第佰玖拾弐閑 好転? 後転?
「山や~!」
「おいルージュ、玉屋~みたいに言うな」
「谷や~!」
「だから鍵屋~みたいに言うなって」
両手にラヴと逸花と言う花火を抱えているのだ、縁起が悪い。
爆発したらどうしてくれる。
「おいアスタ、山の上に何か飛んでおるぞ」
言って、ルージュは逸花の肩を踏み台にして、俺の肩に飛び移ってきた。
「本当だな」
山頂付近に、何かが数体飛んでいるのが見える。
「あれは何だ?」
ドラゴンか? と思ったが、目を凝らしてみると、そこまで大きくはなさそうだ。
なら鳥か? とも思ったが、鳥にしては大きすぎる。
あれは、何かこう、鳥みたいな人間みたいな――
そう思っているとラヴが隣で、あれはハーピーねと呟いた。
「私たちがドラゴンを退治したから、住み着いたんじゃないかしら」
「ふうん」
いたんだハーピー、初めて見た。
「だってさルージュ、ハーピーらしいぞ?」
「法被じゃと?」
「ハーピーだ。何ださっきから、祭りでもしたいのか?」
「ハッピー?」
「飛んでるのは、誰かの幸せですか!?」
「ラッキー?」
「バッドラック!」
「ロッキー?」
「エイドリアァァァァン!」
「ターキー?」
「いやだからハーピーだって」
「知っとるわい、七面鳥じゃなくて、人面鳥じゃろう?」
「何だよそれ、もうええわ」
「「どうも、ありがとうございました~」」
伝説のコンビ、交渉前のおふざけライブだった……。
「っ手羽か! ……間違えた、ってバカ! 何をやらせるんだルージュ」
静かにしないといけないのに。
「何じゃ、アスタも散々楽しんでおったじゃろう」
「はい、そのとおりです」
凄く楽しかったです。
「えーっともう一度言っておくけど、皆、交渉の邪魔になるといけないから、おとなしくしておいてくれよ?」
俺も自重しなければ。反省反省。
「そうですのよババア、いつも邪魔ばかりして、気をつけなさいな」
またお前は、ルージュに要らない喧嘩を売って……。
「ふん、種族名が邪魔の奴に言われたくはないのう」
「何ですって!? ネネネは夢魔ですの!」
妖精なのでは?
「まったくさっきのことと言い、もう許しませんの!」
「ほう、ならば久しぶりにやるかの?」
「やってやりますの!」
おいおいこいつら、人の話を聞いていたのか?
今さっきおとなしくしてくれと、お願いしたところのはずなんだけど。
止めに入るがしかし彼女たちは止まらない。
「よかろう。ならば今日は、競争をするとしよう。あそこに飛んでおるハーピーを先に捕まえた方が勝ちじゃ」
喧嘩をしている割には、勝負が可愛らしいと言うか何と言うか。
相変わらず仲が良い。
ただハーピーを捕まえるのはやめて差し上げろよ……迷惑だろ。
「それでいいのぉ?」
言うが早いか、ルージュは俺の肩から飛び降りて、岩山に向かって走っていってしまう。
「あ、ちょっと待ちなさいな! フライングですのよ!」
「はっ悔しかったら飛行でもして追いついてみよ!」
「キィィィィ!」
ルージュに次いで、ネネネも走って行く。
「おいこら待つんだお前ら!」
ん? でも待てよ?
あいつらがどこかに遊びに行ってくれれば、交渉の場に連れて行かなくてすむわけで。
そうなれば交渉中に暴れ出す危険性はなくなるわけで。
むしろこれは願ってもない状況なのでは?
「アシュタアシュタ、ボクも行きたいのだ」
「仕方ないなぁクゥちゃん、今日だけ特別だぞ? 行ってきなさい」
「やったのだ!」
「その代わり迷子にはなるなよ」
お前は子猫ではなくて犬の方なのだから。
「ワンなのだー!」
こうしてネネネ、ルージュ、クゥがいなくなり。
危機から一転、俺にとっては幸いで最高の展開になった。
がしかし、この世界でうまくいっているときというのは、どうにも安心できない。
「これね」
三人がいなくなって数分ほど歩いたところでラヴが指さしたのは、岩山の麓にぽっかりと開いた、人間一人が通れるほどの洞窟だった。
「この中にドワーフがいるわ」
さて、ここからがいよいよ正念場だ。




