第弐佰弐拾閑 NOクライマックス! YESワライマックス!
「うっ……ん……」
おぼろげな意識の中で、初めに俺の目に映ったのは、高く澄み渡った青い空だった。
どうやら俺は、相変わらずのようにどこかしらに仰向けになって寝ているらしい。
どこだろうと首を倒すと、今度は地面を覆う青々と茂った芝生が目に入る。
「ここ……は?」
俺の勘は当たったのだろうか。俺の賭けは当たったのだろうか。
果たして、俺は異世界に戻ることが出来たのだろうか。
家族のもとへ帰ることが出来たのだろうか。
ふと視界に影が差し、青かった空が黒く変る。
何名かの人間が、俺の顔を覗き込んだのだ。
恐る恐る、心配そうな顔で俺を覗き込むその人たち。
「だ……れ?」
よく見ればその人たちは、あの女騎士が率いていた軍団と似たような装いをしているように思えた。
彼らは俺を見下ろしながら、何やら話し合いをしている。
「戻って……来たのか?」
俺が誰にともなくそう呟くと、話し合いをしていた中の一人が、何度か頷いた後どこかへと大声で叫んだ。
「団長! 勇者の魂の召喚、無事成功しました!」
「――っ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は確信した。
勘は当たったと。賭けは当たったと。
掠れていた意識が、一気に覚醒する。
俺は急いで、飛び跳ねるかのように立ち上がった。
今度は病室のときみたいに時間はかからない、いたってスムーズだ。
確かめるように、噛みしめるように手足を動かす。
使い慣れな手。使い慣れた足。
つむじからつま先まで、しっくり来るこの体。
でも俺の本当の体ではない、魔王の体。
「突然のことで混乱しているかもしれないが、そなたは勇者となった」
聞き覚えのある声が飛んでくる。
軍隊の先頭を切って馬を駆っていた、金髪の女騎士の声だ。
彼女は俺から少し離れた位置で、馬に乗ってこちらを向いていた。
「時間がないので詳しい説明は省かさせてもらうが、故に今のそなたの力は他の追随を許さぬほど絶大だ。その力を使い、あそこに群れる魔物を一掃してもらいたい」
女騎士は、剣の切っ先でもって方向を示した。
その先には見慣れた城が、魔王城があった。
そしてその傍には、あいつらが、必死になって戦っている姿があった。
「くっふふっはっ」
俺はこらえきれず、女騎士のことなど、女騎士の言葉など無視して、思わず笑い出してしまった。
魔王のように、笑い出してしまった。
「はっはっはっはっ!」
――異世界に戻ってきたんだ!
「はっはっはっはっ!」
――あいつらのものとに帰ってきたんだ!
「ど、どうした勇者よ。何がそんなにおかしい」
まさか、本当に戻ってこられるなんて。
本当に帰ってこられるなんて。
「聞いているのか勇者よ!」
「はっはっはっはっ……はぁ……勇者?」
残念――
「俺は魔王だ!」
「なっ!? どうして貴様が!」
女騎士の顔に、驚きが満ちる。
「どうして? 家族が家族のもとに帰って来るのなんて、当たり前でしょうが」
そんなことも知らないなんて、困ったもんだ。
「しかしまったく、やってくれましたね、マオ・トバッスルさん」
俺だけならともかく、俺の家族の顔を、俺を慕ってくれている人たちの顔を、あんなに苦痛で歪ませてくれるとは。
「バカだって怒るんですよ?」
皆が勢揃いした状況を、まるでクライマックスシーンのようだとか思ったものだが。
クライマックスだって?
ははっ、ここからは、ワライマックスでいかせてもらう。
楽しくておかしい、日常パートの始まり始まりだ。
そうそう、そう言えば今日は、あいつらと、庭にプールを造ってやる約束をしてたんだっけ。
そうだそうだ。
俺はこれから、彼女たちの水着姿を見なくてはいけないんだ。
彼女たちの笑顔を見なくてはいけないんだ。
だから――
「とりあえず、お前ら全員――」
正直なところ、ここからのことはいまいち記憶にない。
俺一人で敵軍数千の兵を全員退けた、というのは、後々皆から聞いた話。
何でも、俺が天に一本、黒い魔力の柱を突き立てたらしい。
その魔力のあまりの膨大さ、強大さに、恐れ慄き、女騎士を含め敵兵全員腰を抜かして、馬を残し地を這って逃げて行ったのだとか。
まあにわかに信じ難い話だが。
ともかく俺は、柱に見えるほどのバカみたいな量の魔力を放出しながら、全世界に轟かんばかりの大声でこう叫んでいたと皆は言う。
「やぁぁぁぁっ! ほぉぉぉぉ!!」
恥ずかし過ぎる……。
短くて申し訳ございません。今日も読んでいただきありがとうございました。
いよいよ次で最終話です。最終話の投稿日(金曜日を予定)と同日に、新作『異世界で奴隷商人になったけど、商品が可愛すぎて売れない!』の投稿もしますので、そちらも読んでいただけると幸いです。




