第佰玖拾漆閑 食事の魔
食事の間に戻ると、中では逸花とラヴが隣り合って、少し遅めの昼食をとっていた。
どうやら今日のお昼はエメラダが作ってくれたらしい。
メニューはスパゲッティなのだけど、麺が緑色で、ソースも緑色だ。
相変わらず緑一色で少し色味にかける料理。
ただ香りも味も、ラヴの料理にも逸花の料理にも決して負けない。
彼女たちの正面の席にはスパゲッティの盛られた皿がもう一つ。
俺の分だろう。
とりあえずラヴと逸花の料理バトルが始まらなかったことにホッとしつつ、俺はそのお皿のある席へと腰を下ろし、いただきますをして料理を口にした。
「それで、魔王。風呂はどうだったのよ」
とラヴ。
「直るの? 直らないの?」
「魔王城の風呂は直りまー…………」
「ま……?」
ドクン、ドクン。
「す!」
「そう、よかったわ。って何の間よ!」
「ここは食事の間だけど?」
「そんなことは聞いてないわよ!」
「悪い悪い。まあ特に問題なく直せそうだったぞ? ただ明日の午前中くらいまではかかるって」
「そう、なら今日は使えないってことね。仕方がないわね、まあ一日くらい何とかなるでしょう」
風呂が直るということが強く現実的なものになったからだろう、彼女はいつもの落ち着きを取り戻していた。
「そういえばベルが言ってたけど、風呂が壊れたのはいつもあそこで暴れてるやつらのせいみたいだぞ?」
つまり、ネネネとルージュとクゥ。
「何ですって!? あの子たち……帰ってきたらお尻ペンペンよ!」
「ネネネには絶対するなよ」
喜ぶに決まっている。
『あぁん、もっとパンパンして欲しいですのぉ~』とか言うに決まってる。
さてとぽてと。
……。
「それで……い、逸花さんはどうしてさっきから俺を睨んでいらっしゃるのでしょう」
この部屋に来てからずっと、彼女の視線が俺に突き刺さっている。
「分かってるでしょー? たっくんが誰かれ構わずすぐに、女を上にまたがらせるからだよ」
女を上にまたがらせるって……人聞きが悪い。
きっと魔王城までベルを肩車して帰って来たのを怒っているのだろう。
確かに上にまたがらせてはいたけど、それは肩の上にだ。
「ま、まあ落ち着けよ逸花。あれは仕方なくと言うか、風呂を早く直すためにやったことだろ?」
歩いてる途中ベルにお願いされたのだ。
抱っこをしてと。
理由は単純。体が小さいので当然歩幅も小さく、俺達の歩くスピードについていけないから。
もしついていけたとしても、体力をかなり消耗する。それでは工事に支障を来たすかもしれないから。
ただ抱っこはちょっと、と言う事で肩車をすることになったのだ。
「どーだろーねー?」
逸花の瞳が、鋭く、どす黒く光る。
その目は笑ってはいるけど、ニッコリではない。ニッゴリだ。
黒く、濁っている。
「い、逸花ちゃんは嫉妬をしているのかな? いやぁ逸花ちゃんに嫉妬してもらえるなんて俺は幸せだなぁ……」
「嫉妬? たっくん、あまり調子に乗ってるとカッとなって殺しちゃうよ?」
「ひいっ……」
どうして笑顔になるはずの駄洒落で、こんなに恐怖を覚えなければいけないんだ。
「ぷふっ」
「こらラヴ! 今の笑うところか!? 人が殺されるかもしれないというのに不謹慎だ!」
「知らないわよ! 児童地獄でしょ?」
それはむしろ天国なのでは!?
「まったく。たっくんはいつもいつも。しかも今日は出会ったばかりの女の子とイチャイチャ。よく私の前でそーいうことが出来るよね? よっぽど度胸があるの? それともバカなのかな? どー思う? 金ちゃん」
「間違いなくバカね」
「俺もそう思います!」
ただこれだけは言わせてもらうけど、お前らも大概だからね!?
人のこと言えないレベルのバカだからね!?
とはどれだけ間違っても言えない……。
「ちなみにいいことを教えてあげるわイツカ」
「なーに? 金ちゃん」
「この男、城の外にも女をたくさん作ってるわよ」
「へー……」
おいおいおいおい……。
「おいラヴ! 嘘をつくな嘘を!」
ベルは嘘をつかないと胸を張って言ってたぞ!?
張る胸はなくてもいいけど、志くらいは彼女を見習え!
しかも……なんて嘘だ。
逸花の前で……死かも……。
「嘘? 嘘じゃないでしょう? いるじゃない。妖精のティアちゃんに、小人のヴァイオレットちゃん、それに巨人のキューピーちゃんだっけ? それと後は、ウメコ?」
「ウメコは違う! 断じて違う!」
あれは人妻だ、ゲイルの妻だ。
「じゃーそれ以外はそーなの? たっくん」
「それ以外もそうじゃない、あの子達は皆友達だ」
「何友達なの? 何フレンドなの? もしかして、ナニフレンドなの?」
「ただのフレンドだ」
「へーでもそう言えば、妖精と小人と巨人のことなら、黒ちゃんから聞いてたことがあるんだよね」
クゥから? あいつ、何を言いやがった!?
「たっくんが妖精少女を泣かせたって。たっくんが小人少女に定期的に金品を渡してるって。たっくんが巨人少女に種をあげたって」
「それがそうした?」
ティアを泣かせてしまったこともあるし、ヴァイオレットにはたまに倉庫のものをあげてるし、キューピーちゃんには花の種をあげた。
どれも嘘ではないが、そのどこに問題が?
「これってつまり、たっくんが妖精ちゃんを襲おうとして泣かせたってことだよね?」
「そ、それは違う! あの子は泣き虫で、大きな声とか出すと怯えてすぐに泣――」
「小人ちゃんとは援助交際をしてるってことだよね?」
「それも違う! 大体あいつにあげているのはほとんどが生活に必要な――」
「巨人ちゃんとの間には、子どもがいる可能性もあるってことだよね?」
「違う違う! あげたのは、種は種でも花の種な――」
「でも黒ちゃんからは、金玉の種だってきーたよ!?」
間違いではないけど……う~んクゥ!
「花の種が、金の色の玉なんだ。今度見せてやるから――」
「たっくんの金玉ならお風呂でいつでも見れるから、わざわざ見せてくれなくてもいーよ?」
そうじゃなくて!
「大体逸花、万が一俺が、万が一にもありえないけど変な気を起こしたとして、妖精も小人も手の平サイズだぞ? 巨人だって家並みの大きさだぞ?」
それでは逸花が疑っているような“コト”には及べない。
しかし逸花は俺の言葉など無視し
「あーでも、もう一回だけぶら下がってるところをちゃんと見ておこーかな? 最後にね。さ、出してたっくん」
そう言って、服の中から包丁を取り出した。
「おい逸花……そんなものを取り出して一体何をするつもりだ? 一体何を切るつもりだ?」
「ふふっこれからは“玉ナシ君”でたっくんになっちゃうね」
不名誉なあだ名だよ!
「イ、イツカごめんなさい。今のは私のちょっとした冗談なのよ」
と、逸花を止めに入ったのはラヴだった。
「魔王は外に女を作ったりしていないわ。確かに今言った女の子達と知り合いではあるけど、別にアイツは女と知り合いになるためにこの世界をうろついていたわけじゃないのよ」
ラヴ……。
「ティアちゃんのと知り合ったのは、私が風邪を引いて、その薬草を採りに行ってくれたからだし。ヴァイオレットちゃんは、ヴァイオレットちゃんの家を直す手伝いをしたからだし。キューピーちゃんは、城の庭の花が巨大化して、その問題を解決するために雲の上に行ったからなのよ」
「ふふっ、金ちゃんはやさしーんだね。知ってるよ、そんな感じの話も黒ちゃんからきーたし」
途中何を言ってるのか分からないことが多かったけど、と逸花。
「だから私のもじょーだん。たっくんが調子に乗らないよーに怖がらせただけ。調教だよ」
「…………」
やめて欲しい。マジでやめて欲しい。
なぜ肩車をしたくらいで、こんなに脅されなければいけないのか。
結局この日ネネネとルージュとクゥは帰ってこず、静かな魔王城の夜には、ベルが風呂を工事をしている音が響いたのだった。
今日も読んでいただき、本当にありがとうございました。




