第佰漆拾捌閑 沈黙の鎮静、略して……○○○○。
「ルージュ、お前に何とかできるのか?」
「亀の甲より年の功と言うじゃろう?」
「ああ」
「そして年の功より鬼の子とも言うじゃろう?」
「それは初耳だな。どういう意味なんだ?」
亀の甲より年の功が、年長者の経験は尊重すべきもの、ならば。
年の功より鬼の子はあれか、(幼稚園)年長さんの経験は尊重すべきもの、とかか?
「意味などどうでもよい!」
「えぇっ……!?」
「とにかく! 見たところここからはバトル展開なのじゃろう? ならここは、バトル要員のワシに任せておけ!」
「ちょっと待てルージュ」
どこをどう見ればこの状況がバトル展開に見えるんだ。
話し合いをしようと今言ったところだろう。
それにお前バトル要員なの!?
しかし彼女は止まらない。
「まずはあなたが相手をしてくれるのー?」
と、逸花。
「そうじゃ。ただの話し合いならだんまりを決め込むつもりでおったが、バトルとなれば話は別。弾幕を決め込む」
ルージュの小さな体から、炎のような赤い魔力のオーラが吹き上がる。
次の瞬間には、彼女の周りには飴玉大の無数の紅い玉が。
「待てってルージュ」
俺は慌てて目の前の幼女を抱き上げる。
するとオーラは消え、紅い玉も消える。
「こら、やめるのじゃバカ! 間違えた、パパ!」
「パパじゃないよ!?」
そのボケには、悪意がある! 悪意しかない!
「たっくん……」
「逸花も待てって。いくらお前でも、こいつには勝てないぞ!? 勝てないどころか、ただじゃ済まないぞ!?」
いくら逸花が、現代社会においては至極無意味で無駄で、意味不明な戦闘能力を有していたとしても。
こいつには、こいつらには勝てない。
そして勝てないだけじゃなく、その体で、普通の人間の体で魔法による攻撃を受ければ、ただでは済まない。
「たっくんが私の心配をしてくれるなんて、嬉しい……でも、だいじょーぶ」
「――っ!?」
俺の目がおかしくなければ、逸花は、魔力のオーラを纏っていた。
髪の色によく似た、橙色の。
「いつかさん……?」
それは魔力ですか……?
どうしてそんなものを……?
俺でもまだ使いこなせていないのに……?
「ほれ見ろアスタ、じゃからバトル展開じゃと言うたじゃろうに」
「いや、バトル展開と言うか……」
ハードル高い展開だ。ハードな展開だ。
超展開過ぎて、もう俺にはついていけない。
これが修羅場か……砂場だったら、どれだけよかったことだろう。
もうホント、山でも作って現実逃避したい気分だ。
「ちょっとアンタ達何してるのよ。そっち終わったら戻ってきて、料理運ぶの手伝ってって言ったじゃない」
呆然とする俺に助け舟を出すように、そこで、ラヴの声が聞こえる。
両手に料理を持って、彼女はこちらに向かってくる。
「……」
後ろには同じく両手に料理を持ったエメラダの姿もあった。
「ねえ聞いてるの!? って、これはどういう状況?」
ラヴは混乱したようにキョロキョロと、俺と逸花を交互に見る。
「いやぁ、俺にもよく分からなくて……」
「はあ? どういうことよそれ」
しかしそこはさすがラヴ、よく分からない状況にありながら冷静に料理を地面に置き、腰の剣の柄に手を掛ける。
心強い。
「ラヴ――」
「分かってる、無闇に抜きはしないわ」
普段から散々無闇やたらに人を切りつけるくせに、どの口がそんなことを言うのかは知らないが、とりあえず心強い。
が、しかし。
この状況では……。
「ねーたっくん、その新しく現れた雌は、何?」
火に油を注ぐようなもの。
「そのことも含めて全部説明するから、だから、包丁を降ろして」
「分かった、包丁で卸してあげる」
「そうじゃなくて! 話し合いをしよう!」
「果し合いならしてあげる」
「困ったなあ……」
弱ったなあ……。
「アスタロウ……コマッタロウ?」
「ん? ああエメラダ。コマッタロウだし、ヨワッタロウだよ」
話が通じないのでは、どうすればいいのやら。
解決の糸口が、見つからない。
「……そう」
それはよくない。
そう言って、エメラダは料理を持ったまま、包丁を構える逸花の下へと歩き出す。
「あ、エメラダ危ないから……」
いや、危ないのか?
危ないのは危ないけど、それはエメラダではなく、逸花がか?
そんなことを考えている間に、エメラダは、逸花の目の前に辿り着いていた。
どうなる。
血で血を洗う戦いが始まるのか。
「……」
辺りに緊張が走る。
「カンチョウがどうしたんですのまおーさま?」
「見て魔王、今日のメインのガチョウ肉。うまく焼けたと思わない?」
「せっかくチョー必殺技を考えたと言うのに。今回は出番なしかのぉ」
「見て見てアシュタ、チョウチョさん捕まえたのだ」
いや、緊張してるのは俺だけか……。
こんな頭の中にまで春がやって来てしまっている奴らは放っておいて、逸花側に目を移す。
「……あなたもする?」
エメラダは逸花に向かって血、ではなく、持っていた皿を突き出していた。
「するって何をかなー?」
「お花見……」
ずいずいと、料理を逸花に押し付けるエメラダ。
「そ、そうだ逸花、今から皆で花見をする予定なんだ。逸花も一緒にしようよ、花見。それで、話もしよう」
「どうしてそんなこと――」
「する……?」
「うっ……」
「……」
エメラダが、逸花を見上げて無言の重圧を掛けている。
そして逸花が、その重圧に圧されている。あの逸花が。
明らかに、顔が強張ってる。怖がってる。
見下ろしている側にもかかわらず。
恐るべし、我らがエメラダ。
バトル要員とは、間違いなく彼女のことである。
さて、後もう一押しだ。
「逸花。いくらお前でも、こいつらに危害を加えたら許さないからな? だからとりあえず、話をしよう」
「…………わ、分かった分かったよ、お花見するよ、お話もする。そもそも冗談だよー。私は、たっくん以外の人に危害を加えるつもりはないもん。ちょっとたっくんを困らせたかっただけ。皆さん突然ごめんなさい」
構えていた包丁を下げ、ペコリと頭を下げる逸花。
一件落着か。いや、ここからが大変なのか。
と言うか。
「あのですね逸花さん、出来れば俺にも危害を加えるのはやめて欲しいんですけど」
「ん? 正確にはたっくんにも危害は加えないよ? 私がたっくんに加えるのは危害じゃなくて気概」
「……」
いやいや、まあ俺に対して熱意を持って接してくれているのは嬉しいんだけど、お前のそれは行き過ぎだ。
行き過ぎた、気概だ。
「まあまおーさまったら」
「何だネネネ」
「危害を加えられてイキ過ぎただなんて。さっきのことと言い、やっぱりまおーさまにはそっちの気が?」
「ないよ」
「MAOUさまのMはマゾのMじゃ? まおーさまじゃなくて、マゾーさまなんじゃ?」
「ないよ」
「ならネネネがまおーさまに危害を加える必要は?」
「ないよ」
「ですわよね、まおーさまは加えられるよりも咥えられる方がお好きで――」
「ないよ!」
まったく。
まあこれで事態はとりあえず穏便に、本当にとりあえず穏便に前に進んだ。
いやはやそれにしても。
春は花が咲く季節だからと言って、まさかこんなとんでもない花が咲いてしまうとは。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




