第佰捌拾捌閑 臭うと臭者とむわっと臭尻鬼とオェルフと臭人と臭馴染の贈る……。
「で? 結局冷やって何だったんだ?」
服を着て食事の間に戻って来たラヴは、恥ずかしさのあまりか俺の目の前でテーブルに顔を突っ伏していた。
「冷やは冷やよ、冷や水よ」
「冷や水?」
「そう。お風呂の水がね、全部冷たいの。お湯が出てこないのよ」
「え……それってどこか壊れたってことか?」
多分、とテーブルを額で擦りながら頷く彼女。
「シャワーひねったら冷たくて、ビックリして湯船に飛び込んだらそれも冷たくて……」
湯船までもがか、せっかく溜めたのに。
まあ畑の水やりにでも使いまわせるし、無駄にはならないからいいけど。
「それであんな悲鳴をあげてたと?」
「そう」
「そして裸でやってきたと?」
「そ、そう」
「それでもって剣であんなことをしたと?」
「…………しょう」
もはや呂律が回っていない。
ちょっとせめ過ぎたか。
「ま、まぁまぁラヴ、そんなに気にするなって、なかなか面白かったぞ?」
少なくとも、駄洒落よりは。
「面白いとか言わないで!」
バッと顔を上げる彼女。
「でもそうよ、気にするべきはそこじゃない。本当に気にするべきは、お風呂のお湯が出ないということよ!」
「まあ落ち着けって」
「落ち着いてなんかいられないわ、だってお風呂よ!? これからどんどん暑くなって汗をかくのに、体が洗えないじゃない!」
「いや、でもそんなに焦らなくても、水は出るんだろ? まったく何も出ないならまだしも、水が出るならいいじゃないか。暑くもなるんだし」
冬ならかなり問題だけど、春後半と夏はむしろ丁度いいんじゃないだろうか。
「暑いからってアンタは冷たい水ばかりを浴びたいの?」
「まあ確かにそれは嫌だけど」
「でしょう? 気温が高いからと言って、冷たい水を浴びるのはそれなりに苦よ。それでしっかり体を洗えなくて、臭ってきたらどうするの? 私『勇者じゃなくて臭者だ』とか言われるのは嫌よ!」
「そんなことは誰も――」
「アンタは“魔王”じゃなくて“臭う”って言われるのよ? “夢魔”だって“むわっ”って言われるに違いないわ。“吸血鬼”なんて“臭尻鬼”よ」
それはひどいなぁ……。
「“エルフ”は“オェルフ”、“獣人”は“臭人”」
はぁ……それじゃあクゥの名前もシュゥに変えなくては、種族もケルベロスじゃなくてケルベロシュウだ。
「笑ってるけどユサイツカ、あなただって“幼馴染”じゃなくて“臭馴染”って言われるのよ!? ユサイツカじゃなくて、クサイツカよ!? もしくはニオイツカよ!?」
どう魔王、こんなこと言われるのは嫌でしょう? と力説をするラヴ。
「あー確かに嫌だけどラヴ、その前に一ついい?」
「何よ」
「そんなこと言われるとしたらそれはお前のせいだからね!?」
もし世間にそんなあだ名をつけられるなんてことがあったら、それは全てラヴのせいだろう。
「私もひとついーかな? 金ちゃん」
何やら不満げな声音の逸花。
「何かしらイツカ」
「どーして私だけ名前まで出したのかな?」
どうやら逸花は、クサイツカと、ニオイツカと言われたのが気に食わなかったらしい。
「クサイツカって、臭い柄ってことでしょ? ニオイツカって臭い柄ってことでしょ? つまりそれって、臭いと、臭うと言われてるのは私じゃなくて、金ちゃんの剣の柄ってことなんじゃないのかなー?」
「臭くない! 臭ってない! 私の剣はいつも清潔よ!」
「ふーん。あ、そーだ」
黒い目で微笑む逸花、反撃はまだ終わらないらしい。
「ねえ、金ちゃんの本名って何だったっけ? デヴ?」
「ラヴよ! 私のどこが太ってるって言うの!? どこにも肉の付いていない、引き締まった体を維持してるわよ!」
「本当だねー、ムネ肉もないや」
「くっ……」
確かにラヴの体は引き締まっているが、胸は引き篭もっているのである。
まな板の鯉ならぬ、まな板のパイである。
「魔王、アンタ今何考えてた?」
「え? だから乳房が絶望って……おっと」
「殺っ」
斬られた。
今日も読んでくださり、ありがとうございました。




