第佰捌拾壱閑 死合わせなDEATHTUNY
「……はぁ~」
毎日お湯をたっぷり張って、水道代に換算するとどれほどの料金になるんだろうか。
一般家庭の一か月分以上の量を、料金を、一日で使い果たしているんではないだろうか。
そう、心配になるほど大きな湯船に一人浸かり、ため息をついた。
しかしこのお湯も、ネネネとルージュとクゥが入った後には、半分程に減っているのだから……。
まったく、あいつら風呂で暴れ過ぎだ。湯がもったいない。
「たっくん。そんなに気になるなら、お湯じゃなくて薬に漬かればいーんじゃない?」
既に一人ではなくなったらしいが、まあいい。
いやはやそれにしても、今日の晩ご飯は散々だった。
ラヴと逸花の料理バトル。
『第一回魔王城料理バトル開催じゃ!』
『料理がいっぱい出てくるのだ!』
とルージュとクゥは喜んでいたけど。
俺からすれば、ラヴに『さあ魔王、どっちの料理の方が美味しいか、アンタが決めるのよ。もちろん食べるまでもなく決まっているわよね? だったら早く決めなさいよ』と責められ。
逸花には『もちろんたっくんは、食べるまでもなく私の料理を選ぶに決まってるよねー。ねー? たっくん』と迫られ。
「……」
思い出しただけでも、お腹が痛くなってきた。
「で、たっくん。結局どっちの方が美味しかったのー?」
そんな判決、下せるか。
どちらを選んでも、嫌な予感しかしない。
『美味しい?』って聞かれているのに、『おい死ぬ?』にしか聞こえない。
もちろん考えなかったわけではない、始めはどちらかをちゃんと選ぼうと悩んだ。
ラヴは料理の腕は一級品、見た目も味も文句なし。更に毎日口にしてる味だから、親しみもある。
逸花はラヴに比べると少し腕は落ちるが、さすが幼馴染、俺の好きな食べ物、味付けを熟知している、更に久しぶりに口にした味だったから、懐かしくあった。
『う~ん……』
甲乙付け難し。
甲乙付ければ、俺が傷付けられる。
うむうむと迷った結果、決めきれず、そこはかとなく判決をクゥに委ねてみた。
『な、なあクゥちゃん。クゥちゃんは、どっちが良さ気かな?』
『ん? どっちも餌気なのだ』
『餌気……?』
よく分からないが、どちらも餌だと言われたようなものだという解釈にその場ではなり。
結局判決は、ドローとなった。
半ケツで、ボロン。
「それは有罪だねー」
「ああ」
半ケツでボロンなど、もうただの下半身露出である。
「でー、結局どっちなのてば」
「そ、それはまた次回のバトルに持ち越しってことでいいんじゃないのかな? 逸花ちゃん」
「だね。じゃー明日の朝食で」
「起きたくないなあ……」
どうやら判決を下すまで、試練は終わらないらしい。
「じゃあ寝たきりにしてあげよーか?」
「ごめんなさい、起きたいです」
「えー私が全部介護してあげるよ? あ、子孫のことが心配? それなら大丈夫。たっくんが寝たきりでも、下は頑張って起こしてあげるから」
そんな心配はしていない。
と言うかだから、そんな温かで柔らかな笑顔で、そんなことを言うな。
「それにしても逸花。お前本当に、何でこの世界にいるんだろうな」
結局、どうやってこの世界に来たのかは、分かっていない。
「んーどーしてだろーね? 確か病室でたっくんにたっくさんリンゴを剥いてあげていてー……」
意識のない人間のために大量のりんごを剥いてあげるというのも、なかなか怖い話だ。
「あっそうだ」
「何だ? 何か思い出したのか!?」
「うん。その剥いたリンゴの皮で、魔方陣? を、床に描いてたんだよ」
そう言えばこいつ、そんなことをしていたっけ。
俺が異世界に行こうとした名残、俺の描いた絵を真似て。
まあ名残と言っても、ただ何だかカッコいいという中二病的理由により落書きをしていただけで、実際に、実行に移したわけではない手段だったけど。
「そしたらある日それが突然光り出してー、眩しくて目を閉じて、次に開いたときには知らない場所にいたの」
あの魔方陣が、発動したのか……?
そんなまさかな。そんなバカな。
特に何か参考にするでもなく、適当に描いただけのものだぞ。
まだ、あの魔方陣が原因と決まったわけではないけど、恐ろしいのは俺か、それとも逸花か。
「と言うわけでー、たっくんに会いに来たんだよ」
「話が飛躍してるなぁ」
「私もこの状況の全てを把握してるわけじゃないからねー」
まあ突然こんな世界にやって来て、少しでも把握してるだけ凄いか。
「と言うか俺に会いに来たって言うけど、よく出会えたな」
こんな右も左も分からないような、広い異世界で。
「それはー愛の力だよ。それと絆の力」
「愛……? 絆……?」
「そー。私がたっくんを思うこの愛が、そして私とたっくんを繋ぐこの絆が、たっくんと私を再び巡り会わせたんだよ」
そう言えば昔逸花に、『これがたっくんと私を繋ぐ絆』とか言われて、綱引き用の綱で、俺と逸花の体を繋がれていたことがあったなぁ……懐かしい。
せめて運命の赤い糸とか言って、お互いの小指を糸で結ぶくらいなら、可愛いのに。
「愛に絆ねぇ」
「そう。愛に、絆。“巡り会い”にも愛は入ってるでしょ?」
「入ってるけど」
「そして絆は“来不無”」
「どういう意味だ……?」
「来ないことは無い、つまり来るって意味だよ。絆があれば、どんなときでもー、どんなとこでもー、私はたっくんの前に来るってこと」
何だ、つまり俺はどこにいようと逸花からは逃げられない運命にあるということか。
それは運命、“DESTINY”と言うより、“DEATHTINY”だ。
「とにかく、絆と愛が私とたっくんを巡り会わせたんだよ。多分この世界に来たのも、その力が理由と言うか、その力のおかげなんじゃないかな?」
確かに愛や絆の力は絶大だけど、それでも……。
「ほらー、愛や絆は国境を越えるって言うでしょ?」
「お前のは世界超えちゃってるよ!」
人類が越えちゃいけない一線だよ!
「それにお前、よくこの姿の俺が桜満明日太だって分かったな」
姿形が全く違うのに。
「それもまた、愛と絆の力か?」
「それは違うよ。アイはアイはでも“I”の力。私の力。私の前では、姿形なんて何の意味もなさないんだよー」
恐ろし過ぎる逸花ちゃん。
まあそうか。
ああそうだ。
こいつは、いずれこんな体捨てて一緒に天国で暮らそうという考えの持ち主だった……。
「う~ん……」
「まーまーたっくん、そんなに一気に色々考えなくてもいーんじゃない?」
「そうは言っても」
こいつは落ち着いてるなあ。
「じゃあそれは一旦置いておくとして、お前これからどうするんだよ」
「もちろんここでたっくん一緒に暮らすよ、いーでしょ?」
「それは構わないけど」
「一緒に暮らしてー、そして一緒に帰れる道を模索する」
「だからさ逸花、俺は帰らないって言ってるだろ?」
「落ち着いてよたっくん、今すぐ連れて帰ろうって言ってるわけじゃないでしょ? 何度も言うよーに、私は、合法的に金ちゃんたちを倒して、たっくんをメロメロにして、合意の上で連れて帰るつもりだよ? そもそもまだ帰り方が分からないし」
合意、ねえ。
強引、にならなければいいけど。
「とりあえず今は、こうやってたっくんと出会えて、たっくんと一緒にいられるだけで、それだけで十分だから。幸せだから」
俺からすれば、幸せと言うより、死合わせだ。
死と隣り合わせだ。
幸せが“HAPPINESS”なら、死合わせは“HAPPIDEATH”である。
「本当に、出会えてよかった。もう絶対に離さない。たっくんを失って、私、本当に怖かったんだから。悲しかったんだから」
俺を失った……か。
「それは、本当に悪かった」
「許しませーん。たっくんは、有罪。抱き付きの刑に処します」
言って、逸花は俺の腕に抱き付いた。
くくり付けの刑でも、釘で打ちつけの刑でも、薬漬けの刑でもなかったのは幸いだがしかし――
「ちょ、い、逸花っ、ムネが! ムニュが!」
柔らか過ぎる感覚が、俺の腕を支配する。
「大丈夫だよー減るもんじゃないし」
減る心配はしていない! 増える心配をしてるんだ!
「たっくんの性欲が? それにしてもたっくん、その反応は今更じゃないかなー? 普通は胸を当てられるまでもなく、女の私が男湯に入ってきた時点で慌てるものなんじゃないのかな?」
「そ、その発想はなかったなぁ……」
何意味の分からないことを口走っているんだ俺は。
「ねーどうして? たっくん。もう一度言おうか? 普通は、女が男湯に入ってる時点で、慌てるよね?」
言えない。
普段普通にネネネやルージュやクゥと一緒に入ってるから、あまり気にならなくなっていたなんて、絶対に言えない。
「へーそっかー、そーなんだー」
「ひっ!?」
左腕に抱きつく逸花の顔は、“女”と言うより“怨な”と書いた方が正しいんじゃないかと言うくらい、恐ろしいものとなっていた。
「たっくん、久しぶりに背中流してあげようか?」
「い、いいよ……遠慮しておくよ」
「じゃあ、背中から流してあげようか?」
「背中から? な、何をかな?」
「血」
「ち、ちいよ! 間違えた! いいよ! 遠慮しておくよ」
と、そこで、事態を更にややこしくしてくれちゃいそうな奴らが、風呂へとやって来た。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




