第弐佰拾捌閑 残酷な宣告
「なぜあの世界に、あの世界の住人にそこまで必死になるのじゃ?」
神は、今までにないくらいに神然とした、厳かな、重みのある声でそう問いかけてくる。
「異世界でのことなど、お主の妄想、夢の中の話かも知れんのじゃぞ?」
「夢の中の話?」
「うむ。お主も一度ならずそう思ったのではないか? そして実際、遊佐逸花にもそう言われたのではないか?」
確かに思ったことはある。
異世界なんて、俺が飛び降り怪我をして、病院のベッドの上で意識を失っている間に見た夢なんじゃないかって。
そして確かに逸花にも言われた。夢でも見てたんじゃないって。
でも違う。
「違いますよ神様、あれは俺の夢の中の出来事なんかじゃない。全部、全部俺の腕の中の出来事です」
手を伸ばせば彼女たちはそこにいて、触れられて、温かくて、柔らかくて。
そんな彼女たちと過ごした日々ももちろん、俺の心の中に鮮明に、現実味を伴って残っている。
こんなにもはっきりと彼女たちの感触を、彼女たちとの思い出を思い浮かべることが出来るのに、これが夢や妄想なわけがない。
「ほう、言い切るか。随分と己を信じているようじゃの。人間の脳など、ちょっとしたことですぐ錯覚を起こすというのに」
「俺が信じているのは、家族です」
「はっはっは、そちらの方がワシは信じられんのう。お主の言う家族とやらは、偽物ではないか。家族と言うより、贋族じゃろう」
「まあ……そうですね」
家族とは言っても、実際のところ俺たちは寄せ集めの偽家族で、似せ家族で、似非家族だ。
でも。それでもやっぱり、あいつらは俺にとっては掛け値なしの家族で、かけがえのない家族なんだ。
「そんな大切な彼女たちに、これ以上悲しい思いをさせたくはないんです」
ましてや家族を失う悲しみなど、どうして味合わせられようか。
両親のいなかったラヴに。
父親のいなかったネネネに。
全ての家族をなくしたルージュに。
母をなくしたエメラダに。
姉をなくしたクゥに。
そしてこれは俺が言っていい事ではないが、俺をなくした逸花に。
これ以上、身近な人間を、家族を失う悲しみを味合わせるわけにはいかない。
「だからお願いです。俺を異世界に帰してください」
俺はありったけの気持ちと誠意をこめて、もう一度願った。
「無理じゃ」
しかし神の言葉は無情にも、拒否だった。
「そんな……」
「ではな」
顔を上げた俺に神は告げる、
「これで正真正銘、もう二度と会うことはないじゃろう」
そして己の手を、頭上へと掲げた。
俺の体が、白い光の本流へと飲み込まれていく。
「待ってください! お願いです! 一生のお願いですから!」
「一日も命のないやつの一生のお願いなど、神でなくとも聞かんわい」
「じゃあ一瞬、一瞬だけでいい! 最後にあいつらの無事をこの目で直に確認させてください!」
「何を言おうと無理じゃ」
「――っ」
「じゃがまあこの一連の騒動のきっかけはワシ、お主を巻き込んでしまったことについては、多少悪いと思っておる」
「それじゃあ」
「うむ……最後に一つ、いいことを教えてやろう」
いい、こと?
「遊佐逸花がいなくなり、お主の寿命は確かに縮まった。しかし死因は相変わらず、吸い弱死じゃ」
「吸い弱死じゃなくて、衰弱死だろ!」
「そうじゃったかの? てへっ」
こんなときにくだらないことを……。
「大体それが何だって言うんだ!」
「さぁのぉ」
意味深長にそう言って、首を傾げる神。
「そんなことより俺を異世界に――」
「桜満明日太よ、信じるものは救われる」
それ以上俺は言葉を発することが出来ず、光の中でただ一人、走馬灯のように彼女たちの声と笑顔を思い浮かべたのだった。
◆◇◆
「いやぁ、多少強引じゃったが、これで一件落着じゃのう。あ奴に二度と会わずに済むかと思うと、ホッとするわい」
「多少どころではありませんよ神、強引過ぎです。禍根も遺恨も残しまくりです。元の世界に帰すタイミングは最悪ですし、脅すのは無理などと嘘はつくし。まったく……あなたは心臓ではなく信仰で生きているのですから、もう少し考えて行動された方がいい」
「まあ確かに嘘はついたが、あれは桜満明日太のためを思ってのことじゃ。それにタイミングと言う意味では、この上なく最良のタイミングじゃったと言えよう」
「どういうことですか?」
「さぁのぉ」
「何だかムカつきます。大体、落着したのは本当にこの一件だけで、桜満明日太様と同じ状況の人間が、まだかなりの数残っているのですが」
「むぅ……嫌なことを思い出させるでない天使よ」
「お前本当に神辞めろよ。辞任しろ、もしくは自害しろ」
「相変わらず天使は手厳しいわい」
「当たり前です、私は天の使いであって、手前の使いではありませんから」
「……」
「ごほん……と言うか、桜満明日太様の件だって、本当に落着したと言えるのですか? 諦めずに、ダメもとでリークしてやる! なんて行動に出ないとも限りませんよ? そうなるとまずいわけですが」
「そうじゃのぉ、あ奴ならやりかねん……そうなると色々と最悪じゃ」
「まあそうならないよう、桜満明日太様に祈るしかありませんね。まったく、神が人間頼みとは、滑稽です。いえ、烏骨鶏です」
「天使、ワシそろそろ泣きそうじゃよ?」
「鳴け」
「コケッコッコー!!」
今日も読んでくださり、ありがとうございました。




