第佰玖拾参閑 ドワーフ! ど、Why!?
俺を先頭に、逸花、ラヴと縦一列に並び、洞窟の奥へと下降気味に進む。
しばらくしたところにあったのは、人間一人が通れるほどのこの洞窟をぴったり塞ぐ、門だった。
きっとこの先が、ドワーフの住処なのだろう。
少し緊張してきた。
この交渉次第で城の風呂の運命が決まるのだ。
ただ先に進もうにもこの門、開け方が分からない。
持ち手がないから引けないし、だからと言って押しても、持ち上げようとしても引き下げようとしても、何をしても開かない。
「どうしたのよ魔王?」
「いやねラヴ、ふざけてるわけではないんだけど、どうやっても開かないんだ」
「分かってるわよ。ふざけてたら今頃ぶった切ってるわ」
「そーだよたっくん。ふざけてたら、今頃たっくんはふやけてるよ」
一体俺は何の刑に処されてるんだ!?
いやはや、しかしどうしたものか。
困ったあげくじっと門を見つめていると、気付いた。
門の端の方に、何やら見覚えのあるものがあることに。
見覚えがある、よく知っている、現代人なら誰でも知っている。
でもこの世界では一度も目にしたことのないもの。
手の平くらいの大きさの、縦長の長方形で。
丸いボタンのついた。
機械。
ボタンの上部には音でも出てきそうな網目があって。
さらにその上部には、カメラのレンズのようなものがある。
機械。
「インターホン!?」
そう、それは明らかにインターホンだ。
え? でもどうしてこの異世界にインターホンが?
そんなバカな、もしかして俺が幻覚を見ているだけか?
「なあ逸花、これ何に見える?」
その存在がにわかに信じられなかった俺は、後ろにいる逸花にそう尋ねた。
「んーっとねーこれは、インターホンだね」
やっぱりインターホンらしい。
「懐かしいなー、インターホン。たっくんが家に引きこもったばっかりの頃は、たっくんが出てくるまで一日中鳴らしたもんだよ」
「あぁ、そんなこともあったなぁ」
あれは本当に怖かった……朝から晩まで、五秒おきくらいにピーンポーンとなるのだ。
丁度家族が全員いない日で、誰も止めてくれなかったんだっけ。
ってそんな話はどうでもいいんだ。
これがインターホンだと分かったのなら、早いとこ押して、そして交渉をしなければ。
確かにこの異世界にこんなものがるのは驚きだが、今更インターホンごときに驚いてはいられない。
そもそもシャワーを作る技術があるんだから、これくらい作れるのだろう。
しかしそうなってくると、この中はどうなっているんだろう。
ドワーフの生活はどんなものなんだろう。
現代日本のような風景を、この異世界で見ることが出来るのだろうか。
などと期待と緊張を胸に、ボタンを押す。
「はい」
しばらくして、インターホンのマイクの部分から、低くしわがれた男の声が響く。
「あ、こんにちは。こちらは、ドワーフさんのお宅でよろしかったでしょうか?」
「どちら様で?」
「えーっと……」
魔王と言ってしまっていいのだろうか。
まあでも嘘をついたところで、カメラでこちらを確認されているのだろうし。
それなら正直に言ってしまった方がいいか。
「隣の、魔王です」
「隣のあほう?」
「誰があほうだ! いてっ」
後頭部をラブの剣で殴られる。
まずいまずい、いつものくせでツッコんでしまった。
「……じゃなくて、はは、急に大きな声出してごめんなさい。えっとあほうじゃなくて魔王です」
「ほう、魔王。で、その魔王がどういったご用件で?」
「そのですね、うちの城のお風呂が壊れてしまいましてね。それを直して欲しくて。もちろん相応の対価は支払わせていただくつもりです」
「そうですか。まあ、それならばとりあえずお話を聞きましょう」
「ありがとうございます!」
「どうするのよ!」
「どーする?」
「どうしよう……」
約一時間後。俺達三人は洞窟の前で輪になって、岩に腰かけうなだれていた。
結果から言えば、交渉は失敗に終わった。
いや、失敗と言うか何と言うか。
話し合い自体はスムーズに進んでいたのだ。
俺もツッコミを全て我慢したし、失言もしなかった。
逸花が邪魔してくることもなかったし、ラヴも冷静に後ろからアドバイスをくれていた。
そして最大の危機であるネネネやルージュやクゥが、戻ってきたなんてことももちろんなかった。
スムーズに、風呂が壊れてしまったということを説明し。
スムースに、だから直して欲しいとお願いし。
そして直してもらう約束をとりつけた。
ただ問題は、最後に出された条件だった。
条件、直してもらった場合にこちらが支払う対価。
ラヴは城の倉庫の中身全部かもしれないと例を挙げたが、そんなどころの話ではなかった。
ドワーフが見返りに要求したのは――城そのもの。
何だかとんとん拍子に話が進むなぁと思っていたら、最後にドワーフは低い声でこう言いやがったのだ。
『では直した暁には、城をいただきます』
あの時はツッコムの我慢したけどもういいだろう。
意味ないじゃん! 直してもらう意味ないじゃん!
城の一部を直すために城の全部を失くすとか……本末転倒もいいところだ。
何とか他のものにしてくれないかとお願いしたのだが、どれだけお願いしてもそれ以上は譲ってもらえず。
交渉は決裂。
そして今に至るわけだが。
今思えば、インターホン越しの交渉の時点で、失敗していたのかもしれない。
何でも機密保持とかで、門を開いてすらくれなかった。結構中の景色にも期待してたのに。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




