第参拾肆閑 早朝フルスロットル
「う……うぅぅ」
朝、いつもより少し早く起きた俺は、一人でひんやりとした廊下に立ち、静かに窓の外を眺めていた。
窓の外に見えるのは……景色。
何言ってんだって?
いやさ、何か今日すごく体が変なんだよ。
頭はドンドンと鈍痛がするし、足は何だか宙に浮いた気分。
風邪かな……?
「ドンドン、ドンドン」
「おいネネネ、俺の頭をノックするのはやめろ」
いつからいたんだよまったく。
「あらまおーさま今日はお早いんですのね」
「ん? ああ、ちょっとな」
二度寝しようと思ったけど、気分が悪くていまいち眠れなかった。
「ネネネもこんな早くにどうしたんだ?」
「何を言ってますのまおーさま、夫が起きるのより早く起きる、夫がご起立なされば妻も立つ、まおーさまがご着席なさってもネネネは立ち続ける、そんなの常識ですわ」
まあそういう考え方もあるとしてもだ、ネネネが言うと全部変な風に聞こえるんだよな……。
俺だけだろうか?
「そんなことよりまおーさま」
「ん?」
「実は今日は大事な話がありますの」
なにやら顔を赤らめ、恥ずかしそうにモジモジとするネネネ。
「話し?」
「ええ、実は今朝私たちの待望の第一子が誕生いたしましたの」
「そんなわけ無いだろ?」
本当に、このしんどいときにしょうもない冗談を。
いつ俺とネネネが性交したっていうんだ。
「成功したんですの」
「何が!?」
「今日はおふざけはおいといて、ちょっとゆっくり――」
「冗談なんて、酷いですわまおーさま……グスン」
と、ネネネはわざとらしく泣きまね。
「冗談じゃないって言うなら証拠を見せてみろ」
「証拠ならありますわ!」
俺がそう言うと彼女はゴソゴソと胸の間に手を突っ込み始めた。
おいおい何てことしてやがるんだ。
「えっと確か……んっ……ここに……あんっ」
「……」
こいつ絶対わざとやってるよ。
「あぁん……ああ、ありましたわ。さあまおーさま、これが私たちの子供ですの」
彼女が胸の谷間から取り出したのは、人形。
「玉のような子でしょう? さぁ抱いてやってくださいなまおーさま」
ボウリングの玉に体が生えたような、人形。
「おい、それは子供じゃなくてルージュのジャッ君じゃないか」
そう、それはルージュがいつも持ち歩いているカボチャのお人形だった。
「まあ、何を言ってますのまおーさま、これは私たちの子供ですのよ?」
お前が何言ってるんだ……。
「じゃあそいつはどうやって生まれてきたんだよ!」
「あらっ! まおーさま、子供はコウノトリさんが運んできてくれますのよ? まさかエッチなことをしてなんて考えていたんですの? もう朝から嫌ですわまおーさま」
「お前にだけは言われたくねえよ!」
「ネネネは言われたいですのぉ」
「……っ!?」
何だっていうんだ、体調良くないときに限ってこんな濃い絡みを。
いや体調良くても絡みは濃いんだけど。
「大体お前のところに来るのはコウノトリなんかじゃない、不幸の鳥だ」
「それはどんな鳥ですの?」
「借金取りじゃないか?」
「借金取りに追われてまで愛してくださるだなんて、ネネネし・あ・わ・せ」
いつそんなこと言いました?
「そういえばいたなぁ、後輩に。親父が借金取りに追われてるって奴」
「交配?」
本当にネネネの耳はどうなってるんだ?
一回本当に舐めてやろうか。
「違う後輩だ。後の輩と書いて後輩だ」
「後でやるからですって!? どうせなら今がいいですわ」
ネネネはそう言うと正面から俺の首に手を回し、言葉の絡みだけでは飽き足らず、肉体的にまで絡みつき始めた。
「さあまおーさま」
俺は一切抵抗できなかった。
いや、しなかった。
正直気持ちよかったんだ今の体調の悪い体には、ネネネのその柔らかい体とか、少しひんやりとした体温とかが。
別に下心があるわけじゃない、ただ純粋にそう思ったんだ。
まあ少しも下心がなかったかと問われればそうではないかもしれない、そういう意味では純粋な下心しかなかったのかもしれない。
つまり今俺の脳内を構成してるのは下心、純度百パーセントの下心だ。
「あらまおーさま今朝はやけに素直ですわね……もしかして」
やっと気が付いてくれたか……。
「あ、あぁそうなんだよ、もしかしたら熱が――」
「ネネネにお熱ですの!?」
気付いてくれるわけは無かった……。
「ではでは、遠慮なく。ちゅ~」
少しずつ、ゆっくりと、ネネネの唇が俺に近づいてくる。
そしてもう一ミリでも動けば当たるというくらい近づいたときだった。
俺の思惑がうまく行かないように、ネネネの思惑だってうまく行かないのがこの異世界なのであ~る。
「おんどりゃ年増が! な~にしとんじゃぁぁぁぁ!」
突如として現れたロリロリのロリ、ルージュが、赤い炎のようなものを全身から放ち猛スピードでこっちに走ってくる。
「幼女に踏みつけられる栄光!!」
ルージュはそんなことを言い放ち、ネネネの顔面に、ラ○ダーキックのように、回転しながら飛び蹴りを食らわした。
「ふぎゃっ!!」
そのキックを食らい地面に倒れこむネネネ。
「何をしますの!」
「何が『何をしますの!』じゃ、おぬしが何しとるんじゃ」
ネネネのモノマネをするルージュ、少し似ていた。
「真似しないでくださいですの」
「真似しないでくださいですの」
ルージュは更に続けてモノマネをする。
「やめなさい!」
「やめなさい!」
「キィィィィ!」
「キィィィィ!」
「ですのですのですの!」
「ですのですのですの!」
「いい加減にしなさいですの!」
「いい加減にしなさいですの!」
あーあったよ小学生のときこんな喧嘩……。
先に『真似しないで!』って言った方が負けなんだよね、うん。
これ真似されてる方は本当にムカつくんだよ、その代わり真似してる方の優越感といったら半端ない。
この二人も例に漏れず、ネネネはすっごい悔しそうな顔してるし、ルージュは腕を組んで胸を反らしなんとも気持ちよさそうな表情をしている。
そんなことよりだ。
「こらこら二人ともそろそろやめないか」
いい加減にしないと、そろそろ誰が何言ってるかわからなくなる。
「「こらこらニ人ともそろそろやめないか」」
「今度は俺かよ!」
こんなときだけ息ピッタリなんだからまったく。
「どうしてネネネとまおーさまの愛を邪魔するんですの!? 子供はまだおねんねの時間ですわよ」
おねんねの時間か……でも子供の朝は早いんだよ。
子供が見るはずのアソパソマソあるじゃん、あれって大体の局で朝の5時~6時くらいにやってるんだよ。
「どうもこうもあるか、まったく何てことをしおるんじゃ年増は、ワシの唇に年増汁を塗りつけようなどと」
年増汁ってなんだよ、唾液か?
大体ルージュのリップじゃなくて、ルージュがリップなんでしょ?
「可哀想にのぉアスタ、大丈夫じゃったか?」
妖しくて危ない雰囲気を漂わせてルージュが笑う。
「え、あ、ああ、なんともないよ」
まぁなんともないわけじゃないんだけどね。
「ちょっと待ちなさいですの」
「何じゃ年増?」
「いつからまおーさまの唇があなたのものになったんですの? まおーさまの唇はネネネのものですの」
いやいや、俺の唇は他の誰のものでもない、俺のものだ。
「ならワシのものじゃな」
「どういうことですの!?」
どういうことだ!
「ワシのものはワシのもの! おぬしのものもワシのものじゃ! はーっはっはっはっはっはっは!」
ルージュは尖った牙を光らせながら、大声でそう言った。
「まあなんて横暴ですの……」
え、何そのジャイアンって……何で横暴の上にジャイアンってルビが振ってあるの?
もしかしてこの世界では横暴のことをジャイアンって言うのか?
あながち間違いじゃない。
「ワ~シはジャイ――」
「こらルージュそれ以上はやめなさい」
「ん? なぜじゃ?」
可愛く小首をかしげるルージュ。
可愛い。
「著作権が襲ってくるかもしれないぞ」
あれは怖いどこでどんな風に引っかかってくるか分からん。
「著作拳?」
「どこの拳法だよ」
「超削減?」
「何をですか、CO2ですか」
「猪八戒?」
「ガンダーラ、ガンダーラ」
「ちょ、厄介」
「君たちは超厄介だけどね」
「超サイヤ人?」
「いやそれ超じゃなくてスーパーでしょ」
「か~め~は~め~?」
「波ァァァァ!! ってこのやり取り自体著作権が!」
「ん? 何を言っとるかさっぱりわからんのぉ」
「なんでやねん、もうええわ」
「「どうもありがとうございました」」
伝説のコンビ早朝からのライブだった……。
ってかこれ本当に君がやっていいネタなの!?
「何じゃアスタ今日は切れが悪いの、しっかりせんか」
「ハイ、ゴメンナサイ」
いや、だからさ、体調悪いんだって。
それにクオリティ的にはいつもどおりだと思いますよ?
あ~二人と絡んでるうちにどんどん体調が悪化してきてるような気がするのは、気のせいでしょうか?
「そうじゃ年増」
亀亀波を放ったポーズをとったまま、ルージュはネネネに話しかける。
「何ですのババア」
「ワシのジャッ君を返せ」
「何のことですの? ネネネさっぱり分かりませんの、おほほ」
なんて白を切り始めるネネネ。
え? それで大丈夫だと思ってるわけ?
だって……。
「おぬし自分で持っとるではないか!」
そう、ネネネは隠そうともせずにジャッ君を持っている。
「何を言ってますの? これはネネネとまおーさまの子供ですのよ?」
真顔。
怖いよマジで。
もしこれが演技ならアカデミー賞主演女優賞受賞ものだ、でもこれが本気なら病院送りものだ。
病院側からしたらとんだ贈り物だよ。
「バカなことばっかり言うとらんで、はよう返せ!」
「バカとは何ですの?」
「バカにバカと言って何が悪い」
あ~あ始まっちゃったよ……。
「何ですって!?」
「お? 何じゃ、やるか?」
睨み合う二人の間には、バチバチと火花が飛び散っていた。
いやこれほんと。
「やってやりますわよ! 表に出なさい!」
「裏じゃダメかの?」
「どっちでも構いませんわよ!」
もう止める気すら起きない、いや、止める気力がない。
そうして二人は文字どおり表に出て行った。
「あ~」
やっと静かになった。
俺は窓に手をつき深呼吸をした。
キボチワルクナッテキタ……。
とにかく部屋に戻って、おとなしく寝よう。
そう思って顔を上げると、そこには銀髪エルフのエメラダがいた。
そうですよね~まだキャストいますもんね、そう簡単に返しては貰えないですよね。
一番面倒くさそうな奴もまだ残ってるし。
「エ、エメラダおはよう」
「……」
彼女は無言でコクコクと頷いた。
「…………」
そしてそれからもジーッと俺のことを見つめてくる。
やっぱりエメラルド色の目が綺麗だな。
「ど、どうしかした? エメラダ」
「……アスタロウ、しんどい?」
「へ? あ、いや大丈夫だよ、少しフラフラするけどちょっと休めば……」
心配をかけまいと見栄を張った俺だったが、突然体の力が抜けて、その場に立っていられなくなった。
そして盛大に石の廊下にダイブして、そこで俺の意識はなくなった。
最高だぜ……。