第佰陸拾陸閑 繰り返されるしゃっくり
「クゥ。お前、何か原因になりそうな体調の変化とかはないか?」
「う~ん、花粉症が原因かもしっれないのだ」
花粉症?
「い、いや、それは原因じゃないと思うぞ?」
確かに最近温かくなって植物の活動も活発になってきてるから、鼻がムズムズするけど。
「でも花粉症も、しゃっくみ出るのだ」
「お前が言ってるのは多分くしゃみだ」
しゃっくりとくしゃみ。
全然似ていない。“しゃ”しか類似点がない。
「くしゃみ?」
「そう。昔の言葉で言うと、くさめ」
「ボクはオナラは出してないのだ!」
「知ってるよ!」
お前はクゥであってプゥじゃない!
と言うかくさめにオナラの要素はないよ!
臭めか!? 匂いキツめか!?
「で? 他には何かないのか? 苦しいとか、痛いとか」
「胃が苦しくて、お腹がちょっと痛いのだ」
「それは食べ過ぎのせいじゃないかな?」
食べ過ぎて、そしてすぐに寝たせい。
何か重大な病気の可能性もあるけど。
と言うか、何か重大な病気であったとしても、俺には分からないんだよな。
分からないし、どうにも出来ない。
ただのしゃっくりを止めるのならまだしも。
もうこれは、エメラダに見てもらった方がいいんじゃないだろうか。
と、その時、丁度、エメラダが食事の間へ入って来た。
書庫から本を抱えて、帰ってきた。
「なあエメラダ」
「ナンダロウ……」
ナンダロウって……。
「クゥのしゃっくりが、全然止まらないんだ」
かれこれ三十分以上は続いてるか?
「色々しゃっくりを止める方法を試してはみたんだけど」
俺はクゥに施した処置を、全て彼女に伝えた。
「それでも止まらないから、何か大きな病気かもしれないなって」
「そう……」
「そう。だからちょっと見てやって欲しいんだけど」
エメラダなら何か分かるだろう。
「とりあえず……分かったことが一つ」
「もう何か分かったのか? さすがはエメラ――」
「アスタロウは、大きな病気」
俺!?
「病気……と言うか、病的。病的な変態」
「あ、あのエメラダさん?」
「名前は、アスタロウから……エロウに変えるべき」
「相変わらず俺の要素が皆無だよ!」
アスタの『ア』の字も『ス』の字も『タ』の字も無いよ!
「ならヘンタロウ……?」
「そっちの方がまだいい」
いや、よくないけど。全然、よくないけど。
それにそれでもまだ俺の要素『タ』だけだし。
「あのですねエメラダさん、俺じゃなくて、クゥを見てやって欲しいんですけど」
そう言うと、彼女はしばらくその垂れた眠そうな目で俺を見つめた後
「……分かった」
頷き、抱えていた数冊の本を机の上に置いて、座っているクゥの隣へ歩み寄った。
そしてクゥの正面にしゃがみ込み、診察のようなものを始める。
額に手を当て体温を計ってみたり、下まぶたを下に引っ張ってみたり、ノドの奥を覗いてみたり、胸に耳を当てて音を聞いてみたり。
「……分かった、病気」
しばらくして、エメラダはそう言った。
「な、何か手術が必要な重大な病気か!?」
「呪術は嫌なのだ!」
しかしエメラダは首を横に振る。
「珍しい。けど……軽い。と言えば軽い病気」
軽いと言えば軽い病気って、いまいち落ち着けない言い方だな。
「吃逆症……」
「きつぎゃくしょう?」
ラヴは何だかハッとしたような顔をしていたが、俺とクゥは、は? と、揃って首を傾げる。
「……しゃっくりの出る病気」
しゃっくりの出る病気?
「え、ってことはつまり、何か病気があってしゃっくりが出てるんじゃなくて、しゃっくりそのものが病気と」
コクリと頷くエメラダ。
「原因は……キノコ」
エメラダが言うには、何でも、この季節に毒性のある胞子を飛ばすキノコがあるらしい。
名前は“しゃっくり茸”という、何とも分かりやすいものだそうだが。
とにかく、そのキノコの胞子を吸うことによって吃逆症という病気にかかり、しゃっくりが止まらなくなるとか何とか。
ふむ、クゥの言った花粉症もあながち間違いではなかったのかな。
「キノコねぇ」
またキノコか。
「で、その病気は、放っといても治るものなのか?」
「治らない……薬を飲まないと、一生そのまま」
「……」
確かに、軽いと言えば軽い病気だった。
病状だけ見れば、ただしゃっくりをしてるだけという軽いものだ。
ひどい熱が出たり、手術が必要だったりするわけじゃない。
でもしゃっくりが一生続くとなると、それは軽いとは言えない。
「でも薬を飲めば治るんだよな? じゃあその薬を――」
「ないでしょうね、ここには」
俺の言葉を遮るようにラヴ。
続いてエメラダも、ラヴの言葉を肯定するように首を縦に振る。
「あしゅたぁ、ひっく、ボク一生しゃっくりしたままなのだぁ……」
「安心しろクゥ。お前が一生しゃっくりしてても、ちゃんと面倒見てやるからな。名前はシャックゥに変えるけど」
「強そうな名前なのだぁ」
「よしよしお前は強い子だ」
意味が分からないが、クゥと俺は、とりあえずあつい抱擁を交わした。
「アンタ達ちゃんと人の話を聞きなさいよ。ここにはないって言ったでしょ? どこかに行けばあるわよ」
「どこかってどこだ?」
「さ、さあ……」
ラヴは決まりが悪そうに、俺から目をそらす。
「師匠も言ってたけど、何せ今時珍しい病気だから」
「今時?」
「ええ、昔はそれなりにかかる人がいたらしいんだけど、今やしゃっくり茸自体が希少で、かかる人なんて……」
だから私も師匠に言われるまで、クゥニャの病気が吃逆症だって分からなかったの。
とラヴ。
「でも師匠なら薬、調合して作れるんじゃないですか?」
おおその手があったか。
「……無理、分からない」
期待をして視線を向けてみたがしかし、エメラダの首は無常にも横に振られた。
「あしゅたぁ、ひっく、ボク一生しゃっくりしたままなのだぁ……」
「安心しろクゥ、お前が一生ヒックヒックしててもちゃんと面倒見てやるからな。名前はヒックゥに変えるけど」
「シャックゥの方が強そうなのだぁ」
「よしよしお前は強い子だ」
やっぱり意味が分からないが、クゥと俺は、再びあつい抱擁を交わした。
そんな俺達の横で
「……お父さん」
と、エメラダが呟いた。
「ん?」
「私のお父さんなら……知ってる」
「本当か!?」
彼女はゆっくり、大きく頷く。
「よかったなぁクゥ、これでしゃっくり止まるぞ」
「よかったのだぁこれで名前変えなくてっ済むのだぁ」
「いや、名前は変えるよ? しゃっくりをしなくなったクゥ、通常のクゥ。で、ツゥだ」
「ボクはワンなのだぁ」
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




