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異☆世界転生~愛すべきバカ共の戯れ!!~  作者: 高辺 ヒロ
第二部 異世界で暮らしま章      【魔王INTER:冬】
173/224

第佰漆拾閑 エスメラルダ・エバー・グリーンの場合 甲

 その夜、俺はなかなか寝付けないでいた。

 地面に直接藁を敷き、その上に布をかけただけの簡易的な寝床。

 別にそれに不満があるわけではないし、枕が変わったら寝られないとかいう神経質なタイプでも俺はない。

 そうであったなら、この異世界で暮らせていけてはいない。

 じゃあなぜ。


 いや、こんなことは考えるまでもなくと言うか、疑問に思うまでもなく、(はな)から分かっている。

 それは、クゥが俺の上で仰向けに寝ているからだ。

 彼女の頭、後頭部が、俺の鼻の頭を思いっきり圧迫している。

 寝相が悪いにも程がある!

 どうすればこんなことになるんだ!


 百歩譲って、いや百歩も譲らなくとも、一歩程度譲れば、俺を枕にして、俺の上で寝ることは許せる。

 ただ上で寝るにしても、それは常識的に考えて胸の上とか、腕の上とかだろう!

 なぜ人の頭を枕にする? なぜ人の鼻の上で寝る?

 これじゃあ端から分かってたと言うより、鼻が痛いから分かっていただよ!

 まったくもうまったくもう。


「……」

 俺はクゥを起こさないように、そっと彼女の体を横にずらし、立ち上がった。

 するとクゥはゴロゴロと地面を転がって、そして今度は近くで寝ていたエメラダの上で寝始めた。

 俺のときと同じく、エメラダの頭を枕にして。

 エメラダが寝苦しそうに顔を歪めている。


「……」

 それにしても何だ、妙に目が冴えてしまった。

 こういうときは外の空気を吸って、少し気分転換でもするべきか。

 そう思って、布を押し上げテントの外へ出る。

 外に出ると、火の爆ぜるようなパチパチという音が耳に届いた。

 音のする方を向くと、そこにはオレンジ色の火に照らし出されたエメラダのお父さんの姿が。


 たきぎの前で切り株の上に座った彼は、俺と目が合うと

「何だ、眠れないのか」

 そう問いかけてきた。


「はい。ちょっと、鼻が痛くて」

 ジンジンする。


「話がしたくて。そうか、ならここに座りなさい」

 と、お父さんは自分の正面にある切り株を指さす。

 いや、話がしたくてじゃなくて、鼻が痛くてなんですけど……。

 そう思いながらも、彼の放つプレッシャーに圧され、俺は切り株の上に腰を下ろした。

 火を挟んで向かい合う、俺とお父さん。

 さて、どうしたものか。

 座ったはいいが、話なんて何もないぞ。

 どうしようかと悩んでいると、お父さんの方が先に口を開いた。


「面白いことを言ってみなさい」

「え? は、はい?」

 唐突に言い放たれたその一言に、一瞬混乱する。


「面白い、ことですか?」

「そうだ、面白いことを言ってみなさい」

 面白いことを言ってみなさいって。

 突然、何なんだ?

 もしかして……これは……。

 これが、世に聞く圧迫面接というやつなのか!?

 数々の未来ある就活生を葬り去ってきたとされる、伝説の闇儀式、圧迫面接なのか!?

 俺は死んでしまったから、ついぞ体験することはなかったけど。


 しかしなぜ面接なんて……。

 そうか、これは自分の娘と暮らす魔王おれという人間の、人間性を推し量るため。

 そうなってきたら頑張らないと。

 今夜は、頑張らナイト!

 よしよし、いい感じにエンジンがかかってきたぞ。

 さてさて面白いことか、駄洒落でいいかな?

 駄洒落駄洒落。


「えーではいきます。言います」

 ゴホン。


「駄洒落を言ったのは誰じゃ?」

「お前だろう」

「え、ああ、はい。仰るとおりです」

「次」

 次!?


「次は……。あったかい飲み物は、あったかい?」

「ふむ、丁度ここに温かい茶がある、これをやろう」

「あ、どうも、ありがとうございます」

「次」

 次、次は……。


「アイスティーを、愛すてる」

「何だ、ホットよりもアイスの方がよかったのか?」

「い、いえ、そんなことは。何たって、ホッとはホッとしますからね」

 どうだ、この素晴らしい駄洒落での切り返し。


「そうか、次」

 ……。

 ラヴなら、見直してくれるところなのにな……。

 と言うかあれだ、この系統の駄洒落じゃ、いつまで経っても笑わすことは出来そうにない。

 もっとこう、勢いのあるやつを。

 よし。

「布団が吹っ飛んだ!」

「……」


「毛布ももう、吹っ飛んだ!」

「…………」

 ええいこうなったら!


「バスを吹っ飛ばす!」

「………………」


「ブラックバスも、吹っ飛ばす!」

「……………………」


「足湯! つまり! フットバス!」

「…………………………」

 ぐ、がはっ……。


「ストーブが……すっ飛ぶ」

 ピクリともしてくれない。ラヴなら、大喜びなのに。

 もう……だめだ。

 これ以上は、俺の精神が吹っ飛ぶ。


「今夜は寒いな」

「今夜は寒いナイト!」

「……」

 ……穴があったら入りたい。


「いやぁ、本当に今夜は凍えるようだな」

「それはフリですか!?」

 今夜は凍えるようだナイトとか、言わせようとしてるんですか?

 言いませんよ。確かにひんやりと肌寒い夜ではあるけど、凍えるほどではないですからね。

 そもそも火の傍ですし。


「冗談だよ」

 言って、さっきまでとは打って変わって、柔らかな笑みを俺に向けるお父さん。


「……?」

 肌でひしひしと感じていたプレッシャーのようなものは、いつの間にか感じなくなっている。


「冗談、とは?」

「だから、面白いことを言えというのが冗談だ」

 相変わらず自然を相手取っているかのような、得体の知れない底深さは感じるけど。

 さっきまでの彼を寒さの厳しい冬の山にたとえるなら、今の彼は、さながら暖かく優しい春の山と言ったところか。


「面白いことなど言わなくてもいい」

「散々言いましたけど!?」

「はは、すまないね。私は少しオチャメなもんで」

 オチャメって……。

 それにしても打って変わってと言ったが、本当に頭でも打って、人が変わってしまったかのようだ。

 別人のようだ。


「鉄人のようだ、そう思っているのだろう?」

「いえ思っていません。惜しいですけど……」

「すまない、今のは言い間違いだ。別人、と、私はそう言いたかったんだ」

「はあ、まあ、それなら正解です」

 何だかちょっとあれだけど、雰囲気は変わっても、クゥの病気を一目で言い当てたような鋭い観察眼は、ご健在と。


「君も正解だ。そのとおり、薬を作った男と、今ここに座っている私は別人だ」

「えっ?」

「私は双子でね。さっきまでのが兄で、私が弟ってわけだ」

「そうなんですか!?」

 だから雰囲気が別人のように変って――


「嘘だ」

 っ!?


「冗談だよ。さっきまでの男も、今君の前にいる男も、同じ私だ」

 何の冗談なんだ……。


「まあアレだ、こんな感じで私はオチャメだから、あまり固くなるなと言いたかっただけだ」

「はあ」

「さっきはすまなかったね、きつく当たってしまって」

「そんな、とんでもない」

 きつくなんてなかった、ただこっちが勝手に気圧されていただけだ。

 いきなり押しかけた俺達に、ちゃんと薬を作ってくれて、ご飯までいただいて、それだけでなく寝床まで用意してもらって。

 随分よくしてもらった。


「娘の前では、どうにもあんな感じになってしまうんだよ」

「はあ。緊張、ですか?」

「緊張なのかな? もしかしたら、妻の若い頃にどんどん似てきているから、それでドキドキしてるのかもしれないな」

「それは結構危ない発言ですけど」

 娘が妻の若い頃に似てきてドキドキするとか、将来結構危なくないだろうか。


「はは、冗談だよ。娘に変な感情は持っていない。だからこれは緊張ではなく、遠慮なんだろう」

「遠慮、ですか」

「ああ。どうにも、娘を前にすると顔もノドも強張って、言いたいこともいまいち言えない」

 昔いろいろあったからねぇと、苦笑いをもらすお父さん。


「そうですか。でも、父と娘ってそんなもんなんじゃないんですか?」

 特にエメラダのような年頃の女の子が娘だと。

 いやまあ、彼女を一般的な同じ年齢の女の子と並べて考えるのは、どうにも的外れな気がしないでもないけど。

 それは置いておくとして。

 父と娘、だ。

 世間一般的に、父と娘との間に、壁とまではいかずともどこかで一線のある感じは、普通なのではないのだろうか。

 もちろん全ての父娘がそうなわけではないだろう。

 少なからず、仲の良い父娘もいる。

 ただ俺の姉と父は、どこか一線のある感じだった。

 と思う。


「そうなのかな……? まあ恥ずかしい話だが、私には娘の考えていることがよく分からないんだよ」

「確かに、エメラダはそうですね」

 感情の変化が、表情の変化が、ほとんど見て取れない。

 発する雰囲気から、何となく察することは出来るけど。


「昔はもっと分かりやすかったんだけどね」

「そうなんですか?」

 昔から、あんな感じなのかなと思っていたけど。


「ああ。昔はもっと、楽しそうに笑う子だった……いや、たのしそうにわらう子だった、かな」

 何だか字面が危ない……S感が漂っている……。


「でも、昔いろいろあってね、それからはあんな感じだよ」

 また昔いろいろ、か。

 一体何があったのか。一体何があってああなったのか。

 知りたくない、聞きたくない。と言ったら嘘になる。

 でも『何があったんですか?』と尋ねられるほど、幸いなことに俺は無神経ではなかったらしい。

 何せ人一人の感情・表情が薄くなってしまうような出来事だ。

 簡単に踏み込んでいいような、触れていいようなことではあるまい。


「何があったんですか? そう言いたそうだね」

 しかしそんな俺の胸中は、あっさりと看破されてしまう。


「……」

 お父さんは空を見上げる。

 雲一つない、澄んだ星空だ。


「夜はまだ長い。ああ、別に“夜は長い”に、変な意味は含んでいないよ? 私は娘に変な気は持っていないし、男にも変な気は持っていない」

「それは分かってます」

 言い訳をするから、むしろ怪しくなってます。


「別に話しても構わない。娘に何があったのか。娘がなぜああなったのか。と言うか、君は娘と一緒に暮らしているんだろう?」

「はい」

「まさか、娘と長い夜を過ごしているんじゃないだろうな?」

「そ、そんなことは、まだありませんっ」

「まだ?」

 ひいっ……。


「冗談だ。まあ、それなら話しておいた方がいいのかもしれないな」

 聞くかい? とお父さん。


「つまらなくて、息の詰まる話だが」

「……」

「まあ、その判断を君に委ねるのは少々酷か。ならこうしよう、聞いてくれ。なに、そんなに緊張することはない」

 そう言うと、お父さんは俺の返事を待つことなく、話し始めた。

今日も読んでくださって、ありがとうございました。

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