第弐佰玖閑 海の代用品を、生み出す。
「海ねえ……」
そうしようとにわかに喜びだすネネネにルージュ。
だかしかし。
「却下だ」
「な、どうしてよ」
「どうしてか説明しないと分からないか? ラヴ」
「分からないわ」
「なら説明しよう」
それは――
「昨日も行ったからだ!!」
そしてその五日前にも行ったし、五日前の七日前にも行ったし、五日前の七日前の五日前にも行った。
今夏に入って、既に四回も行っている。
別に海が嫌いだから行きたくないと言っている分けではない。
むしろ好きだ。行けば皆の水着姿も見られるし、水着姿も見られるし、水着姿も見られるし、水着姿も見られる。
だから行くことに関しては反対ではない。
ただ問題が一つ。
ラヴ・ネネネ・ルージュ・エメラダ・クゥ・逸花、決して自分の足で海まで行こうとはしないのだ。
いつも俺の運転。
もちろん運転と言っても、去年同様乗るのはカーはカーでもリヤカーなわけだ。
海までは酷く遠い。
年に二、三回ならまだしも、こうも頻繁にとなるとさすがの魔王も辛い。
そんなわけで却下したのだが、ネネネとルージュは既に行く気満々で、行かないと言うと駄々をこね始めた。
ラヴもラヴで、俺をどうにか説得しにかかる。
去年行きたくないと言っていたラヴがこうも海に行きたがる理由は一つ。
最近大分泳げるようになって来たのだ。
それが嬉しくて、早く完全にマスターしたくて堪らないらしい。
理由は可愛らしいんだけどなあ……。
「そんなに泳ぎたいのなら、風呂に水を張るのでもいいだろう?」
「それはまた違うわよ」
「そうじゃぞアスタ、ムードが足りん」
「そうですのよまおーさま、ヌードは大切ですの」
別に自分の足で行くというのなら、俺は文句はないんだけど。
「そうだ、じゃーこうすればどーかな!? たっくん」
と、逸花が何やら思いついた様子。
「何?」
「庭にープールを作るの」
「プール?」
「そープール。プルーンじゃないよ? 私がイメージしてるのは実じゃなくて水だからねー」
俺もだよ……。
「どーかな?」
「プールか」
作れないことはない。
と思う。
倉庫にある木で枠を組んで、出来たそれを畑で使ったビニールで覆うとか、そんな簡易的なものでよければ。
強度が心配なら、地面に穴を掘って地面と側面を固めるように枠を組めばそれなりの強度は出るだろうし。
「それならたっくんが私たちを海に連れて行く回数も減るしー。お風呂じゃなくてお外だから満足も出来るだろうしー。それに近いから毎日行けるしー。と言うことはたっくんは毎日水着を見られるしー。いいことだらけじゃなーい?」
「む……」
確かに。特に最後のは。
ふむ、まあ一夏楽しむくらいならそれでいいか。
一夏といわず、プールとして使わない季節は雨水でも溜めておけば、エメラダの畑の水やりにも使えるし。
冬は溜めた水が凍れば、コイツらの遊び場にもなるだろうし。
ただ。ただだ。
「なあ逸花、それ作るの結局俺だよね?」
「そだねー」
「結局疲れるよね?」
「そだねー」
そだねーじゃないよ、他人事だと思って。
それじゃあ結局海に連れて行くのとあまり変らないレベルで労働することになるじゃないか。
「まーまーたっくん、その体力は投資したと思って。さっきも言ったけど、一度作れば海に連れて行く回数が減るんだから。同時に水着を見る回数は増えるし」
さっきは毎日水着が見られると言われて少し心が揺らいだが、よくよく考えれば当たり前のようにある水着になんて、何の価値もないんだよなぁ。
たまに見るからいいのであって。
まあメリットであることには、変わりないけど……グヘヘ。
「あ、これはもちろんのことだと思ってさっきは言わなかったけどー、念のためやっぱり言っておくね?」
と、何だか嫌な雰囲気の逸花。
「な、何だよ」
「私以外の子の水着姿を見たら、たっくんは失目しまーす」
「失目って何!? 失明だろ!?」
「うーうん、失目で合ってるよ? 目から明かりが失われるんじゃなくて、目、自体を失うの」
こ、こいつ、目をくりぬく気だ……。
「それじゃあ尚更作りたくないよ」
最大のメリットが、最大のデメリットになってしまっているじゃないか。
「ふふ、でももー後戻りは出来ないよ?」
ほらと彼女が指差す方向を向くと、いつの間にかラヴが、ルージュが、ネネネが、クゥが、食事の間の扉の前で腰に手を当て立っていた。
「魔王、私たちも手伝えるところは手伝うわ」
と、ラヴ。こいつは料理を始め何かと器用なので、それは助かる。
「そうじゃぞアスタ。力のないワシでも、釘を渡してやることくらいは出来る」
と、ルージュ。そのうち飽きてきて、その釘を地面にばら撒き『まきびし!』とか言って遊び出すのは、目に見えている。
「穴を掘るならボクに任せて欲しいのだ!」
と、クゥ。放っておいたら掘りすぎて、温泉を掘り当てることは目に見えている。
と言うかクゥ、元気になったんだ。
「穴になるならネネネに任せて欲しいですの」
論外。
「……」
ただまあ何であれ、既に彼女たちはプールを作る気にと言うか、プールで遊ぶ気になっている。
逸花の言うとおり、後戻りは出来そうにない。やる気になったこいつらは、もうどうしようもないのだ。
まったく。
「分かったよ。じゃあプール作りますか!」
「「「「「おー!!」」」」」
今日も読んでくださり、ありがとうございました。




