第弐佰拾肆閑 延々と援軍 横
今度はハーピーたちの頭の上、キューピーちゃんの肩越しに、にゅっと何かが顔を覗かせる。
それは一軒家程の大きさのキューピーちゃんよりも更に大きい、三角お耳の黒い犬だった。
「こんにちわんわん、クゥのお母さんですよ~」
「これはこれはどうもこんにちはお母さん。と――?」
その犬、もといケルベロスは、お母さん一匹だけではなく、彼女の後ろに、彼女よりも更に一回り大きな個体が存在した。
「あ~こっちはクゥのお父さん、私の夫です~」
「そ、そうですか、どうもはじめまして」
無言で俺を見下ろすクゥの父に、俺は軽く頭を下げる。
「今日は魔王さまが危機だと嗅ぎつけて、駆けつけて来ました~」
「嗅ぎつけて? 凄い嗅覚ですね、そんなことも分かるんですか」
「嗅ぎつけてじゃありませんよ~聞きつけてですよ~魔王さま。うふふ」
「そ、そうですよね、はは」
この人は相変わらずだなぁと思っていると、また違う声が聞こえる。
「婿殿ー! 婿殿は無事かー!」
低く、腹に響くような男性の声。
その声の持ち主は、エメラダのお父さんだった。
銀髪の戦士然とした彼は、馬を駆り、後方に同じく馬に乗った銀髪エルフを数人従えこの場に訪れた。
「婿殿! どうやら無事のようだな」
「え、あ、はい。今はまだ無事ですけどお父さん、その婿殿って言うのはなんで――」
「そうか」
話を聞いてくださいよ……。
「だが一応確かめておこう。何か面白いことを言ってみなさい」
「え? 面白いことですか?」
出たよ無茶振り。しかもこんな公衆の面前で。恥ずかしいことこの上ない。
「いや、あの、お父さん?」
「早く!」
クワっとめを見開くエメラダの父。相変わらず、凄むとめちゃくちゃ威圧感がある。
「え、えっと、じゃあいきますよ……土砂がどしゃー!」
「……。…………。………………。……………………。うむ、無事なようだ」
大怪我だよ!
「だが危機に瀕しているのはまだ変らない。婿殿を守るため、私たちエルフも加勢しよう」
「あ、ありがとうございます」
婿殿に関しては、言っても無駄そうなので放っておこう。
「私も忘れるなよな! 魔王!」
エメラダのお父さんの後ろからひょっこり顔を出し、馬を飛び降りて来たのは、緑色の髪の毛をたっぷりと蓄えた小さな女の子。
ドワーフの、ベルだった。
「ベル、君も来てくれたのか」
「あったり前だろ!? 親友なんだから。瀕死だって聞いたら駆けつけるに決まってる!」
「いやベル、瀕死じゃなくてピンチね」
まだ俺死にかかっているほど、ダメージを負っていないし。
「ん、ああそうか、そうだな」
「と言うかベル、エルフの皆さんと一緒に来たんだな」
「ああ、途中で出会ったからな、乗せてもらった」
「エルフとドワーフは仲が悪いって聞いてたけど」
「そんなこと私には関係ねえ! 親友の変死に、いち早く駆けつける方が重要だ!」
変死って……死に瀕しているどころか、死んでしまってるよ。
「そっか、ありがとう」
俺がそう言うと、気にするな! と彼女は笑った。
「俺達も、力にはなれねえかも知れねえが来させてもらったぜ」
しわがれた声がして目を向けると、そこにいたのは、農業に使う鍬を持った、肌の浅黒い細身のおじさんだった。
「よう、魔王の兄ちゃん」
「あなたはあのときの」
そのおじさんは、以前絶町で出会い、野菜をくれた、そしてこの騒動の発端であろう『勇者召喚計画』について教えてくれた、あのおじさんだった。
彼の後ろには同じように農業用具を構えた屈強そうな男が数名と、腰の曲がった町長、そしてゲイルの妻であるカバ顔のウメコの姿まであった。
「い、いいんですか? あなたたちがこちら側について」
人間である町人が、魔者である俺の側について。
それだけでなく、散々痛い目に合わされた魔王の側について。
「まああんたらには色々世話になってるからな。世話と言ってもアッチの世話、エッチの世話じゃねえぜ? はっはっはっは」
「それは分かっていますけど……」
「なあにあれだ。兄ちゃん、町にとってあんたはまだ利用価値があるから、生かしておこうってだけだ。前も言ったろう、深く考えるな」
しわの多い顔を、更にしわくちゃにする彼。
「はい!」
ありがとうございますと、俺は素直にその好意を受け取った。
しかしまあ、よくもここまで集まったものだ。
駆けつけてくれた皆を見渡す。
小人。妖精。人魚。巨人。ハーピー。ケルベロス。エルフ。ドワーフ。人間。
加えて勇者に、吸血鬼に、夢魔。
大きさや形の違う者たちが一同に会しているそのさまは、まさに圧巻。鳥肌が立つ。
何だか漫画やアニメの、クライマックスシーンのようだ。
「皆さん、集まってくれて改めてありがとうございます」
そしてこれだけの人を集めたのは――
「ゲイルも、ありがとう」
「いえ、礼には及びません。魔王様の側近である四天王としての私の、本来の仕事をしたまでです。それに魔王様、魔王様を倒し玉座を手にするのはこの私。それまでに魔王様に倒れられては困りますからね」
「見直したよ、ゲイル」
「ふっ惚れるなよ? 火傷するぜ?」
前言撤回。
「まあこれで、魔王様には二度と“逃ゲイル”などとは呼ばせねえぜ」
「一度も呼んだ覚えはないがな!」
せっかく見直したのに、コイツは……。
まったくもうまったくもう。
「さあ、どうしますか? 騎士団長」
ラヴが、これ好機と、落ち着く暇を与えず問いかける。
もともと大きかった彼我の戦力差には、皆が来てくれたおかげで更に開きが出たのだ。
もはやどう見たって、どうしたって、魔王討伐軍側に勝ち目はあるまい。
今日も読んでいただき、本当にありがとうございました。




