第佰捌拾玖閑 なお、直せない模様
「で? ラヴちゃんはそんな名前を付けられる事態になる前に、お風呂をどうにかしたいと?」
斬られたからというわけではないが、ポンと手を打って話を仕切りなおす。
「そうよ。早急に復旧する必要があるわ」
「でも復旧するにしたって、どうすれば直せるんだ?」
言うまでもなく俺に風呂を直すような技術はない。
それはラヴ達だって同じだろう。
ならば今回のようなトラブルに詳しい業者か何かに頼むしかないわけだけど。
「下の町で、水周りの専門職みたいな人探して連れて来て直してもらうか?」
まあそう心配せずとも、造った人がいるのだから、その人かそれと同じ職種の人を当たれば直してもらえるだろう。
「それは無理……」
しかし俺のそんな軽い気持ちとは裏腹に、エメラダは重たげに首を横に振った。
どう言うことだと彼女に視線を投げかけると、彼女はコクリと頷いて『ドワーフ』と呟いた。
「ドワーフ?」
「そう……あれは、ドワーフの技術」
ドワーフの技術は、人間やその他種族では決して追いつけない技術よ、とラヴが説明してくれる。
「へぇ、そうなんだ。じゃあドワーフに頼んで直してもらおう」
「アンタね、そんなに簡単に直してもらえるなら、私がこんなに焦ってると思う?」
「どういうことだよ」
「すぐに直してもらえるかは分からない、そもそも直してもらえるかすら怪しい。だから私は焦ってるの」
直してもらえるかすら怪しい?
「彼らドワーフはね、その技術をあまり外に出したがらないのよ」
「そうなのか?」
「そうよ。もし運よく交渉に成功したとしても、その結果に至るまでにどれだけの期間がかかるか……その間に絶対臭ってきてしまうわ。城もいずれ黄色と呼ばれ始めるのよ……」
白に黄色、ちょっと嫌なものを想像してしまうな……。
「キャッスルじゃなくて、クッサーよ……」
castle、まあ確かに、これでもかと言うくらいに発音をよくすればcastleに聞こえないこともないが……。
「でも、どうして技術を外に出したがらないんだ? 凄い技術なんだろ?」
そしてドワーフにしか使えないのなら、どんどん外に出していけば地位も名誉も、お金だって欲しいままだろうに。
「凄いなんてものじゃないわ、彼らが積極的に人間に技術を提供してくれれば、世界の生活レベルは数百年単位で上がるとさえ言われてる」
「そんなに」
なるほど、どおりでこの城の技術レベルに対して見合わないほど、あの風呂だけシャワーだったり普通にお湯が出てきたりと、レベルが高いわけだ。
でもそれなら尚更、外に出すべきなんじゃ?
「昔はそうでもなかったらしいのよ、ちゃんと対価を払えばドワーフは技術を提供してくれた」
まあそうだろう、だからこそこの城のお風呂があるのだから。
「でもどうして今は?」
「種の存続のためよ」
種の存続?
「彼らは途中で気がついたの」
――もしこの技術が完全に世界に浸透してしまったとしたら。
――もしこの技術が人間やその他種族にマネされてしまったとしたら。
「自分たちの存在意義はどうなってしまうのか、世界から淘汰されてしまうのではないか。ドワーフはもともと強い種族ではないの。魔物にしては短命で、数も少なく。力はあれど、体躯はひどく小さい。そんなわけで、恐怖した彼らは世界を閉じてしまったのよ」
へえ……さすが勇者、物知りだなぁ。
っていや、そんなところに感心している場合じゃないのか。
「じゃあどうやって風呂を直せばいいんだよ」
俺も少し焦りを感じ始めていた。
風呂がないというのは、日本人的にはちょっと嫌だ。
最終ドラム缶風呂とかだろうけど、散々どデカイ風呂で快適に暮らしてきて今更そんなこと……。
「だいじょーぶだよーたっくんー」
退屈そうに、間延びした声でそう言う逸花。
彼女は風呂なんてどうでもいいと言った風に、俺の手を握ったり離したり、ニパニパして遊んでいた。
「逸花、何か案があるのか?」
「うん? 案? そんなのないよー」
何だよそれ……じゃあ何の根拠があって大丈夫だなんて言ってるんだ。
「でもー、技術を“あまり”外に出したがらないんだよね?」
逸花の問いかけに、ええと頷くラヴ。
「つまり、“あまり”であって“絶対”ではないんでしょー? 交渉にオーケーをもらえるまでどれくらいかかるか分からないけど、オーケーをもらえる確率は、ないわけではないんでしょー?」
ラヴは再び首肯する。
「確かに、今でも正当な対価を払う約束をすれば技術を提供してくれないわけでは、交渉が成立する可能性が無いわけではないわ」
「じゃーだいじょーぶじゃない?」
「でも、その正当な対価は、相当な対価よ」
栄華を極める王都の王族でも、手が出せないレベルと聞くわ。
そう言って、ラヴは渋い顔をした。
「対価っていうのは、金か?」
「まあお金のときもあれば物だったり、色々ね。とにかく彼らドワーフがよしとするものなら何でもなんだけど」
「どれくらいの物を渡せば納得してくれるんだ? 俺が持ってるもので何かOKが出そうなものは?」
「……そ、そうね。まあ例えばだけど……城の倉庫の中身全部、とか?」
「そ、そんなに!?」
あの四次元倉庫の中身を全部!?
あの金銀財宝その他世界の何もかもが詰まっていそうな倉庫の中身を、全部!?
「た、たとえばの話よ?」
「でももしそうなったら、もしそうだったら、かなり困るな」
生活が、出来なくなるかもしれない。
いくらエメラダの畑があって、下の町から税をいただいていて、食べ物には困らなくなったとは言え、それ以外の生活必需品、消耗品などにはどうしてもお金がかかるのだ。
今まで困らずに生活してこられたのは、倉庫の中にある金銀財宝のおかげだ。
それがなくなったら……。
「ドワーフ以外には、直せないんだよな?」
「そうね、それは絶対よ」
ふむ……。
……。
「よし、風呂は諦めよう」
「そんなのダメよ!」
「でもどうするんだよ、どうしようもないだろ? 諦めろって」
言っても一生風呂に入れないわけではないのだから。
水は出る。
手間はかかるけど、その水を温めて使えばしっかり体は洗えるし。
何か、それこそドラム缶にでも溜めればお湯につかることだって出来る。
「倉庫の中身全部持っていかれたら終わりだぞ? 風呂どころか、城がなくなるぞ?」
今までの快適なお風呂は諦めることになるけど、仕方がない。
背に腹は代えられないのだ。
よーし、じゃあ明日は朝からせっせとドラム缶風呂でもこしらえるか。
「だからそれはたとえ話だって言ってるでしょ!? もっと少ないかもしれない。倉庫の中で物凄く気に入った一品があって、それで許してくれるかもしれない。だからとりあえず交渉に行きまし――」
「ラヴ、諦めろ。人間諦めが肝心だ」
「ダメよ、何事も諦めてはダメ! わ、私だってまだ諦めてないんだから!」
「何を?」
「む、胸の成長……とか」
「それは諦めろ」
「黙れ」
「はい」
コワイコワイ……。
「とりあえず交渉に行きましょうよ、ね? 一生のお願いよ」
「えー、じゃあ俺の一生のお願いも聞いてくれる?」
「何よ」
「胸を――」
「却下よ」
「じゃあ俺もお前のお願い聞いてやらないもんね! 却下却下! バーカバーカ!」
「子どもか!」
「子ども!? と、とうとうバレてしまったか……そうだったんだ、実は俺、ラヴの子どもだったんだ」
「えっそうだったの!?」
「そう。さあラヴ、母親なら子どもに吸わせるべきものがあるだろう、俺にそれを吸わせろ」
「え、ええ。ちょっと恥ずかしいけど、我慢よね。母親だもの」
「ああ。さあ」
「はいどうぞ、ってバカ! 私に子どもはいないし、いたとしてもアンタみたいな子どもに吸わせる胸はないわよ! アンタは胸じゃなくて剣の峰でも吸ってなさい!」
「あ、あがっあが、やめてラヴ! 謝るから! いやっ、口が切れる! お前の剣に峰はないから!」
『安心せい、峰打ちじゃ』が出来るのは、片刃の剣だけだ。
「たっくん何だか楽しそーだね、許せない。そんなたっくんには、胸でも峰でもなく、死ねを吸わせてあげるよ」
「よく分からないけど二人とも、とにかくやめてくれぇぇぇぇ!」
今日も読んでくださり、ありがとうございました。




