第弐佰捌閑 大暑の対処法
八月。月が八つ出る八月。
季節は夏。俺がこの異世界に来て二度目の夏だ。
月が出たり消えたりしてその個数で季節が変るこの世界に、果たして地球のように温暖化現象があるのかは知らないが、気温の上昇は留まることを知らず、今年の夏は去年の夏に比べて格段に暑かった。
「暑いのぉ~」
「暑いですの~」
このとおり、雨にも負けず風にも負けず雪にも負けず遊ぶ丈夫な体を持ったルージュとネネネでさえ、この夏の暑さには負けてしまったようで、食事の間のテーブルにグテッとその身を横たえていた。
「暑いのだ~」
クゥなんて、お腹丸出しで、仰向けなって床に転がっている。
その姿にふと、夏場の近所の犬を思い出した。
とまあ、こんな感じで本格的な夏が訪れた頃、奴が訪れた。
「魔王SUMMER! 緊急事態DA・YO! 早く逃げRO・YO!」
そんなけたたましい叫び声とともにこの食事の間へとやって来た男。
こんな登場の仕方をするやつはこの世界にただ一人しかいない。
そうこいつはもちろん“元四天王逃げ足担当”ゲイル・サンダークラップだ。
「ようゲイル、久しぶり」
「はあ!? ブリがどうしたって!? こんなときに魚の話はよしてくれよ魔王様、そんなことより逃げろって言ってんだよ!」
相変わらず癇に障る奴だ。
登場早々に人をここまでイラつかせる人間も、そうそういまい。
「何? 逃げろ?」
「そうだ!」
「どういうこと――」
「伝えたからな、俺は逃げるぜ! ラットの如く!」
「脱兎ね」
じゃ。
と、それだけ言うと、ゲイルは風の如くサッとこの場を後にした。
「……」
何だったんだろう今のは。
気分で言えば、ゲリラ豪雨に見舞われた気分だった。
この暑さならゲリラ豪雨も大歓迎なのだけど、実際に俺を襲ったのはゲリラ豪雨ではなくゲイルだ。
まったく、いつも意味が分からないが、いつも以上に意味が分からない。
可哀想に、この暑さで頭でもやられてしまったのだろう。
「……て…………を……に……………………は……てへぺろっ」
「ん? 何か言ったか? ルージュ」
「いいや、何も言っておらんよ?」
「そうか。確かに何か聞こえたような気がしたんだけど」
「暑さで耳がおかしくなって、幻聴でも聞いたんじゃろう」
ふむ、どうやら暑さでおかしくなったのは、ゲイルだけではなく俺もだったらしい。
「かんちょうがどうしましたの? まおーさま」
そしてそれはネネネも……いや、こいつは暑くなくてもおかしいか。
「あしゅた……ちょうちょさんが見えるのだ……」
クゥは本格的にヤバイ。
しかしそれにしても、ゲイルが来たっていうのに誰も話題にすら上げないんだな……。
「ほんとーにたまらない暑さだねー」
と、手をうちわにして自分をあおぎながら、厨房から出てきたのは逸花。
彼女はそのまま椅子に腰掛け、ネネネ達同様テーブルに倒れこむ。
「あれ逸花、料理バトルはどうした?」
ラヴと逸花の料理バトルは未だに決着が付いておらず、毎日続いている。
毎日審査をさせられるのは少しきついが、そのおかげで二人の料理がどんどん上手く、そして美味くなっていっているのは喜ばしいことだ。
「今日は私パスだよー。汗かいて、包丁を持つ手が滑って危ないしー」
「そっか」
夏は料理も大変だ。
何を作るにも大体火は使うわけで、火を使えば当然部屋は暑くなる。
かと言って冬が楽かといえば、そうではないのだろうけど。
「まったく、去年にも増して暑い暑いうるさいわね」
言いながら、厨房から今度はラヴが出てきた。
「よけいに体調が悪くなりそうよ。まったく、ちょっとは師匠を見習いなさい」
そういえばエメラダは、この炎天下の中朝から畑で農作業をしているのだ。
あいつはいつも涼しい顔をしているが、暑さを感じないのだろうか。
「そんなことを言っても暑いものは暑いのじゃ! 暑い! 暑い! 暑い! 暑い!」
とうとうルージュが暑さ耐え切れず、暴れ始めてしまった。
「暑いぞアツタ!」
「俺が暑いみたいに言うな」
「そうだよ紅ちゃん、あついのはたっくんじゃなくて、たっくんと私。地球温暖化の原因って言われたくらいだもんねーたっくん」
「だとしたら生きてるだけで大迷惑だよ!」
「まおーさま、恥○温暖化とは何ですの?」
「ネネネは少し黙ろうか?」
こいつら、暑さのせいでいつにも増してうるさいな。
クゥみたいにスタン状態になってくれれば静かでいいのに、こいつらむしろスタンダップ状態じゃないか。
「とりあえず落ち着けよお前ら。暑いのはわかったけど仕方がないことだろう? だからまあ何だ、この暑さを乗り切るアイディアでも考えようじゃないか。誰か何かないか?」
「はーい」
と力なく手を挙げる逸花。
「はい。逸花」
「クーラーをつけるのはどーかな?」
「残念だけどこの城にクーラーはない」
ドワーフのところにはあるかもしれないけど。
代わりにクゥニャならいるが。
ちなみにクゥのお腹は冷たい。
枕にすれば、冷たくて柔らかくてスベスベで最高だ。
ただしすぐに熱くなるプラス、変な気分になって余計に体温が上場する可能性があるが。
「はい」
「はい。じゃあルージュ」
「暗闇で怖い話をする」
「おお、それはなかなかいい案だな。俺、怖い話ならたくさん知ってるぞ」
まあ主に、逸花の武勇伝だが。
「はいですの」
「はい。ネネネ」
「クラクラしてきたので死ぬ」
「待て待て」
確かに死んだら冷たくなるけども。
「は、はい」
「じゃあラスト、ラヴ」
「海に……いいえ違うわ、くら、くら…………」
別に無理にこいつらに合わせて、“くら”から始めなくていいと思うけど。
「ク、クラーケンのいる海に行く!」
「どうせ行くなら普通の海に行きたいよ」
「な、なら普通の海で」
とラヴは顔を赤くしながら言い直した。
微妙な切り方でごめんなさい。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




