第弐佰壱閑 居るのに、犬
五月。
月が五つ出る五月。
の朝。
「いやぁそれにしてもエメラダ、山菜いっぱい採れてよかったな」
背負ったカゴには“たけのこ”や“こごみ”といった、山の幸がたっぷり。
今朝、日が昇ってすぐにエメラダと二人で山に入り、採ってきたのだ。
夜中に体を揺すられて目を覚ましたら、エメラダが俺の上に覆いかぶさっていて、『どうした?』って訪ねたら『いく……』って言われたときは、それはそれは慌てたけども。
まさか『いく』の示すところが山菜採りだったとは。
カゴの中の山菜を見て、改めてどんな料理になるのか楽しみだなと思いながら、魔王城の庭を城の入り口へと向かい歩く。
「アスタロウは、山菜より三歳の方が良かった……?」
「いやエメラダさん、朝早くから三歳をとってきたとか、もうそれただの犯罪ですからね?」
「……そう」
「そう」
と言うかお前は、俺を何だと思っているんだ。
「ならアスタロウは犯罪者……」
「なぜ!?」
「……たけの『こ』に、『こ』ごみをとってきた」
子ってか? 誰がそんな屁理屈を言えと。
と言うかとってきたのはエメラダも同じなわけで、そうなってくるとお前も犯罪者になるわけだけど。
しかも主犯。
「そ、それにしても結構汚れてしまったな」
整備されていない山に分け入る山菜採りは重労働で、五月の早朝とは言え汗もたくさんかいたし。
「城に戻って荷物を置いたら、まずは風呂に入って汚れを落とそう」
もちろん風呂に入ると言っても、湯は溜めずに、シャワーだけだけど。
「アスタロウがまず入るのは……風呂ではなく牢」
「採ってきたもの全部山に返してきましょうか!?」
とかそんなことを言いつつ庭を歩いていると
「あずだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
三歳よりはもう少し成長した、七歳くらいの紅髪の少女がどこからともなく現れて、そして物凄い形相で俺に向かって走ってくる。
「ルージュ……?」
「どこへ行っておったんじゃあ!」
「おっと」
彼女は今にも泣きそうな声で叫びながら、俺の首に飛びついてきた。
「どうした、俺がいなくてそんなに寂しかったのか?」
「違うわい!」
即答……傷付きますよ。
「ならどうしたんだよ」
「貧窮事態じゃ!」
「貧窮事態? 俺たちそんなに生活に困ってるか? 食べ物もほら、いっぱい採ってきたぞ?」
ルージュがあまり好きじゃない、野菜だけども。
「間違えた、緊急事態じゃ!」
「緊急事態?」
「そうじゃ! 城に飢餓が迫っておる!」
「飢餓って、だから食べ物なら今採ってきたって」
ルージュがあまり好きじゃない、野菜だけども。
「間違えた、城に危機が迫っておる、じゃ!」
「危機? 一体何を言ってるんだルージュ。 もう少し落ち着いて――」
「これが落ち着いていられるか! あれを見よ!」
「その前にルージュ、俺を見よ!」
「冗談を言っておる場合じゃないのじゃ!」
ペシンと俺の額を叩く彼女。
今日はどうにもノリが悪い。
「で? どこを見ろって?」
「あそこじゃ!」
「ん?」
ルージュの指差す方向を見てみるも、そこには何もない。
いつもと変らない城の庭が、芝の庭があって、奥にはいつもと変らない畑があるだけだ。
「何もないけど?」
「ある! もうすぐ来る!」
来る?
「なぁルージュ、冗談を言ってるばっ――」
ルージュの指差した方向から聞こえたドシンという大きな音に、俺は思わず言葉を飲み込んだ。
そして耳を済ませてみると、続けて聞こえる、ドシンドシンというまるで足音のようなもの。
気のせいか、地面が揺れてるような。いや気のせいじゃない、地面は確実に揺れている。
「き、きおった……」
俺にしがみ付くルージュの腕に、力が入る。
「おいルージュ、一体何が――!?」
突如城の影から、壁から、それは顔を出した。
それを見てとりあえず俺は
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫んでみた。
叫んでみたのだけど、一体あれは何なのだろう。
目算で十メートルほどもの高さのある。
巨大で。
真っ黒な。
「犬?」
犬か?
犬だ。
文字数少なくてごめんなさい。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




