第参拾参閑 バストサイズアップ法
風呂を上がり、カーッと一杯やってやろうかと、え? 何をだって?
水をだよ?
まあ言い直すと、風呂上りに水を一杯飲もうかと、だ。
そう思って、食事の間に行くとそこにはラヴがいた。
「ありえない、信じられない、信じない、信じたくない――――」
顔をテーブルに突っ伏して何やらぶつぶつと言っている。
「珍しく髪の毛くくってないんだな」
黄金の髪は、ラヴの気持ちを表してるかのように、テーブルの上にだらーんと広がっている。
「え? あ、そうね」
「どうしていつもくくってるんだ?」
「だって、ルージュとシルエットが被るじゃない」
テーブルに突っ伏しながら元気なくそう答えるラヴ。
そうかな……?
確かにロングヘアーは一緒になるかもしれないけど。
キャラも違えば色も違う、そもそも体格が全く違うんだけど。
それに……。
「いいじゃないか、親子みたいで」
俺がそう言うと顔をバッと上げるラヴ。
「な、何言ってるのよ! ありえないわ! 魔王と勇者の子なんて――」
最後の方はなんて言ったかわからなかったけど。
え? 嘘つくなって? ほんとだよ、よく聞こえなかった。
なんだったら『え? なんだって?』って言おうか?
なんて冗談。
とにかくいつもならラヴが飛び掛ってきてもおかしくない展開だったがしかし……。
「はぁ……」
ラヴはゴンッと、再びテーブルに突っ伏した。
やけにテンションが低いな。
「どうしたんだよ、風呂で叫んでたけど何かあったのか?」
「……おっきかったのよ」
「おっきかった? 何が?」
「胸よ」
「え? 何だって?」
「胸がおっきかったって言ってんの!」
バンッとテーブルを叩き立ち上がるラヴ。
「誰の?」
「エメラダのに決まってるでしょ!? 私のだと思うの?」
思いません……。
彼女は自分で言っておきながら涙目になった。
「服を着ているときはそうでもなかったのに、脱いだ瞬間……なんなのあの大きさ……」
目をカッと見開き、両手の指をウネウネさせるラヴ。
「いったい何を食べたら、何をしたらあんな立派なものになるの?」
「さ、さぁ……」
俺にもそんな大きなようには見えなかったけど、隠れ巨乳ってやつか。
よし、今度偶然を装って女湯に……グヘヘ。
なんてよからぬ事を考えている俺の背中に声がかけられる。
「アスタロウ、私の胸がどうした?」
「ひいっ!」
びっくりして後ろを振り返ると、そこにいたのはもちろんエメラダ。
彼女は相変わらずの読み取り辛い表情で、自分の胸をわしづかみにして、モミモミしている。
「ひっ、そ、そんなもの見せないで!」
それを見て青ざめた顔をするラヴ。
そんなラヴに追い討ちをかけるように……。
「まおーさまおやすみですの」
牛乳を持ちながら厨房から出てきたネネネ。
「ん、おやすみっておい!!」
彼女は上半身裸だった……。
彼女もいいものをその身に装備しているのだ。
それをゆっさゆっさ、たゆんたゆんと揺らしながらラヴの横を通り過ぎていく。
わざととしか思えない……悪意しか感じられない。
あ、ちなみに俺には見えてないから、ちゃんと牛乳の入ったコップでうまい具合に隠れてる。
しかしそれを直視してしまったラヴは
「ひっ……嫌ぁぁぁぁ」
絶叫して、とうとう床に倒れこんだ。
「アスタロウ?」
よく分からないと言った風に首をかしげるエメラダ。
「だ、大丈夫なんでもないから」
「そう」
そんなことよりだ……。
「エメラダ、俺はアスタロウじゃなくてアスタだ」
「……?」
いやそんな本気でわけが分からないみたいな目で見つめられても。
「だからね、俺はアスタロウじゃないんだ」
「アスタロウはアスタロウじゃない?」
「そうだよ」
「じゃああなたは誰?」
「アスタだよ」
「アスタ?」
「そうです」
お? やっと分かって貰えたか?
「アスタロウはどこ?」
おいおいマジかよ……。
もういっか説明するだけ無駄そうだし、別に名前なんて何でもいいし。
「わかったわかった、俺はアスタロウだ」
俺がそう言うと「そう」とだけ返事をして、食事の間を出て行こうとする彼女。
「あ、エメラダ」
「何?」
彼女はそっと振り返る。
「おやすみ」
「まだ寝ない」
「そ、そうですか」
エメラダはそのまま部屋の外へと消えていった。
感情があまり見当たらないエメラダだけど、今日一つ分かったことがある。
彼女は言いたいことを包み隠さず、ストレートに言葉にしているんだということだ。
ここで終わりそうな雰囲気なんだけどな……。
「おいラヴいつまでそこで寝てるつもりだ、風引くぞ」
「うぅぅぅぅ……」
「いつまでスネてるんだよ、早く起きろ」
これじゃあいつまでたっても終われないじゃないか。
俺はラヴに近寄り、彼女の隣にしゃがみ込む。
「俺貧乳も好きだぜ?」
ここで『ほんとに?』ってなって。
『ああ、本当さ』って言って。
その後はあま~い漫画のような展開になると予想してたけど、現実はそう甘くはなかった。
「黙りなさいこの変態が! 誰が貧乳よ!」
「イッテェェェェ!!」
顔にグーパンチが飛来。
更に一発ではおさまらず、二発三発と飛んでくる。
「ま、待つんだラヴ! 君にだけ特別に、簡単に胸が大きくなる方法教えてあげるから!」
「なっ何ですって?」
その瞬間ラヴの動きがピクッと止まる。
「そんな方法があるの?」
「教えて欲しい?」
俺はわざと意地悪にそう言う。
「べ、別に教えて欲しくなんか……」
「そう、じゃあ言わないよ。おやすみラヴ」
「ちょ、待ちなさいよ!」
立ち上がり部屋を出て行こうとする俺の腕を掴むラヴ。
「早く教えなさいよ!」
そしてポカポカと俺を殴る。
「イテッ痛い痛いってラヴ、別に知りたくないんだろ?」
「途中まで言われたら気になるじゃない! 早く言いなさいよ!」
「痛いって、大体それが人にものを頼むときの態度か!?」
するとラヴは殴るのをやめ、横を向いてブツブツと何かをつぶやき始める。
「――を――する方法を教えて」
「え?」
「く、くっ……む、胸を大きくする方法を教えてください……」
「胸? 胸ってどこだっけ? もうっちょっと他の言葉でお願い」
俺がそう言うと、顔を真赤にして恨めしそうに、涙目で俺を睨むラヴ。
さぁ言え! 言うんだ! はーっはっはっはっはっはっは。
「――を大きくする方法を教えてください」
「え?」
「あーっもう! おっぱいを大きくする方法を教えてください!」
握りこぶしを握り、身をプルプルと震わせながらも彼女は言い切った。
「はい、よく言えました」
「アンタ、後で覚えてなさいよ……」
おっと、何か不吉な言葉が聞こえた気がするけど気にしない、きっと空耳、もしくは聞き間違いだ。
なんて、都合のいいことだけ聞こえない仕様になっている俺の耳。
「では教えましょう、それは……」
「……それは?」
ゴクリとラヴの唾を飲み込む音が聞こえる。
「男に胸を揉んで貰うことだ」
「ほんとに?」
よし来た。
「ああ、本当さ」
シナリオどおりの展開だ!
「だから俺がラヴの胸を揉んで――」
「ってんなわけあるか! このボカァァァァ!」
スローでみたら完全に俺の頬がすごい形になってるだろうというくらいの、強さと勢いで、おもいっきり平手打ちを喰らう。
「いっっっってぇぇぇぇ!!」
大体なんだ『ボカ』って、まさかボケとバカでボカか?
「それが本当だったとしても、アンタなんかに揉ませないわよ! このド変態がっ!」
どこから出してきたのか、剣を構えるラヴ。
「さあ、覚悟しなさい。借りはきっちり返してあげるわ」
ものすごい殺気を放っている……。
「ひいっ!」
それを見て一目散に駆け出す俺。
「逃げるな!」
そんな俺の背中を剣を構えながら追う、鬼のようなラヴ。
命を懸けたリアル鬼ごっこが、今始まる。
「まーちーなーさーい!」
「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ!!」
女湯に行かなくても結局はこうなる運命の俺だった。