第弐佰拾閑 唐突な衝突
「さて、どこら辺がいいかな?」
魔王城の庭。
緑の芝の絨毯が敷かれたそこに、城の倉庫から各種必要な資材と工具を持ち出し、どこにプールを作ろうかと話し合いをしていると、突如、その声を遮らんばかりの地響きが俺達を襲った。
「――っ!?」
何事だと焦って音のする方、魔王城下の町の方を向くと、こちらに向かってくる影が見えた。
それは馬に乗り、甲冑を着、剣を構えた金髪の女性。
それだけではない、女性の後ろには同じく馬に乗り、甲冑を着、剣や弓や槍を構えた人たちが。
見えるだけでも百は優に超える。それがまだまだ見えない後ろの方まで続いているのが分かる。
それは誰がどう見ても軍隊。
軍隊が、金髪の女性を先頭に、きっちり足並みそろえて城に突き進んでくる。
地響きと、砂埃を伴って。
「な、何事だ!?」
「……」
焦る俺をよそに、ラヴと逸花と、そしていつの間にかそこにいたエメラダは、無言で軍隊を見つめていた。
ラヴは険しい顔で、逸花は何食わぬ顔で、エメラダはいつもどおりの顔で。
「はっはっはっはっは!」
「おっほっほっほっほ!」
「ひゃっはっはっはっは!」
ルージュとネネネとクゥは、軍隊など見ずに遊んでいた。
ルージュは笑顔で、ネネネも笑顔で、クゥも笑顔で。
その笑顔に少し焦りは薄れたが、それでも完全には拭えない。
その拭いきれない焦燥感に、足を伝い心臓を打つ馬の足音が火を点ける。
「な、何なんだよあれは……なあラヴ」
そういえば今朝ゲイルが大慌てで逃げろとか言ってたけど、もしかしてこのことだったのか!?
「少し落ち着きなさい、魔王」
「いいえまおーさま、落ち着くなんていけませんの。突くのはネネネのお尻だけにしてくださいな」
「……真剣な顔で何を言うかと思えば。お前はまたそんなことを」
まったく。
幸い、このネネネのボケのおかげで大分落ち着きを取り戻せた。
空気を読めないと言うのは、どうやら悪いことばかりではないらしい。
「はっ!」
会話がギリギリ聞こえる程度の距離を取った位置で、先頭を走る金髪女性が馬の足を止めた。
すると後ろの兵たちも、前から順に同じように足を止める。
統制の取れた綺麗な動き。熟練の程が伺える。
しばらくして後続の兵たちも追いついたのか、足音が完全になくなり辺りがシンとなったところで、金髪女性は持っていた剣の切っ先をこちらに向け、そして叫んだ。
「お前が魔王か!」
空気を切り裂くような、よく通る声。
俺は深呼吸をして、それに答えた。
「そ! そうじゃ!」
む……? 緊張したせいで噛んでしまって、ルージュみたいになってしまった。
が、まあいい、少し魔王の風格が出ただろう。
と。
思う。
「あ、あなた方は、どちら様ですか? 俺に何か用ですか?」
続けて俺はそう言った。
まあ俺の置かれた状況と向こう側から漂う雰囲気からして、この人たちが何なのか、そして何をしに来たのかなんて、聞かずともそれとなく分かるけど。
「私たちは王都の魔王討伐騎士団だ!」
ですよね……。
「私はその騎士団の団長! そしてここへはもちろん、我らが王の命により、魔王、お前を討伐しにやって来た!」
ですよね……。
「……」
予想は出来ていたが、そして当たっていたが、実際に言葉にされたことで再び心の奥に焦燥感がこみ上げてくる。
「ど、どうしようラヴ!」
「だから落ち着きなさいって言ってるでしょう!?」
「あんな軍勢見て落ち着いていられるかよ!」
城の前を取り囲むように並んでいる、鈍く銀色に光る甲冑と武器を装備した騎馬兵。
初見で百を超えていたそれらは、歩兵も含めもはやその数を千を超えるまでに増やしている。
あれが今から俺を襲おうと言うのだ、落ち着いてなどいられるか。
と言うかゲイル! こんな大切なことならもっとちゃんと教えてくれよ!
「何言ってるの? 魔王。 もしかしてアンタ、あれが怖いの?」
「怖いに決まってるだろ!」
「え、嘘、冗談よね?」
ラヴは、怖がっている俺をバカにしているのではなく、ただ本当に信じられないと言った目をしていた。
「こんな嘘ついてどうするのでしょうか?」
「そうよね確かにって、あ、そういえばアンタネバネバだったわよね?」
「ん? ああ」
ネバネバの正体が何なのか、未だに分からないけど。一生分かる気がしないけど。
「そうか、なるほど。それで自分の力量も分からないのね」
何やら一人で納得している様子のラヴは、よく聞きなさい魔王と言って、俺の背中にそっと手を当てた。
「あそこにいる人間の八割は魔力も何も持たないただの人間よ。そんなただの人間が、たとえどれだけ群れようとも、たとえどれだけ訓練をしようともアンタには勝てないわ。まあさすがに無傷とはいかないでしょうけど」
「そ、そうなのか!?」
「そうよ。考えてもみなさい、アンタがそんな数での力押しが可能な相手なら、わざわざ勇者育成計画なんて計画を立てて、勇者を育てると思う? 計画には二十年近い時間がかかってるのよ? そんな面倒くさいことしないで、さっさと軍を出して終わりにするでしょ普通。でもそうしなかったのは、ただの人間ではアンタを倒せないから」
「なるほど」
「悔しいけど、それほどまでにアンタは強い」
「きゃーまおーさま、やっぱりカッコいいですのー!」
か、カッコいい?
「ふむ、さすがワシのアスタじゃ!」
さ、さすが?
「アシュタは最強なのだ!」
さ、最強?
「ク、クク、ククク、クククク……はーっはっはっはっはっはっは! お前たちなんて怖くないぞ! どこからでもかかって来い俺が相手になってやる!」
敵を指さし、高らかとそう宣言してやった。
敵の軍勢が、バカがいるとにわかにどよめきたっていることは、気にしない。
「まったく、アンタたちは本当にバカね。まあいいけど。とりあえず魔王、そう言うことだから落ち着きなさい。分かった?」
「わかっ――いや、ちょっと待てラヴ。そう言えば俺、力の使い方がよく分からないんだけど」
「そうなの?」
「……そうなの」
どうしよう……そうなのにもかかわらず、敵に向かってあんな啖呵を切ってしまった。
「まあ大丈夫でしょう。たとえ何かあったとして、そのときアンタが使い物にならなくとも、皆がいるわけだし」
「そうじゃぞアスタ。バトル要員であるワシがいることを忘れてもらっては困る。あんなやつらなど、ワシの新技の練習台にしてくれるわい!」
ふむ、それもそうか。
こちらには、この魔王を打ち倒すほどの力を持っているラヴがいて、更にそれを上回るであろう力を持っているエメラダまでいる。
そして自称バトル要員のルージュがいて、クゥがいて、逸花もいる。
何より、誰よりも予測不可能で何よりも恐ろしい我が魔王城の最終兵器、ネネネがいる。
というわけで。
「はっはっはっは! さあ早くかかって来い! どうした! 怖くて足が動かないのか!?」
とりあえず仕切りなおしで、俺はもう一度敵に向かってそう宣言した。
敵の軍勢が、一度病院に連れて行った方がいいと真剣に話し合っていることは、気にしない。
そんな俺の横で、
「でもただ、それなのにどうして王都が軍を派遣したのかが、少し引っ掛かるわね」
と、ラヴは不穏な空気を漂わせていた。
更新遅くなってすみません。
今日も読んでいただき、本当にありがとうございました。




