かけちゃったみたいで」
「……」
彼女は無言でくびを振る。
「これも修行」
「そっか、でもありがとう」
俺はなんとなく、エメラダの銀色に輝く頭をナデナデした。
「ん……」
「なっ……まおーさまネネネもなでて欲しいですの!」
「え!?」
「ネネネだって追い出されただけで、心配してましたのよ?」
「ワシもじゃアスタ! ワシだってそばにはおらなんだが、いっぱいいっぱい心配したわい」
まぁ確かになんだかんだ言って、心配してくれてたのは本当だろうからな……。
仕方ない。
俺は二人の頭をおもいっきりなで繰り回した。
「ありがとうネネネ」
「きゃはっ」
「ありがとうルージュ」
「はっはっは」
視線を上げると、そんな俺達をじっと見るラヴと目が合った。
うんうん、はいはい、ふむふむ。
「ラヴもなでて欲しいのか?」
「なッバッカじゃないの!? なでて欲しくなんてないわよ! 触られて妊娠でもしたらたまったもんじゃないわ」
ラヴはフンッと、部屋を出て行こうとする。
そんな彼女の背中に、俺は『グフフ、妊娠させてやる!!』とは言わなかった。
「ラヴ」
「何よ?」
立ち止まり首だけで振り替えるラヴ。
「……ありがとう」
「なっ……ど、ドイタシゴジャイマシテ……」
彼女は恥ずかしそうにそうつぶやき、部屋から出て行った。
うん。
この異世界に来てから、忙しくて、騒がしくて、慌ただしくて、こんなことを思う余裕なんてなかった。
けどよくよく思えば、こうやって毎日バカ騒ぎできる楽しい仲間がいて、心配してくれる家族のような奴らがいて、毎日が本当に楽しくてとても輝いていて……。
夢みたいに幸せだ。
できることならこの夢がいつまでも覚めることのないように……。
フラグじゃないよ?
ただ心からそう思うだけだ。
「何ニヤニヤしておるんじゃアスタ」
「え? ああ、なんでもないよ」
「まさかまおーさま、ネネネとの濃密な夜のことを思い出して……」
「そんな夜は一度もないからな!?」
「一度……そんな寒い夜でも二人の愛は冷めませんの」
いやいや気温の話をしてるんじゃないんだよ。
「よーしアスタ! 元気になった祝いに今日は一日中城内全域かくれんぼをするぞ!」
いやしないよ。
もしタンスの中に隠れて、いつの間にかナル○アに着いてたらどうしてくれるんだ。
異世界から異世界へ、この小説のタイトルが『異☆世界の旅人』になっちゃうよ。
「まおーさまはそんな子供みたいな遊びはなさりませんの。まおーさまは今からネネネと大人の遊びをするんですのよ」
いや、どっちもしないよ?
「年増なあそび? ふん、お手玉でもするつもりかのう?」
「そうですわ、二つの玉で遊ぶんですの、お子様のあなたにはまだ早い遊びですのよ、おほほほ」
おお珍しい、ネネネがキレなかった。
いつもならここでキレるだろうところなのに。
「おおそうじゃな、おぬしみたいな年増と違ってワシはまだまだピチピチで若いからのう」
「何ですって!? ババアのくせに!」
「お? 何じゃ? やるか?」
「キィィィィ! やってやりますの!」
あぁあぁとうとうキレちゃった。
そうやって騒ぎ出す二人、しかし……。
「静かにして」
「「ハイ」」
エメラダの静かなその一言だけで、一瞬にしておとなしくなった。
おぉ、これはラヴでも出来ない芸当だぞ。
完全に魔王城のヒエラルキーの中で上位に位置づけされてるな。
ちなみに俺は城の主でありながら、最下層に位置づけられているような気がする……のはなぜだろう。
後々エメラダから聞いた話によると、俺の病気は村の人の病気と同じものだったらしい。
村の人もあんな夢を見てたんだろうか……。