第弐佰拾伍閑 矢が刺さるなんて、やーねー
「あなた方に勝ち目はありません。それに、これだけたくさんのものに好かれている彼を、本当に今すぐ殺す必要があるとお思いですか?」
ラヴのその言葉に、屈辱でなのか、恐怖でなのか顔を歪める女騎士。
「くっ……なぜだ! なぜ貴様らはその男に力を貸す!」
「さぁ、私にも理由はよく分かりません」
と自嘲するかのような笑みを浮かべるラヴ。
「まあでも、強いて言うならコイツだからだと思います」
「ラヴ……」
「そうですの、まおーさまだからですのよ」
「ネネネ……」
「そうじゃな、アスタじゃからじゃ」
「ルージュ……」
「そう……アスタロウだから」
「エメラダ……」
「そうなのだ! アシュタだからなのだ!」
「クゥ……」
「そうだねーたっくんだからだね」
「逸花……」
皆も、首を縦に振っていた。
「その男の何がいいっ!? バカで何の役にも立たない、無能な男だろう!」
酷い言われようだな……。
「仰るとおり。確かに魔王はバカでアホで変態で痴漢で、かっこ悪い男です」
酷い言われようだな!
「でも、コイツはそれでいい。かっこ悪くていいんです、かっこ悪良いんです」
言って、ラヴは顔を赤くしながら俺の背中を思いっきり平手打ちした。
「いって、何するんだラヴ!」
「何するんだじゃないでしょ、ボーっとしてないで、こんなときくらいしっかりしてちょうだい! 大黒柱なんだから」
「大黒柱……?」
「そうでしょ!」
「……」
そうだ、俺はこの一家の大黒柱なのだ。
この城を、この城に住む皆を、そして俺を慕ってくれている皆を、守らなくてはいけない。
こんなときくらい、しっかりしなければ。
「あぁん、まおーさまの大黒柱、ス・テ・キ」
……。
「ネネネ、いいところなんだ。悪いけど寝ててくれる?」
ネネネをわずか一秒で寝かしつけ、俺は一歩前に出た。
女騎士を、その後ろの兵士を、お腹にグッと力をこめて見据える。
「俺からももう一度問います! 騎士団長、マオ・トバッスルさん。どうされますか? おとなしく引き下がっていただけますか?」
女騎士の顔が更に歪む。
沈黙することしばらく、彼女は口を開いた。
「私に尻尾を巻いて帰れと? 黙れ……そんなことが出来るか! 恥じ晒しにも程がある!」
こうなったら仕方がない! 言って、女騎士は振り向き後ろの兵たちに向かって命令を出した。
「ここで新たな勇者を召喚する! 用意をしろ! 少しでも魔力のあるものはすぐに私の元へ集まれ!」
その言葉に、今まで黙っていた兵たちがざわつき始める。
「しかし団長、勇者の召喚には時間がかかります!」
兵の一人が意見を出す。
「ならば勇者の魂だけでいい! それならそう時間はかかるまい!」
「で、ですが、ここには魂を入れる器がありません!」
「ええい! ここまで来ておめおめと帰るわけには行かぬのだ! どれでもいい、あそこにいる魔物の体を手に入れろ! それを勇者の魂の器とする!」
彼女の顔は歪みに歪み、もはや美しかった顔の面影が、一切見られないほどになってた。
――行け!!
女騎士が狂ったような叫びを上げると、後ろの兵たちは条件反射のように雄たけびを上げながら、騎馬兵は馬の、歩兵は自らの足を前に進め始めた。
「ど、どうする、ラヴ」
「どうするもこうするも、戦うしかないでしょう。相手がやる気なんだから」
確かに、もうこの場を穏便に収める方法はないように思える。
「でも……」
でも、戦うって。
戦闘? いや、これは戦争?
どちらにしたって、俺にとっては現実味のなさ過ぎる言葉だ。
ただ強く思ったのは、誰も傷付いて欲しくない、誰も傷付けたくないということだった。
「アンタの気持ちは分かるわよ、だけどひとまず応戦しないと……ほら、来るわよっ」
一番初めに俺達の元に到達したのは、矢、弓矢だった。
雨のように、無数に襲ってくるそれを、ラヴは、そして皆は軽々と打ち落としていく。
「アンタもしっかり前を向きなさい! ボーっとしてたら刺さるわよ!」
「んっ……あ、ああ、ボーっとしてたから刺さったよ、棒が」
痛みが走ったなと思い腹部を見てみると、そこには木の棒が突き立っていた。
木の棒が、弓矢が。先端は、完全にお腹の中に埋没している。
「ちょっと、こんなときに面白い冗談言わないでくれる!?」
「い、いや、冗談じゃないんだよ、ほら」
「ほらってアンタちょ……本当に刺さってるじゃない何やってるの!? バカなの!? 死ぬの!?」
ステキなセリフをどうも。
「まあそのくらいじゃアンタは死なないか」
そんなラヴの言葉とは裏腹に、足からは力が抜け、俺は地面に崩れ落ちた。
皆が心配そうに俺の名前を呼ぶ。
「魔王、面白い冗談ならともかく、くだらない冗談なら今すぐやめて。さっさと立ちなさい、本当に死にたいの!?」
「いや、だからさラヴ、冗談じゃないんだよ」
冗談ではなく、本当に体に力が入らない。
体がうまく動かせないどころか、体の感覚がもうない。
仰向けに寝転がり、青空を見上げることで精一杯だ。
「しっかりしなさいよ! そのくらいなんともないでしょ!?」
「しっかりしたいのは……やまやまなんだ……けどね」
俺だって死にたくはない。この世界で死んでしまったら、本当に終わりなんだ。
「……」
だけど俺のそんな気持ちなど関係ない、意識はどんどん薄くなる。
眠たくもないのに、無理矢理寝かされるようなこの感じ。
視覚も、聴覚も、どんどん曖昧になっていく。
ああ、生きなければ、起きなければ。
「魔王!」
「は、はは……まったく、矢が刺さるなんて、やーねー」
「くだらない冗談はやめなさいって言ってるでしょう!」
何だよ、笑ってくれないのかよ。
こんなに体を張った、一世一代のギャグを放ったというのに。
「ふう……あーもうダメだ……ラヴ、それじゃあ俺ちょっと逝って来るから、後、任せた」
「はあ!?」
「大丈夫、すぐ返ってくるから。多分」
多分。
「皆、一つお願いがある――」
――誰も、傷付かないで欲しい。
――誰も、傷つけないで欲しい。
「なぜかは分からんが、本当になぜかは分からんが、魔王が瀕死のようだ! はっはっはっは、天は我らに味方した! あの体を絶対に奪取せよ! それに勇者の魂を降ろし、それを以て残りの魔物を掃討する! 行け!」
消え入りそうな意識の中、女騎士の勢いづいた声が聞こえる。
そして俺が最後の最後に聞いたのは、ラヴが散々焦ったあげく俺のお腹に手を当て言い放った
「い、いたいいたいの、とんでいけ~!」
という、矢が刺さっている人間にかけるものとは到底思えないような言葉だった。
言うまでもなく、とんでいったのは痛みではなく、意識だった。
今日も読んでいただきありがとうございました。




