第佰漆拾肆閑 エスメラルダ・エバー・グリーンの場合 戊
「色々とありがとうございました」
翌朝。
もうこうなったら朝ごはんも食べて帰りなさい、と言うお父さんの言葉にまたまた甘え。
朝食、エメラダがいつも作ってくれるのと同じ薬草パンをいただいたのち、帰城の途につく俺達三人。
昼ごはんも食べて帰るかと誘われたが、さすがにそれは遠慮した。
昼ごはんをいただいたら今度は晩ごはんも、と言うことになりかねない。
そうなればいつ帰ればいいのやら。あまり帰りが遅くなると、ラヴ達が心配する。
それにしても、俺はお父さんに気に入られてしまったようだ。
それはお父さんにだけではなく、このエルフの村の人たちにも。
昨日の俺とお父さんの会話が、ほとんど筒抜けだったらしく。
まあ木材や石材で造られた家ではなく、動物の皮や布で作られたテントなのだから当たり前なのだけど。
たとえ木材や石材で造られていたとしても、あれだけ叫べば結果は同じだっただろうけど。
とにかくそのおかげで、朝から会う村人会う村人皆にからかわれた。
『あったかい飲み物はあったかい、は寒かったけど、お前さんの心は温かかったな。見直したぞ』
とか。
これは近所のおじさん。
『アイスティーを愛す前に、村長の娘さんを愛してやりなさいよ』
とか。
これは近所のおばさん。
『ドカンがドカーン!』
とか。
これは近所の子ども。
まあ嫌われて文句を言われるのではなく、気に入られて冗句を言われるのなら、悪い気はしない。
エメラダには何も言われてないけど、この調子だとあいつにも絶対に聞こえてるよな……。
クゥの安眠妨害で、眠りも浅かったことだろうし。
「クゥもほら、お礼」
「ワンなのだ。色々と、ありがとうござりましたのだ」
「ござるなござるな。お前は忍者か」
「ニン! ニン!」
ワンでもなくサンでもなく、今度はニンなの!?
そうなってくると、名前は通常のクゥでツゥではなく、隠密のクゥでツゥにするべきだな。
「ああ」
クゥがぺこりと頭を下げるのを見て、頷くお父さん。
やっぱりエメラダを前にしたお父さんは、どこかぎこちなかったけど。
でも、昨日初めて出会ったときのような、背筋が凍るような、強張るような威圧感はもうなかった。
「また何かあったら来るといい」
「ハイなのだ」
「エ、エスメラルダも、ね」
エメラダの方を向いて、お父さんは笑顔をつくる。
しかしそれもぎこちないせいで、何だか物凄くニヤニヤとイヤラシイ顔になってしまっている。
変態みたいだ。
これが、妻に似てきたエメラダを見て、変な感情を持ってしまったわけではなければいいけど。
「何もなくても、帰ってきなさい。今度は他の家族も連れて、ね」
「家族……」
エメラダはしばらく黙ってお父さんを見つめた後
「……分かった」
コクリと頷いた。
「じゃあ、また……お父さん」
「では、本当にありがとうございました。またおじゃまします」
「ドロン! ドロン!」
「ああ、また」
そしてたくさんの村人から再びからかわれながら、俺達は村を後にした。
「アスタロウ……アスタロウは、いなくならない?」
帰りの道中。
険しい森の道、略してけもの道を歩く中。
前を歩くエメラダが、こちらを振り向くことなくそう問いかけてきた。
こんなことを聞いてきたということは、やっぱり、昨日の会話はエメラダにも聞こえていたんだろう。
若干気恥ずかしくもあるが、まあそれはいい。
「当たり前だ、そんなわけないだろう」
「勇者も、夢魔も、吸血鬼も、犬も……?」
「ラヴも、ネネネも、ルージュも、クゥも、だ」
これからもずっと一緒で、末永く家族だ。
ズッ友ならぬ、末長族だ。
「そう……」
と、エメラダ。
彼女はそれ以上何も言わない。
声はいつもどおりの今までどおり、抑揚なく無機質で。
見えはしないけど、きっと顔も平坦な無表情のままだろう。
語らないし、悟らせない。
でも、それでも、彼女が俺達のことを、かけがえのない大切な家族だと思ってくれているということは、伝わってきた。
「アスタロウ……」
「ん?」
「ホットケーキもホッとする?」
「ほっとけ!」
何となくではなく、それは、確かに。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




