第佰玖拾陸閑 犯人判明
道具と資材を取り戻って来たベルを連れ、城へと帰ってきた俺、ラヴ、逸花の三人。
ネネネとルージュとクゥとは合流出来なかったので放って帰ってきたが、まああいつらなら心配はいらないか。
腹が減ったら戻って来るだろう。
「うっわーでっかい風呂だなー!」
俺は城についてすぐ、ベルにせかされて風呂へと彼女を案内した。
「城がアレだけでかかったから風呂もでかいだろうと思ってたけど、まさかここまでとはなっ」
「しかもこれが隣にもう一つあるんだよ」
今俺とベルがいるのは男湯、隣には女湯がある。
「無駄だな!」
「無駄だろ?」
男湯か女湯のどちらか片方を半分に区切って使ったらいいんじゃないだろうか、と最近思い始めてきた。
それでも大きいくらいだ。
「はぁ~しっかしこんな大きな風呂の湯を供給するための機械だ、凄いんだろうな~! 直しがいがありそうだな~!」
ベルはプレゼントの包装紙を開けたくてウズウズしている子どものようだった。
「でもさベル、その壊れてしまった機械は一体どこにあるんだ?」
俺もこの城に住んでそれなりになる。
がしかし、そんな機械や、機械があるであろう部屋なんて一度も見たことだない。
「ん? あーっと、このタイプの風呂なら、この下じゃないか?」
トントンと彼女は足で床を蹴る。
「この下?」
「ああ、床下に空間があって……ちょっと待ってろよ? えーっと」
言って、風呂をぐるりと見回すベル。
「ここら辺に……あ、これか?」
そして近くの壁まで歩いていくと、手の平でその壁を押した。
するとガコンという音とともに、彼女の立っているすぐ傍の床が、目測二メートル四方の口を開いた。
「ほらな? この下に機械はあるっ!」
そんな隠し扉と言うか落とし穴的なものがあったのか、知らなかった。
間違って押して、落ちてしまうような事故がなくてよかったなぁ。
そんなことを考えているうちに、既にベルは床に膝を着き、穴の中を覗きこんでいた。
お尻を天高く突き出して。女の子のくせに何と無防備で無用心な。
俺が紳士でよかったな、ベルちゃんよ。
「どうだ? ベル。直りそうか?」
「んー? 暗くてはっきり見えないな。魔王、ちょっと明かり取ってくんない?」
「ん」
壁に掛けてあったランプを取り、彼女に手渡す。
「あーりがとっ!」
ランプを受け取り、それで穴の中を照らした瞬間、彼女は飛び上がった。
「すっっっっげぇぇぇぇ!」
「な、どうしたベル!?」
「すげえ、すげえんだよ魔王! 魔王も見てみろよ!」
言われて穴の中を覗いてみるが、俺には何が凄いのかさっぱり分からなかった。
俺が素人だからだろうか、ただの、床下に出来たボイラー室にしか見えない。
俺が知っているそれよりは、多少複雑な気もするけど。
「な? 凄いだろ!?」
ただベルの目はキラッキラに輝いている。
「今からこれを私の手で直せるんだよな!? 夢じゃないんだよな!?」
「夢じゃないって、現実だよ」
「いや、まだ信じられねえ。魔王、ちょっと私のほっぺたを叩いてくれ」
「ええっ!? 女の子の顔を叩く?」
「いいんだよ、私がお願いしてるんだから! 早くしろ! 殴るぞ!?」
叩かないと殴るなんて、どんな取引だ。
「わ、分かったよ」
気が引けるなぁと思いつつも、俺は彼女の頬をパチンと軽く音が出るくらいの強さで叩いた。
「いってえな魔王! 親友の、しかも女の子の顔を叩くとはどういう了見だっ!?」
「……」
「回答によっちゃぁ私は猟犬になるぜ? ああ!?」
「……」
なれるならぜひなってもらいたい。
確実に今のベルよりも猟犬の方が頭がいいだろうから。
「あのなあベル、君が夢かどうか確かめるために、俺に叩いてくれと頼んだんだ」
「ああ!? 嘘は身のためにならないぜ!?」
もう一回叩いてもいいかな……今度はもっと強く。
「嘘じゃない。叩かなかったら殴るとまで言った」
「そうだったか?」
「そうだ。親友の言うことが信じられないのか?」
「そんなわけないだろう! 私は親友を疑ったことはない!」
今まさに疑っているんだけどね。
「と言うことは何だ、痛かったってことは、夢じゃないってことだな?」
「そうだな」
「そっか~夢じゃないのか~。じゃあ今から私の夢叶うんだな~」
にへら、と、顔がほころび出す。
子どもの頃からの夢が叶おうとしているのだ、さぞ嬉しいに違いない。
「喜んでるところでこんな現実的な話をして悪いんだけどさベル。故障、どれくらいで直りそうだ?」
「ん、ちょっと待ってくれよ、今見てみるから」
再びお尻を突き出しながら、穴に首を突っ込む彼女。
「ん~そだな~って、ん?」
「どうしたベル」
「ん、いや、なーんか変な壊れ方だなと思って」
「どういうことだ?」
「普通に使っててなるような壊れ方じゃないんだよ。ただの経年劣化じゃこうはならねえ。何というか、外部から強い力を加えたような……」
外部から強い力を……?
「何か心当たりはないか?」
心当たりねえ。
「例えば、風呂で戦闘があったとか」
戦闘ねえ。
「……」
戦闘か……。
「魔王」
「はい?」
「心当たりがあるんだな?」
「ま、まあな。銭湯を戦闘する場所と勘違いしてるような奴が、この城には若干名いるんだよ」
「何だと!? パツキンねーちゃんか!?」
「違う」
ラヴはいつもおとなしく入っている。
「じゃあパツレンねーちゃんか!?」
「パツレンねーちゃんって?」
「さっきの、髪の毛がオレンジ色のねーちゃんだよ」
ああ、逸花か。
「あいつだろ!? 名前もイカツイだったし、すぐ戦闘しそうじゃねえか」
「イカツイじゃなくてイツカね。彼女も違うよ」
暴れようとしたことは何度もあるけど、まだ行動には移していない。
「じゃあ誰だよ!」
「パツピンねーちゃんとその仲間たちとだけ言っておこう」
「そいつら許せねえ! 機械を壊すような真似を!」
何だか、怒っていらっしゃる様子。
「あ? でもそいつらが壊してくれなかったら私の夢は叶わなかったわけか。やっぱり感謝しよう。ありがとう!」
と思ったら今度はお礼を言い始めた。
感情のコロコロ変る子だ。
「それでベル、結局どれくらいかかりそうだ?」
「んっとな、明日の午前中には終わってると思う」
「そうか」
「だから今日は風呂使えないけど、許せよな」
「ああ、構わないよ」
ラヴとは一週間、短くても三日はかかるんじゃないかと話していたから、それに比べればかなり早い。
「それじゃあ私は早速修理を始めるから、魔王は直るまで寝てていいぞ」
「よろしく頼むよ。ベルも無理しないようにな。しっかり休憩とって、食事も出すから遠慮しないで食ってくれ」
「ほいほーい!」
もう一刻も待てないと言ったように適当に返事をすると、彼女は道具と資材の入ったカバンを背負い、その小さな体を穴の中へと消した。
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