第弐佰弐閑 巨体の正体
「アスタ! はようアレを片付けてくれ!」
ルージュは現れたその大きな黒犬を指して言う。
「いやいや、片付けてくれって」
俺には、駆けつけるくらいで精一杯だ。
こんな大きな生物、俺にはどうしようもない。
いや、やろうと思えば出来るのだろうけど、やる気にならない。
目の前の巨大犬からは、全く敵意を感じないのだから。
敵意を感じないどころか、ラブラドールレトリバーのような愛くるしさがある。
ラブラドールレトリバーを巨大化すれば、大体こんな風になるんじゃないだろうか。
とにかく敵意は感じない。
エメラダが無視して城の中へ入って行くのを見ると、俺の勘違いではなさそうだ。
そんな、ただ大きいというだけの可愛らしい犬を、善良な人間である俺がどうして退治できよう。
「まずさルージュ、アレは何なの?」
見た目は犬だけど、犬でないことは確かだ。
あんな大きな犬はいない。まあ地球の常識などこの世界には通じないのだけど。
「今突然現れたんじゃ!」
「それはわかったからアレの正体を教えて?」
「年増と毛玉とかくれんぼをしておったのに! まだ誰も見つけておらんのに! 早く見つけんといかんのに!」
「だからそれはわかったから、アレは一体何?」
落ち着いて俺の質問に答えて欲しいんだけど。
まあ聞かずとも、大体察しはついているけど。
「ケルベロスじゃ!」
やっぱりか。
「早う片付けてくれと言っておるじゃろうが!」
「いや無理」
可愛いルージュのお願いは、聞いてあげたいところではあるけど。
「なぜじゃ!」
「なぜも何も……」
ケルベロスってことは、クゥの関係者か何かってことだろうし。
「もうええアスタには頼らん! 自分で何とかするわい!」
言って、俺から素早く飛び降りると、ルージュは赤い炎のような魔力を体から放ちながらケロベロスに相対する。
白黒縞々ニーソに包まれた細くて小さなその足は、プルプルである。
「おい、ちょっと待――」
「いろいろ省略! 天球!」
止める間もなく何やら技を発動させる彼女。
足同様細くて小さな両の手の平には、彼女の体より大きい、バランスボールくらいの大きな玉が一つずつ。
「複合!」
その掛け声とともに、二つだった玉は一つの、更に巨大な玉へと変化する。
「さあ喰らえ! 天体!」
そしてそれはケルベロスを襲う。
がしかし――
「な、なにゅをっ!?」
ケルベロスは、文字どおりその玉を喰らった。
ぱくっと。
「な、なななな、なかなかやりおるにょお……」
焦ったルージュは全身ガクブル。
少し可哀想だが、可愛い。
「こ、こうにゃったら、ワシがもちゅ最強で最高の呪文をおにゅしに喰らわせてにゃろう!」
カミカミの彼女の両手には、再びバランスボール大の紅い玉が。
詠唱とか技名とかを叫ぶ必要は、どうやらないらしいことが分かってきた。
色々省略とか言ってたし……。
「複合」
合体し、大きくなる二つの紅い玉。
その大きさは、俺の身長をも軽く凌駕している。
「付与陽如」
何をしたのかよく分からないが、今度はその巨大な玉が火を纏い始めた。
それはもはや太陽のようで――
っておい、そんな技ぶつけて本当に大丈夫なんだろうな……。
「喰らうがよい! これがワシの持てる最強で最高の呪文!」
――複合せし陽如の火球!!
ルージュは両手を上に突き出し、サッカーのスローインのようにその火の球をケルベロスへと投げ放った。
「はっはっはっは! さすがのケルベロスも、これを喰らってはひとたまりもあるまい!」
ケルベロスに向かって迫り行く火球を見上げながら、腰に手を当て余裕の高笑い。
しかし次の瞬間には彼女は地面に膝から崩れ落ちた。崩れ折れた。
だってその火球も食べられてしまったんですもの、パクリと。
そしてペロリと舌なめずりのケルベロス。
どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。
「あすたぁ……」
地面に座り込み、泣き顔で俺の方を振り返るゴスロリのロリ。
なんて可愛い生き物なのだろうか、しばらくあのままにしておきたいところだが、しかしそうもいくまい。
さすがに可哀想になってきたので、俺は彼女に近づき、そして抱き上げた。
「大丈夫ですかルージュさん」
「こ、これじゃからけりゅべりょしゅは嫌いなんじゃぁ」
号泣だった。
「はははは……」
とりあえず俺はルージュを抱えたまま、ケルベロスを見上げる。
何度見ても大きい。大き過ぎる。
見上げた首がつりそうになるほどだ。
さんざん大きな生き物を見てきたから、今更大きいことに殊更驚いたりはしないけど。
さてこのケルベロス、話が通じると思ってよいものなのだろうか。
「あの、ケルベロスさん? でいいのかな? とりあえずこんにちは。僕は一応この城の主である、魔王、魔王アスタといいます。ケルベロスさんは、今日はどういったご用件でここにいらっしゃったんでしょうか?」
俺がそう投げかけると、ケルベロスは突然前足を上げ、後ろ足二本だけで立ち上がった。
更に高さを増す巨体。
「ひいっ! 襲われる!」
と肝を冷やしたがしかし、なぜかケルベロスはみるみるうちに縮んでいって、あっという間に俺の身長と同じ高さに。
縮んだどころか、いつの間にか姿形まで変わっていた。
人に。ふわっとした長い黒髪の、三角お耳のついた褐色美人に。
そしてその美人は開口一番こう言った。
「こ~んにちわんわん、私はクゥのお母さんですよぉ~」
「へ?」
よく分からないが、とりあえずクゥのお母さんを自称する目の前の美女が、巨乳であることは分かった。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




