第弐佰拾漆閑 どげざしたけどさ
第弐佰拾漆閑 どげざしたけどさ
「ちょ、それじゃあって、ちょっと待ってくれよ!」
「何じゃ?」
「俺を異世界に戻してくれ!」
「なぜじゃ?」
「だから言ってるじゃないか、今大変な状況なんだって!」
俺の大切な家族に、大切な仲間に、危険が迫っている。
「だからどうしたと言うのじゃ。お主が異世界に留まって居れるのは、元の体に戻る準備が出来るまでじゃと言うたじゃろう?」
「分かってるけど」
どうして、こんなタイミングなんだ。
こんな大変な、こんな大事なタイミングなんだ。
しかし何を言おうと神は、約束は約束じゃからのぉと、聞く耳を持たない。
「……まあいい」
元の体に戻ったら、またすぐに飛び降りればいい話だ。
そしてまた天界にやって来て、異世界に帰ればいい。
「飛び降りても無駄じゃぞ?」
「む、無駄?」
「そうじゃ、気付いておるか? そんなことをしてもワシが無視をすればお主が天界に来ることは出来んと」
「無視? でもその無視が出来ないんじゃないのか?」
もしそんなことをすれば、俺を間違えて殺してしまったというその不祥事を、俺は他の神にリークする。
そうなれば神は何かしらのペナルティを負うことになるのだから。
「その脅しはもう無効じゃ」
「無効?」
「無効と言うか、無理と言うか」
「無理?」
意味が分からない、どうして――
「お主は今日死ぬからじゃ」
「……え?」
…………え?
「今、なんて? よく聞こえなかったんですけど……」
聞こえなかったと言うか、脳が、聞き取ることを拒否したような。
「もう一度、言ってもらえないですか?」
「ん? どれじゃ? 用件が、よう聞こえんかった、か?」
「違う、戻りすぎ!」
「ゴッドのお小ゴット、か?」
「違う違う!」
「今日神過眠~、か?」
「違う違う違う!」
と言うかそんなこと言ってたか!?
「そうじゃなくて、俺が、どうとかって……」
「ああ、お主が今日死というやつかの?」
「俺が、今日、死ぬ……?」
今度ははっきりと聞こえたし、しっかりと理解も出来た。
「そうじゃよ? お主の元の体の寿命は今日までじゃ。何じゃその初耳みたいなリアクションは」
「初耳だよ!」
「はて、言っておらんかったかのう?」
「聞いてない」
「では今言った」
いつものようにおどけてテヘッと舌を出す神。
何かの拍子にあの舌を噛み切ってしまって、死んでくれないだろうか。
「で、でも、どうしてですか? 神言ってたじゃないですか、俺が死ぬのは二十歳だって。それまでは何をしたって死なないって」
俺が二十歳になるにはまだ数ヶ月あるはず。
正確な数字はよく分からないけど、少なくとも今日明日死ぬなんてことはないはずだ。
「あれは嘘だったんですか? それとも今また、俺の焦る顔を見て楽しもうと嘘をついているんですか?」
「そのどちらでもないのぉ」
「ならなぜ――」
「遊佐逸花」
神は言った。
「遊佐逸花が世界からいなくなったことで、未来に変化が生じた。まあ今のところ目に見えて作用しておるのは、お主の寿命が縮まったという部分だけじゃが」
そんな……逸花が世界からいなくなれば、むしろ俺の寿命は延びそうなものなのに……。
ってそうじゃなくて。
「脅すことが無理って、どういうことですか?」
「お主は今から元の世界へ帰り、帰って間もなく息を引き取る。そして今度は正式に天界にやって来て、正規のルートで転生し、どこかの世界の何かになる。そうなったときお主に、今の記憶はもちろん残らん。それでは脅すことは出来まい?」
「だ、だけど、戻ったら一瞬で死ぬって分けじゃないんでしょう? 死ぬまでに間はある。ならそのわずかな間にでも何とかリークすることは」
「はっはっは、無理じゃよ。一日もないのではどうにもならん」
「どうにも、ならない……?」
「うむ。どうにもならん」
――思えば最初からこうしておけば、元の体の寿命を待ちギリギリで地球に返しておけば、何度も面倒な仕事をせずに済んだのにのぉ。
――神、桜満明日太様に関する件の処理をしたのは、99%が私ですが?
そんな神と天使さんの声が、水の中にいるかのようにくぐもって聞こえた。
体さえも水中にいるかのような浮遊感に包まれ、体の先端から冷え切っていく。
「どうにもならない」
俺はそんな言葉を何度も何度も、何の意味もなくただ繰り返し、
「ん? 何をしておる桜満明日太よ。お主らしくもない」
「お願い、します」
気がつけば、そこが地面なのかも分からない真っ白な空間に、膝を突き、額を着け、そして、土下座をしていた。
神に向かって。神様に向かって。
「俺を異世界に、戻してください」
「こんなときにだけ都合よく、そしてみっともなく神頼みかの?」
何と言われようと構わない。笑われようが、蔑まれようが構わない。
戻らないと。異世界に戻らないと。
何としてでも。何をしてでも。
大切な家族の身が、危険に晒されているのだから。
「地球には、二度と戻れなくてもいいですから。二度と神を脅さないと、約束もしますから」
だからお願いです、異世界に、家族のもとに帰してください。
俺は幾度となく乞い、願った。
ぶつ切りでごめんなさい、ご容赦いただけると幸いです。
今日も読んでくださって、ありがとうございました。




