第弐佰閑 本当になおすべきはバスではなくマウスだ
「何だか悪いな全員で」
風呂を上がりそして昼食を食べた後、そろそろ帰ると言うベルを見送るため、俺達は全員で城の外へとやって来た。
風呂に入って昼飯を食べた後の外のポカポカ陽気は、かなり眠気を誘う。
「いいや。全員、ベルには助けられたからな。直してくれて本当にありがとう」
俺に続き、ベルにお礼を言う皆。
「おう! 私も夢を叶えてくれて、ありがとうな!」
正直まだ夢が叶った実感がないけど! と彼女ははにかんだ。
「心配するな、君の夢は叶ったよ」
「本当か? どうにもさっきから、体がポカポカポワポワするんだけど」
それは明らかに眠気のせいだろう。
「やっぱり夢なんじゃないのか?」
この期に及んでまだそれを言うか?
「おい魔王、ちょっとほっぺたを叩いてくれないか?」
「くれないな」
「どうしてだ! 親友のお願いが聞けないって言うのか!?」
「どうしてもこうしてもあるか! そんなことしなくても、親友の言ってることを信じろよ!」
親友の親と、信じるの信は同じ音なのだから。
「ああ分かった」
やっとか……。
「それじゃあ魔王、ちょっと歯を食いしばれ」
「は? 歯?」
「いや、やっぱり高いから、腹をくっとしぼれ」
「腹をくっとしぼる? 腹筋に力を入れろってことか?」
そうだと頷くベル。
そして俺が言われたとおりに腹筋に力を入れた瞬間
「こぽっ――!?」
彼女は俺の腹をグーで殴った。
「何を……しやがる……」
「パンチだ!」
「そんなこと聞いてないわ! 俺が言ってるのはどうして殴ったのかってことだ!」
こんなやり取りを、昨日もしたような気がする。
「ああ? だって今魔王言ったじゃねえか『親友の痛がってるとこを信じろ』って。それってつまり、魔王が殴られて痛がってるかどうかで、夢かそうじゃないかを判断しろって意味だろ?」
私のために身を挺してくれるなんて、さすが親友だ! ありがとな!
などと言いつつ、うずくまる俺の肩をポンポンと叩く彼女。
「……。あのなあベル、俺はそんなことは言ってない。それが言ったのは『親友の言ってることを信じろ』だ」
何だよ『親友の痛がってるとこを信じろ』って。
「嘘をつくな! ハリセンボン飲ませるぞ!?」
「飲ませられないとか言ってなかったか?」
「飲ませられないのは針、千本だ。私が今言ってるのは魚のハリセンボンだ! 今度釣ってきてやる!」
「それはわざわざどうも。ただベル、俺は嘘をついていない」
俺が言ったのは、紛れもなく『親友の言ってることを信じろ』だ。
「それじゃあ何だ? 私は勘違いで親友を殴ったってことか……」
「そうなる」
「そっか……ごめんね! 許してくれ!」
「……」
なんてすがすがしい奴なんだ。怒る気も失せる。
「まあ間違いは誰にでもあるからいいよ」
「ありがと! それにあれだな、拳を交わすのも友情を深めるのには大切だしな! 結果オーライだ!」
オーライじゃないからね!?
交わってないから! 殴られたの俺だけだから!
一方通行だよ!
「反省はしてくれよ……?」
「私の半生に、反省という文字はない!」
ならこれからのもう半生は、猛反省して生きてくれ。
「まあとにかくこれで、これが現実だって分かっただろ?」
「ああ! 親友はちゃんと痛がってた。だからこれは夢じゃない!」
実際痛みを感じたのは俺であって、ベル本人は痛みを感じてないので、夢か現実かの判断材料足りえるのかどうかはかなり疑問だけど。
「いやぁ、本当に夢が叶ったんだなぁ」
「よかったな」
「おうっ」
空を見上げた彼女が何を思ったのかは分からないけど、ただその顔は、今日の空のように澄み渡っていた。
「さて、それじゃあそろそろ帰るよ」
「送らなくても大丈夫か?」
疲れているであろう彼女を一人で山に帰すのは、少し心配なのだけど。
「だいじょーぶい! 途中でちょっと寄りたいとこと、やりたいこともあるしな!」
まだ活動を続けるつもりなのか、元気だなあ。
「そっか。じゃあ気を付けて帰れよ」
「りょーかい! また何かあったら呼んでくれ。親友の頼みなら何でも作ってやる! もちろん私も慈善事業でやってるわけじゃないから、それなりの対価はもらうけど。親友限定で、高くにしといてやるから!」
「ええ、高くなるの!?」
親友限定で!?
それならば、親友をやめるかどうか検討しなければ。
「違った違った、破格だ! 親友限定で、破格にしといてやる!」
「それならまあ、また何か困ったら君を訪ねるよ」
風呂で暴れる奴らがいるせいで、きっとまた近いうちに風呂が壊れるだろうし。
それにそういえばヴァイオレットに、小人用の用水路を作ってやらないとなとも思ってたし。
「約束だぞ!? それじゃあ親友、それと皆、バイバイ!」
風呂とご飯もありがとなー!
彼女はそう叫びながら、山へと帰っていった。
「いやぁ、元気な奴だったなぁ」
ネネネとルージュとクゥに、引けをとらない。
「しかしラヴ、早いうちに風呂が直って本当によかったな」
これで臭いだの何だの、不名誉なあだ名が付けられる心配はもうないだろう。
「ええ、これで後はアンタの首を切り落とせたら、もう思い残すことはないわ」
鞘から引き抜かれた刀身に跳ね返る日の光が、俺の目を突く。
「は、はははは。お風呂でのこと、まだ怒ってるんですかラヴさん」
「当たり前でしょう? 胸の恨みは大きいのよ」
「胸の膨らみは小さいのにね。っておっと……」
失言だ。とんでもない失言だ。
「アンタはほんっとうに――殺よ!!」
剣を振り上げるラヴ。
「ま、待て待てラヴ! そんなに怒ると胸が小さくなるぞ!」
「そんな嘘には騙されないわ!」
「本当だって! 書庫でたまたま見つけた胸の本に書かれてたんだよ!」
どんな本だ……。
「胸は平静を欠くほど、平坦になるって」
「ほん、とうに?」
彼女は振り上げた剣をそのままに、半信半疑と言った具合の視線を俺に向ける。
「本当だ」
嘘だ。そんなわけがないだろう。
「ほら、ラヴってちょっと怒りっぽいところあるだろ? だ、だから胸が成長しないんじゃないのかな?」
「そんな……じゃあこの性格を直せば。魔王、どうすれば直せると思う?」
「そうだな、ベルにでも頼んでみれば?」
何でも直してくれるらしいから。
いやまあ彼女には城の中は直せても、人の中までは直せないだろうけど。
「う~ん……ん? でもちょっと待って? ネリッサはいつもキィキィ言ってるのに、胸は大きいじゃない」
「あら愛ちゃん、ネネネのこのホワンホワンの豊満バストがどうかしまして?」
「確かに……」
ネネネはいつも平静を欠いているけど胸は平坦ではない。
平坦ではないどころか、起伏が激しい部類だ。
「それはどういうことなの? 魔王」
「そ、それは……」
まずいな、まさかこんな間近に絶好の反例があるとは。
「それは?」
「えーっと……」
なにか良い言い訳は――
「答えられないのね?」
「はい」
――思いつかない……。
「ってことはやっぱりアンタの作った嘘なんじゃない! もう許さないわ……」
振り上げたまま停止していた彼女腕に、再び力が入ったのが分かった。
「お、落ち着くんだラヴ。俺は胸は大きさじゃないと思ってるぞ? 胸はいっぱいならそれでいいと」
「どういうことよ!」
「だからつまり――」
「おっぱいがいっぱいってことですのよね? まおーさま」
「違う! 断じて違う!」
お前は何てことを言うんだ!
「俺が言いたいのは、胸がいっぱいに満たされていればって――」
「アンタって奴は……本当に」
「おっおい! 話を――」
「この期に及んでまだ“おっぱい”とは、救い難い変態ね!」
おっぱいなんて言ってないんですけど!?
「殺っ!」
「首がぁぁぁぁ!」
次にベルに直してもらう物は、と言うか治してもらう者は、どうやら俺自身らしい。
「ねー金ちゃん。私、今面白い駄洒落を思いついたよ?」
「ぜひ聞かせてイツカ」
「たっくんの首が、首っと切れる」
「ぷふふふふっイツカ、あなた天才ね」
「ありがとー」
「言ってる場合かぁぁぁぁ!」
今日も読んでくださって、ありがとうございました。




