第佰捌拾漆閑 ありのままで
「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ!」
そんなラヴの悲鳴が食事の間にいる俺の耳に届いたのは、五月。
月が空に五つ浮かぶ五月に入ったばかりの、夜のことだった。
ドドドドと徐々にこの部屋に迫って来る大きな足音に、どうしたのかと一緒に喋っていたエメラダと逸花と入り口の方に顔をやった。
程なくして足音が止んだと思ったら、今度は扉が大きな音を立て叩き開けられる。
入ってきたのは悲鳴をあげた当人、ラヴ。
「ぅわ!? ど、どうしたんだよラヴそんなビショビショで」
「……はぁはぁ……ひや、冷や……」
息せく彼女は髪もくくっておらす、服も着ておらず、全身から水を滴らせ、まさに生まれたままの姿だった。
「これぞ美女がビジョビジョってか?」
「ぶふっ、こ、こんな時に面白いことを言わないで!」
ウケた!?
「たっくん、私も言って欲しくなかったなー、私以外の人を見て美女だなんて。せめてブスがズブ濡れって言って」
「ブスとか言うな」
ラヴはどれだけ控えめに見ても美人だ。
「じゃー湿った醜女?」
「醜女って、意味変ってないからな?」
と言うか湿ったって……。
「じゃー何て言えばいいのかな?」
「んー……せめて、可愛いけど乾いてない、とか?」
自分で言っておきながら、何だそれは。
「ちょっと待ちなさいよ、私だって駄洒落言ったんだから!」
「いやラヴ、別にそんなところで張り合ってこなくていいから」
「いいから聞きなさい」
「分かったよ。で? どこで、どんな駄洒落を言ったの?」
「ほ、ほら、さっき『ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ』って悲鳴と『冷や』を掛けて」
「冷やって何だよ。と言うかじゃあお前はそんな駄洒落を言うために、わざわざここ来たわけだ」
全裸で。
体張るなぁ……女芸人でもそんな格好で人前には出ないよ、放送事故だよ。
「違う! 私が言いたかったのは駄洒落なんかじゃなくて冷やよ!」
だから冷やって何だよ。
「まあ一旦落ち着けラヴ。頭を冷やすんだ」
「頭なら冷やしてきたわよ!」
「ん? よく分からないけど、まず自分の姿をよく見てみろよ」
「え……?」
俺にそう言われて下を向き、自分の体を確かめる彼女。
「あ……」
そうしてようやく裸であることを思い出したのか、青ざめていく顔。
「~~~~っ!」
しかし次の瞬間には真っ赤に。
「み、見たわね!?」
「は、はは、ははは、はははは」
笑うしかなかった。
見たも何も……ねえ?
「こ、ここここ、こうなったら!」
突然動き出した彼女は、テーブルの上に寝かせてあった己の剣を手に取り、抜く。
「これで!」
「ひぃっ!? ど、どうするつもりですか!?」
「こうするのよ!」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁ!」
斬られる。
そう思って目を閉じたのだがしかし、いつまでたっても痛みはやってこない。
どうしたことかとゆっくり目を開いてみれば、目に飛び込んできたのは――
刀身と鞘で、上半身の大切なところと下半身の大切なところを隠した、ラヴの姿だった。
「こ、これなら見えないでしょ……」
「中途半端に見えない分むしろエロくなってるよ!」
「うるさい! そんなことよりだから冷やよ!」
「いや、何回も言うけど冷やって何!? ヒヤッとしたのはこっちだよ!」
まったく紛らわしい、斬られると思って身構えて損をした。
まさかこんな馬鹿なことをするとは、本当に今日は体張ってるなぁ……。
「勇者……服を着てくるといい……」
そんなラヴを見て、いつもならほぼ無視のエメラダが珍しく立ち上がり、ラヴの肩をポンと叩いた。
「や、やっぱりそうですよね……」
力なく、その場にしゃがみ込むラヴ。
強がっていてもやっぱり恥ずかしいのを相当我慢していたのだろう、エメラダの優しさはむしろ彼女に大ダメージを与えたらしい。
「こんなことして、私……恥ずかしい……」
「……」
いや、もしかしたらこれはエメラダの必殺『傷口に塩を揉み込む攻撃』かもしれない。
顔がどことなく、嬉しそうだ。
「もうお嫁に行けない」
「大丈夫だラヴ、その場合は俺が――」
「たっくん?」
「はい……」
今日も読んでいただき、本当にありがとうございました。




