第弐佰拾壱閑 いつかないつうか
「傍らで魔王の手助けをするとは、さすがは裏切り者だな。ラヴ・リ・ブレイブリアよ」
なぜ勝てないと知りながら王都が軍を派遣したのか、そんなラヴの疑問に答えたわけではなかったが、金髪の女騎士が口を開いた。
「裏切り者? それはどういうことですか騎士団長!」
怪訝な顔でラヴが問いかける。
様子を見るに、彼女と敵軍の団長である女騎士とは面識があるらしい。
まあラヴも元は王都に住んでいたわけだし、知り合いであってもおかしくはないか。
知り合いどころか、幼少の頃に彼女に修行をつけたのがあの金髪女騎士だったとしてもおかしくはない。
「お前は生みの親である王都を裏切り、魔王の側に付いたのだろう?」
「そんな……」
「王都では、いや、今や世界中でそういうことになっている。飼い犬に手を噛まれるとはと、王も嘆いておられたぞ」
「私は裏切ってなんていません!」
「ならなぜ魔王が生きている? なぜお前はそこにいる? お前の任務は魔王を支えることではなく、魔王を刺すことだろう!」
「い、一度は殺しました! だけど生き返って――」
「生き返った? 何を馬鹿なことを、さすがは裏切り者」
裏切り者は関係なくないだろうか……。
「皆、裏切り者の勇者が面白い冗談を言っているぞ、笑ってやれ」
ラヴの必死の弁解も虚しく、騎士団からはどっと笑いが溢れた。
「くっ、あいつら……」
ラヴが悔しそうに歯噛みして、剣を抜く。
それを向こうに向けるかと思いきやしかし、彼女はそれを俺に向けた。
「ラ、ラヴサン? ナニヲシテイラッシャルノデショウ?」
「いい魔王、今からあんたを殺すから、生き返りなさい。分かった?」
「無理だよ!」
そんな諭すようにまっすぐ目を見つめて優しく言われたって、無理なものは無理だよ!
「どうして!? あの時は出来たじゃない、頑張りなさいよ!」
頑張って生き返れるのなら、誰も苦労はしない。
「あのなラヴ、あれは俺の力じゃなくて、神の御業と言うか、神の仕業と言うか……とにかく無理なものは無理なの」
この世界で殺されたら、俺はもう向こうの世界にも戻れず終わりを迎える。
それだけ。二度と生き返らない。
そもそも人は一度たりとも生き返らないのだけど。
「何なのよ、どうして私が笑われなきゃいけないのよ」
「裏切りの勇者よ」
金髪の女騎士はわざと“裏切り”を強調して言葉を発する。
「だから裏切ってないって言ってるじゃないですか!」
「ふんっ、もう一度言おうか? ならなぜお前はそこにいる? 百歩譲って魔王が生き返ったというその戯言を信じたとして、なぜそれを王都に報告しに戻ってこない? 戻ってこないどころか、なぜ魔王城で魔王と一緒に暮らしているのだ!」
「く、暮らしている!? それは誤解です、これは監視をしているんです!」
「監視? 何のために?」
「彼が道を間違えたとき、すぐに断罪できるようにです」
「意味が分からないな。監視などせずに、今すぐに殺せばいいだろう」
「いいえ。今現在彼は、何一つ人々に被害を与えていない。危害を加えていない。それどころか過去の罪滅ぼしをしようと、人々の役に立とうと走り回っている」
「だから何だというのだ? それで過去の罪が本当になくなるとでも?」
「そうじゃない、どれだけ罪滅ぼしをしようとも犯した罪は消えません。だけど、それを償おうと、心を改めようとしている者を断罪することは、私には出来ません。それは私の騎士道に反します」
「騎士道? ぬるい、ぬるいぞ勇者。いや、裏切りの勇者」
「だから裏切っては――」
「その汚名を晴らしたいか? いいだろう、一度だけチャンスをやる」
「チャンス?」
「そうだ。今すぐにお前の隣にいる魔王の首を持ってこちらに来い。そうすれば裏切り者の汚名は撤回してやる」
「出来ません」
ラヴは一呼吸も迷うことなく、そう答えた。
「なっ――、ならば一生裏切り者のそしりを受けることになるぞ。もう勇者には戻れん。それでもいいのか!?」
「今現在の彼を殺して得る勇者の称号なんて、私にはいりません」
「……一緒に暮らしているうちに情でも移ったか、思春期の小娘が」
「ち、違います! これは魔王どうこうではなく、私の騎士道の問題で! 魔王、アンタのせいでまた一つ変な誤解が生まれちゃったじゃない! やっぱりアンタ一回死になさい!」
そんな無茶な……。
「まったく、長い年月をかけ育てた結果がこれとは……」
女騎士がチッと舌打ちする音が、ここからでも聞こえた。
「まあいい。お前がいなくとも魔王には勝てる」
「そんなわけがないでしょう? 諦めて帰った方が身のためですよ」
ラヴは俺に切りかかるのをやめて、女騎士の方を向き直し言う。
「さて、そろそろこちらに戻ってきてはくれぬか? 勇者よ」
この期に及んで何を言うのかと思えば、意味の分からないことを。
あの女騎士は、しつこく押せば、ラヴがそれに応じるとでも思っているのだろうか。
そんなわけがないだろう。
しかしその問いかけに応じる声があった。
「はーい」
ただしその声は勇者であるラヴのものではなく――
「いつ……か?」
今まで俺の後ろで黙って立っていた、逸花のものだった。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




