第弐拾参閑 あなたが落としたのは
と、いうことで泉へ。
傷ついたア○タカや傷ついたアシ○カは倒れていない、そんな湖だ。
ところでいったい……。
「どうやったらお母さん出てくるんだ?」
「おかーさーん」
さっきから青い妖精ティアが呼んではいるものの、一向に出てくる気配がない。
水面は少したりとも揺れることなく、まるで凍りついたように、鏡のように、ただ光と景色を反射している。
「何か物を落とせばいいのか?」
「よし、年増おぬしちょっと飛び込んでみろ」
「なぜネネネですの、あなたが行けばいいじゃないですの。そもそもネネネは物ではありませんの」
「おぉおぉワシの勘違いじゃったか、おぬしはアスタのモノじゃと思っておったんじゃがの」
おいおい、人聞きの悪いことを言うんじゃないよ、俺がとんでもない人間みたいじゃないか。
「まあよい、ワシはおぬしと違ってアスタのモノじゃから、ワシが飛び込むとしよう」
何だって? ルージュが俺のもの?
道具袋を確認すると、そこにはブラッドレッド・ボルドー・ルージュの名が刻まれているのだろうか。
それとも装備品?
だとしたら呪いつきだ……。
「な、何を言ってますの、ネネネだってまおーさまのモノですのよ」
「そんな無理せんでもええ、ワシが行くわい」
ネネネを煽るようにルージュがいたずらな笑みを浮かべながら、泉の淵へ歩み寄る。
「お待ちなさい! 私が行くと言ってるでしょう!」
歩くルージュに猛スピードで駆け寄るネネネ、しかしその途中、
「きゃあっ」
彼女は転がっていた石に見事に足を引っ掛け、宙へ舞う。
そして勢いはおさまることなく、ルージュ共々大きな音と水しぶきを上げ泉の中へ。
「あれ、なかなか上がってこないな」
二人の落ちたところからは、白い泡がプクプクと浮き上がってきていたが、やがてそれもなくなる。
「あはは、どうしちゃったんでしょうね?」
この妖精ちゃん笑ってやがる……こここそ泣くところじゃない?
しかししばらくすると、突然水面が大きく揺れ、水が意思を持ったかのようにうねり始める。
そのうねりはしだいに大きな渦となり、そしてその渦の真ん中から眩しいほどの光を放ち何かが出てくる。
「おぉ……」
出てきたのは、まさに絵画に描かれているような美しい女性。
まあでも正直なところ、俺は絵画の女性が美しいと思ったことはないんだけど。
とにかくこの人が妖精の女王、ティアのお母さんなのだろう。
そのティアのお母さんらしき人物は、渦から完全に出てくると元気にこう言った。
「お帰りなさいませご主人様! ニャンニャン!」
「「……」」
「おっと、こっちじゃなかったわ」
兼業か!? 落し物拾ってるだけじゃ生計立てられないから、メイド喫茶で兼業か!?
女王様、メイド喫茶でニャンニャンしてるのか!?
どうせならSMクラブに行けよ。
「あなたが落としたのは……あらどこやったかしら」
女王様は突然足をお相撲さんのように開き、スカートの中に手を突っ込んだ。
「あの、何やってるんですか?」
「ゴホン……、あなたが嘔吐したのは」
「何も吐いてない!」
「私は履いてます」
「パンツはね」
さっきからパンツ丸見えなんだよ女神様……。
「ああ、ありました」
そう言うと妖精の王女様はスカートからズボッと手を引っこ抜く。
その手に握られてるのは二人の人のようなもの。
どっから出してんだよ、どこに入ってたんだよ!
「あなたが落としたのは、このゲイル・サンダークラップですか? それともこのウメコ・サンダークラップですか?」
「どっちも落としてないわ!」
大体どうしてここにこいつらがいるんだよ!
ってかウメコなんだかんだで出てくるよね?
固定メンバーの座狙ってるよね絶対。
最初だけ登場するはずだった超モブキャラが、いつの間にか名前までもらって。
「ああ、ウメコ、僕もう我慢できないよ」
「あぁん私もよぉ、ゲイルゥ~」
「……」
俺はそっとティアの目を指で覆った。
そもそもこの問い自体がおかしいよね?
せめて問うとしたら『あなたが落としたのはこの金のゲイルですか? 銀のゲイルですか? それとも普通のゲイルですか?』 だろ?
「正直なあなたには全て差し上げましょう」
「いらんわ!」
「まぁまぁそう言わず、私が持っていてもしょうがないものなので、さっさどうぞどうぞ」
俺にだって手に余る代物だよ。
「あぁこれもこれも」
何だよ、帰省したら何でもかんでも持って帰れって言う、おばあちゃんかアンタは。
「ではいきますよ、第二問!」
何だか楽しんでないかいあの人……。
「あなたが落としたのはこの淫乱な夢魔ですか? それともこのエロい夢魔ですか?」
あなたはいったいその問いで俺の何を試そうとしてるんだ!?
いったい俺の何を見極めようとしてるんだ!?
大体どっちもネネネなんだよ……。
「処女の方でお願いします」
「確かめてきます」
「……」
「こちらです」
「どうも」
俺はグルグルに目を回したネネネを手に入れた。
「では第三問!! ジャジャンッ!」
自分で効果音までつけ始めたよ。
「あなたが落としたのはこの幼女の吸血鬼ですか? それとも闘魚の吸血鬼ですか?」
「幼女の方でお願いします」
闘魚の吸血鬼も気になるけどね……。
「どうぞ」
俺は目をバッテンにしたルージュを手に入れた。
というかこれ普通に返してくれただけじゃん。
まぁここに落ちたのがラヴじゃなくてよかった。
だって『あなたが落としたのはこの金髪の勇者ですか? それとも銀髪の勇者ですか? それとも普通の勇者ですか?』って問われたとしたらどうするんだよ。
金髪のラヴと、普通のラヴにどういう違いがあるのかわからないじゃないか。
ってそうじゃなくてだな、くだらない話をいつまでもしてる暇はないんだ。
「落し物をしたのは俺達じゃなくてあなたですよ」
俺は手の上の青い妖精ティアを、そっと差し出す。
「まあティアーズ」
「お母様」
きれいな光の粉を撒き散らし母の元へ飛んでゆくティア。
「ああティアーズ、探しましたよ」
絶対嘘だ。
「あの人たちがここまで連れてきてくれたんです」
「まあ、ありがとうございます、なんとお礼を言っていいのか」
「いえいえ別にいいんですよ」
「あらあなた、よく見たらバ……魔王じゃないですか」
今明らかにバカって言おうとしたよね!?
「そんなことはともかく、ありがとうございました」
妖精の女王様はバカにもお礼を言える、とてもいい妖精だった。
「あ、じゃあ俺達帰りますんで」
無事にティアを仲間というか母の元に帰せたわけだし。
何か忘れてる気がするし、目的がすり替わってる気もしないでもないけど。
空は少し暗くなり始めてる、完全に真っ暗になる前にこの森から出ないと。
「おい二人とも起きて、そろそろ帰るぞ」
「まあまおーさま、とうとう私たちの子供が孵るんですのね」
ネネネ、今度はいったい何を産んだのかな?
「さよーならー、魔王さーんまた来てくださいねー」
小さな手を振るティアに別れを告げ、俺達は森を後にした。
ちなみに後でルージュに聞いた話によると、九十度茸の毒には、超強力な性的興奮を高める作用があるらしい。
簡単に言えば凄まじい媚薬。
その毒に犯されると、あまりの快感に意識を失うも尚、夢の中でその快感を味わうとのこと。
だからラヴはあんあん言ってたんだな……。
それもあってルージュはキノコをネネネにとりに行かせたのだとか。
別に意地悪をしたわけじゃなくて、年中発情状態のネネネにとっては、九十度茸の毒素は何の意味を持たないらしい。
それにしてもルージュは色々なことを知っているなぁ。
さすが九百九十七歳、侮れない。
この日結局ラヴは朝から晩まで喘ぎ……嘆き続け、村では『勇者はヤレる』と、ちょっとした噂になったのであった。
「あんっあんっあ~んって、どうして私だってばれてんのよ~!」
「よくある終わり方じゃな」
「そうですわね“吸血鬼が幼女”くらいよくある終わり方ですわね」
「そう思うなら出て来ないでくれよ」
「もーさま、お腹の子になんてこと言いますの」
もーさまって何だ『もーまおーさま』か?
『もーまおーさま』略して『もーさま』か?
「そうじゃぞアスタ、犯人にそんなことを言ってはいかん」
「立てこもってないで出てきなさい! 人質は何人だ!?」
「双子ですの」
「犯人はお前か!」
腹の中に人質を取るなんて。
「じゃなくて棚」
「どんな棚じゃ?」
「ぼたもちが落ちてくるやつだよ……じゃなくてだな! もう終わってるんだよこの回、静かにしてくれよ」
「あぁ~ん、生まれるぅ~、これぞ腹からぼたもちですの~」
まあ、確かに幸運かもしれないけどね、うん。
「埋もれろ年増が」
「ウメコォ~」
「ゲイルゥ~」
こいつら……。




