第弐佰拾弐閑 背信の内心
「ごめんねーたっくん。たっくんには色々と嘘をついてしまったよ」
俺達に背を向け、敵陣へと歩いて行く逸花。
「実は私、遊佐じゃなくて勇者だったの。いやー遊佐は遊佐なんだけどねー? とにかく私は、勇者召喚計画? だっけ? まーそんな感じのやつでこの世界に呼び出されて、そしてあそこの女騎士団長さんに命令されて魔王を殺しに来たの」
「逸花……」
おおよそそうなんではないかと、彼女が現れたときから予想していた。
そして、いずれカミングアウトをされる日が来るだろうと、いつかカミングアウトしてくれるだろうと。
そう思ってはいた。
でもまさかのこのタイミングに、去っていく背中を見てショックを受けた。
「まー私的には魔王を殺しに来たんじゃなくて、桜満を戻しに来た、たっくんを連れ戻しに来ただけなんだけどねー」
結果的にこの世界から魔王はいなくなるから、一緒。
言って、女騎士の隣まで行った逸花はくるりとこちらを向いた。
「ちょ、ちょっとイツカ、アンタが勇者? 魔王を殺しに来た? どういうこと? ちゃんと説明しなさいよ!」
俺と違ってこの事態を全く予想をしていなかったのだろう、取り乱し気味のラヴ。
「イツカねーちゃん、どっか行っちゃうのだぁ……?」
クゥも、不安げな顔で三角お耳をたたむ。
「どーもこーも今言ったとーりだよ? 金ちゃん」
「あなたが、勇者で、魔王を、殺しに来た……?」
「そー」
「……そんな」
目を見開くラヴをよそに、逸花は俺に笑みを送った。
「さーたっくん、元の世界に帰ろう?」
「何度も言ってるだろう。俺は帰らない。ラヴたちと一生一緒にここで暮らす」
「その子たちがいるから、たっくんはそんなことを言うんだね。だったらその子たちは殺してしまおー。たっくんを取り戻すためなら、私は何だってするよ」
「そんなことをしたら俺はお前を許さないぞ、逸花。大体お前、俺を取り戻すにしても強引なやり方はしないって言ってたじゃないか」
そのための、ラヴとの料理バトルじゃなかったのか?
「それに元の世界に戻るって、方法は分かったのかよ」
「この人たちが教えてくれるらしーよ?」
馬上の女騎士を見上げる逸花。
「嘘だ。そんなの絶対騙されてる。もう一度よく考え直すんだ逸――」
「ええい! 黙れ魔王!」
俺の声を遮る女騎士。
そして彼女は剣を構え直し俺に問いかけた。
「さあどうする魔王? これでこちらには勇者という強大な戦力が加わった、一方そちらは部下が五人に減った」
部下。ラヴたちのことを言っているのか。
こいつらは部下ではない。俺の家族だ。
「降参して、その首をこちらに渡せ!」
女騎士は余裕の色をその顔に浮かべている。
ラヴの疑問の答えはここにあった。
ただの人間では俺を倒せるはずもないのに王都が軍を派遣したのは、逸花という魔王を倒し得る力を持っていたから。
たった逸花一人、されど逸花一人だ。
勇者というくらいだから、逸花もラヴと同等レベルの力を有しているのだろう。
もし本気でぶつかり合えば、ラヴだって、エメラダだって、他のやつらだって無傷じゃすまない。
傷付いたところにあれだけの数の兵に一斉に攻め込まれれば、命に危険が迫る。
戦力差はほとんど埋まっていないように見えるけどそうじゃない。
そもそも俺は逸花となんて争いたくはない。ラヴたちだってそれは同じだろう。
だけどだからと言って、はいそうですかと首を差し出すわけにもいかない。
そんな俺達の気持ちを考慮するはずもなく、女騎士は勝ち誇った顔で選択を迫る。
ただ直後、そんな女騎士の余裕の笑みを掻き消す出来事が起こった。
「五人。それは誤認だね」
逸花が、そんなこと言いながら騎士団を離れ、こちらに歩いてきたのだ。
「ど、どういうことだ勇者よ! なぜそちらに行く!?」
一転、狼狽する女騎士。
「ごめんね、堪忍してよ騎士団長さん。えっとー名前はマオ・トバッスルさんだったっけ?」
いかにも、魔王を討伐する宿命を背負わされたような名前だな……。
「確かに私は最初、たっくんを連れ戻すため、魔王を殺すためにあなたたちの命令どーり魔王城に潜入したよ。それにその目的を達成するためなら、邪魔者は排除しよーと思ってたのも本当。でも途中で気が付いたんだー」
別にたっくんと一緒にいられるなら、わざわざ元の世界に戻らなくても構わないじゃんって。
皆のことにしてもそう、まだ短い期間しか一緒に生活していないけど、何だかんだ毎日楽しくて、好きになっちゃったの。
だから。
逸花は言いながら俺の隣に並ぶと、騎士団の方を向いて包丁を構えた。
「だからいずれ言おうと思ってたんだー、私、あなたたちの側にはつきませんって」
「何だと!?」
目を見開き、肩を震わせ、怒ったような、焦ったような雰囲気の女騎士。
「金ちゃんとの料理勝負も、まだついてないしね。ねー金ちゃん」
「おい逸花、そのつもりだったならどうして今わざわざ向こう側に行ったんだ?」
焦らせやがって。
「ん? それはたっくんを少し困らせよーと思って。ふふっ」
ふふっ、じゃないよまったく。
「やっていいことと悪いことがあるだろう」
「んーそーだね、今回はちょっと悪ふざけが過ぎたかも。皆、ごめんなさい」
素直に非を認め腰を折る逸花。
それを見てラヴがほっと息をつく。
「ほんと、とんだ曲者ねイツカ」
「くせぇ者とか言っちゃだめなのだラヴねーちゃん! イツカねーちゃんが怒って向こうに行っちゃうのだ! お帰りなさいなのだイツカねーちゃん!」
クゥも、嬉しそうに逸花に飛びついた。
エメラダはいつもどおりの無表情だったが、それでも怒っていたらしく
「悪い子には……おしおキック」
なんて言って、逸花のお尻を蹴っていた。
やっぱり怖いよエメラダさん。
さてと。
「騎士団長、マオ・トバッスルさん。どうしますか? この状況」
「くっ……」
「あなたたちの誇っていた強大な力とやらは、こっちのものになりましたけど」
今度は俺が余裕を見せる番だ。
今向こう側はこの戦の切り札である勇者逸花を失って、動揺しているに違いない。
うまくいけばこのまま何事もなく帰ってもらえるかもしれない。
「そ、それがどうしたと言うのだ! それでもお前の兵はたったの六人だろう!」
最大限虚勢を張ろうとしたのか、胸を必要以上に張り大声を出す女騎士。
「六人、それも誤認ですね」
しかしそんな虚勢を打ち砕くような、更に彼女に追い討ちをかけるような声が城の庭にこだまする。
気付けば俺の目の前に、男が一人。
そいつが誰かなど、問うまでもない。
その男は間違いなく、今朝城に突然やってきたかと思うとわめき散らして一瞬でどこかへ消えた、元四天王逃げ足担当、ゲイル・サンダークラップだった。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




