第弐佰漆閑 クゥニャ・サー・ベラスの場合 丁
「捉えなのだ! 喰らえなのだ!」
「ふんっ何が捉えじゃ、当たらんわ! しっかり狙え!」
帰宅すると言うお母さんを見送るため彼女と一緒に城を出てみると、ちょうど目の前でネネネとルージュとクゥが木を振り回して遊んでいた。いや、暴れていた。
「お前らこんな所で何をしてるんだ?」
こんな城の出入り口の真ん前で暴れてくれるな、お客さんが来たらどうする。
まあお客さんが来ることなんてほとんどないけど。
いや、今丁度来ているが。
「おおアスタ。見て分からぬか? チャンバラじゃよ」
と、相対していたクゥからこちらに視線を移すルージュ。
「チャンバラ?」
「そうじゃ、お姉チャンバラじゃ」
お姉チャンバラって……何だかいやらしい響きだ。
まあクゥからしたらお姉ちゃんとチャンバラをしているわけで、間違いではないのかもしれないけど。
「お前らはもっと落ち着いた遊びは出来ないのか?」
こう、おままごととか……いや、おままごとをするような年齢ではないか。
ルージュは外見年齢的にはアリだけど。
「じゃって双剣じゃぞ!?」
言って、ルージュは両手に持っていた木の枝を俺に向かって構える。
「じゃっての意味が分からないよ」
「ボクは大剣なのだ!」
今度はクゥが抱えた木を振り回す。
「お前のは大剣じゃなくてただの大木だよ!」
クゥが持っていたのは木の枝ではなく、ただの木だった。
根っこも葉っぱも付いた、そのままの木。
ルージュの持っている木の枝が拾ってきたのものならば、クゥのそれは引っこ抜いてきたものだ。
「まったく、相変わらずの怪力だなクゥは。よくそんなモノを振り回せる」
「アシュタこれはオノじゃないのだ。そんな危ないものじゃないのだ」
「……分かってるよ」
と言うか、大木を振り回すのも、オノを振り回すのと同じか、それ以上に危ないからね?
「それで、ネネネは何をしてるんだ?」
ルージュとクゥとは少し離れた場所に一人、木を持ってはいても構えずに立っているネネネ。
「人数が足りませんので、ネネネは審判係をしていますの」
「ああそう」
三人しかいないのにあまりの出る遊びをわざわざするとは……。
「間違えました。ネネネは審判係ではなく尻パン係でしたの」
「間違えていない、審判で合ってる」
「おほほのほ。でも丁度よかったですのまおーさま、まおーさまが来てくださったおかげでネネネの相手が出来ましたの。さあまおーさま、ネネネとやりましょう? チンバラ」
「チャンバラね」
「いいえ、チンバラで合っていますのよまおーさま」
こいつは……。
「ならそのチンバラとか言う遊びがどんなものか教えてくれよ」
「分かりましたの。チャンバラがケンとケンの打ち合いならば、チンバラはケツとチンの打ち合いですの」
「意味が分からないよ!」
「分かるでしょう?」
わ、分からないよ?
「さあまおーさま、まおーさまのチンと、ネネネのケツで打ち合いをしましょう?」
「ネネネ」
「さあさあまおーさま」
「ネネネ!」
「どうしたんですのまおーさま」
どうしたもこうしたもあるか。
「あのなあネネネ、お母さんがいる前で、お客さんがいる前で、とんでもないこと口走らないでくれる!?」
まったくもうまったくもう。
「そう言えばお母さん、どうしたのだ?」
と、クゥは抱えていた大木を放り投げ母へと駆け寄った。
「お母さんも一緒に遊びに来たのだ?」
「いいえ遊びに来たんじゃなくて、バイビーに来たんですよ~」
バイビーって……。
「もう帰っちゃうのだ?」
「はい~。帰ってしなくちゃいけないことが色々ありますから~」
それを聞いて、耳を折り少し寂しそうにするクゥだったがそれも束の間
「分かったのだ。じゃあバイバイなのだ!」
と、笑顔で母に別れを告げた。
正直意外だった。
クゥは絶対お別れしたくないと、寂しいと駄々をこねると思っていたのだけど。
こんなにもあっさりバイバイするとは。
それはお母さんも同じだったようで、彼女はうふふと笑いながら、珍しいわね~とクゥの頭を撫でた。
「何が珍しいのだ?」
「だっていつもなら寂しいってグズるじゃないですか~」
「もうグズらないのだ! ボクは子どもじゃないのだ!」
「そうですか~。ついこの間までベイビーだと思ってましたけど、子どもの成長は早いですね~」
「それにボクにもたくさん家族が出来たのだ、だから少ししか寂しくないのだ!」
やっぱり少しは寂しいらしい。
「家族ですか~?」
「そうなのだ、ラヴねーちゃんとネネねーちゃんと、ルージュねーちゃんとエメラダねーちゃんと、イツカねーちゃんとアシュタは、ボクの家族なのだ!」
家族、か。
言われなくとも、クゥが俺達のことを皆と同じように家族だと思ってくれていることは、分かっていたつもりでいた。
だけど実際こうやって口にされると、分かっていたとしても照れるし、嬉しくもある。
そしてその家族である俺達の存在が、少しでもクゥの寂しいという気持ちを柔らげることが出来ているのだということを、それ以上に嬉く思った。
いつか逸花も、こんな風に俺以外の皆のことも家族だと、大切に思ってくれる日が来るだろうか。
「そうですか~。たくさんおねーちゃんができてよかったですね~」
「わんなのだ! ん? でもお母さん、アシュタはおねーちゃんじゃないのだ」
「あら、本当ですね~。魔王さまは男ですものね~」
「まあでもオーナーちゃんだから、きっと同じようなものなのだ」
「オーナーちゃん? って何ですか~」
「アシュタはボクを買ったオーナーちゃんなのだ」
そんなことを、止める暇もなく口走るクゥ。
「……」
まったく、どうしてそんなことを言ってくれるのか。
確かに俺はクゥを買ったけども、それはお母さんの前で、しかも帰り際に言うべきことではないだろう。
お母さんを心配させるだけだ。
「オーナーちゃんってどういうことですか~? 魔王さま」
案の定不安そうに眉を歪める母さん。
「それはですね……」
さて、今回も何か良い言い訳を考えないと。
お母さんの心配を取り除くというのも大事だけど、何より、この人を、このケルベロスを怒らせるわけにはいかないのだ。
「えっと……」
しかし良い考えが浮かばない。
仕方ない、もう一度あの手でいこう。
「どういうことでしょうね? 多分おにーちゃんの言い間違いですよ」
オーナーちゃんとおにーちゃん、“奴隷”と“門衛”よりはマシかもしれないけど、それでも厳しいところだ……。
「ほら、おねーちゃんと、おにーちゃん。ね?」
「……」
さすがに今回は無理か……。
「……」
「うふふ、そういうことでしたか~。何だか私にも子どもがたくさんできたみたいで嬉しいですね~」
ふう……どうやら今回も乗り切れたらしい。
こんな事態じゃなければここで『お母さん、母親なら俺に吸わせるべきものがあるでしょう?』と言っていたかもしれないけど。
まあ今後のことを考えると、言えない状況でよかった。
「クゥ、お姉ちゃんお兄ちゃんと、仲良くするんですよ~」
「わんなのだ!」
「それと、仕事の方も頑張ってくださいね~」
「しごと? たのしーこと頑張るのだ!」
「たのしーこと?」
「皆といっぱい遊ぶのだ!」
だからどうして母の帰り際にそんなに心配させるようなことを連発するのか。
ここまで来たのだから嘘でも『お仕事頑張るワン!』って言っておけばいいのに。
まあそんなことをクゥに望むのは無理か。彼女は良くも悪くも嘘をつかない。
「大丈夫ですよお母さん、クゥは優秀ですから。仕事も遊びのように楽しんでこなすということです」
俺のフォローにお母さんは、そうですか~と微笑んだ。
それからほんの少しの間だけ雑談を交わしたあと、じゃあそろそろ帰りますね~とお母さん。
「魔王さま、ありがとうございました~」
「いえ、お気を付けて」
「そ、そうじゃじょ、夜道には気をつけりょよ!」
俺の足に隠れながらそんなことを言うルージュ。
「こらルージュ、何をするつもりだ」
「闇討ちじゃ!」
「やめなさい」
「オケツを蹴って」
今度はネネネ。
「こらネネネ、何をするつもりだ!」
「病み付きですのぉ」
こいつはもうどうしようもないな……。
「お姉さん方も、いつもクゥをありがとうございます~。これからもよろしくお願いします~」
こんなわけの分からない二人にも、お母さんは丁寧にも頭を下げる。
「お母さん、バイバイなのだ! また今度なのだ!」
「はい、さようなら~。また来ますね~」
母の背中を見送るクゥの顔はやっぱり少し寂しげだったが、それでも彼女は最後まで笑顔で見送った。
しかしそれにしてもお母さんの心配を取り除くことができたのだろうか……。
ここに来たことによって、よりクゥのことが心配になったのではないだろうか。
門番をしっかりできているのかという点は、嘘をついて誤魔化したけど、正直メチャクチャだし。
何よりクゥやネネネがいらないことを言うせいで、奴隷疑惑まで浮上したのだ。
あれも誤魔化したけど、誤魔化し方が適当すぎた感が否めない。
あんなものではいくら天然のお母さんでも、本当に騙せたのかどうか。
寂しがりという点についても、新しい姉が、家族が補ってくれているということは伝わったかもしれないけど、その補ってくれている姉がネネネとルージュだからなあ。
やっぱり心配ではないだろうか。せめてお母さんが出会ったのが、ラヴとエメラダならよかったのだけど。
まあそれはいいとして、やっぱり門番のことか。
クゥを門番にするために、小さいうちから心苦しく思いながらも厳しく育てたのに、結果門番をしていないなんて知ったら、お母さんは、そしてお父さんはどう思うか。
いや、でも待てよ?
俺はそこでふと思い出した。
ケルベロスって確か、門番は門番でも入る者を拒む門番ではなくて、出る者を拒む門番だったような。
だとしたら。
だとしたらクゥはちゃんと、門番の役目を果たしてるじゃないか。
入ってきたラヴを拒むことはしなかったけど、もしラヴがこの城を出て行こうとすれば、ラヴだけじゃなくこの城に住んでいる誰かがこの城を出て行こうとすれば、クゥはそれを拒むだろう。
はは、何だよクゥ、お前ちゃんと門番やってるじゃないか。
犬じゃなくて、ちゃんとケルベロスやってるじゃないか。
「どうしたのだ? アシュタ」
と、俺を下から覗き込んでくるクゥ。
「ん? 何が?」
「お顔がにーしてるのだ」
「にー? ああ」
どうやら無意識のうちに、笑みがこぼれていたらしい。
「何かいいことでもあったのだ?」
「ん? いや、クゥがあまりにも優秀だから、嬉しくてな」
「クゥ秀なのだ?」
「そうだな。まあとにかく、これからも俺達家族をよろしく頼むよ、クゥ」
「分かったのだ!」
返事だけはいいが、本当に分かっているのかどうか分からない。
「ネネねーちゃんルージュねーちゃん、チャンバラの続きするのだ! アシュタも一緒にするのだ!」
「はいはい」
ただ分かったことが一つ。
この優秀な門番がいる限り、俺達家族は壊れない。俺達家族は離れない。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




