第佰陸拾伍閑 ヒカップ! ノンストップ!
と言うわけで、しゃっくりを止める方法を試すことになったわけだけど。
「方法はいくつかあるけど、どれが効くか分からないから、効くまで一つずつ試していこう。じゃあまずは」
「ひっく、ひっく」
正面で肩を震わしているクゥを見てると、何だか止めるのはもったいないような気がしてきた。
今まで気付かなかったと言うか、気にもしなかったけど、しゃっくりをしている姿というのはなかなか可愛い。
連動して胸も一緒に揺れるせいで、輪をかけて良い。
と、そんなことを考えていると、横からラヴの殺気が。
相変わらず胸のことに関しては、察しがいい。
「まずは何なのだ?」
「…………」
「アシュタ?」
ふむ……仕方がないか。
一番ポピュラーなのは“驚かせる”なんだろうけど、それはこの状況では無理そうだから。
「まずは、胸を押さえる」
「胸を押さえるのだ?」
「そうだ。よーし、俺が押さえてやろうなー」
役得役得。
わきわき。
「魔王」
「ひいっ!?」
シャリンと音を立てて引き抜かれた剣が、俺の首へと添えられる。
「ど、どうしたのかなラヴさん」
「アンタどさくさに紛れて変なことしようとしてないわよね?」
「してないしてない。俺はただクゥのためを思って、しゃっくりを止める方法を実践しようとしてるだけだよ!?」
「それが胸を押さえる、と?」
「う、うん」
正確には胸と言うか、胸の少し下。横隔膜のある辺りをだけど。
「他にも方法はあるんでしょ?」
「まあ」
「なら違うやつにしなさい」
「分かりました」
やれやれ仕方がないな。
「じゃあ、お豆をつまむ」
「魔王っ!」
「な、何かな?」
「やっぱり変なこと考えてるじゃない、この変態が!」
「あう、あう、あう、あう」
剣の腹の部分で、俺の顎をペチペチと叩くラヴ。
「変なことって、ただお豆をつまむだけじゃないか」
どこが変なんだ。
「何度も言わないで! この変態!」
顔を真っ赤にする彼女。
変態なのはむしろお前の方だろう。
お前はお豆で一体何を想像したんだ?
まったく、それはネネネの領分だろうに。
と言うか、お豆をつまむのは俺じゃなくてクゥなんだけど。
クゥが、豆を、お箸で、つまむ。
ああでもこの世界お箸ないから、そもそもこの方法は無理か。
「アシュタ、ひっく、何でもいいけど早くして欲しいのだ」
困ったように眉根を寄せるクゥちゃん。
「ん、ああ悪い悪い。じゃあ次は」
次はも何も、まだ一つも試していないが……。
「息を止める」
「息を止めるのだ?」
「そう、大きく息を吸ってー」
指示されたとおり、クゥは肺に空気を溜め込む。
「そうそう、それで限界まで止める。ああ、途中で吐き出したら失敗しちゃうから、そうならないようにクゥの口は俺が塞いでおいてやろう。口で」
「アンタは息の根を止めた方がいいんじゃないのかしら」
「じょ、冗談だよラヴ」
もはやいつ首をかき切られても、おかしくない状況である。
「ぷはぁっ」
しばらくして、呼吸停止の限界に達したクゥは大きく息を吐いた。
「どうだ、止まったか?」
「うーん…………」
少しの沈黙の後
「ひっく」
彼女は再び体を揺らし、そんな可愛らしい声を漏らした。
「ダメか」
「……マメなのだ」
マメではない。
「仕方がない、次の方法を試そう」
次は。
「じゃあ、ジャンプする」
「キャンプするのだ?」
「残念ながら露営はしない、跳べと言ってるんだ」
その場で立ち上がって、ピョンピョンするの。
教えると、クゥは言われたとおり立ち上がり、尻尾をわっさわっささせながら飛び跳ね始める。
こ、これは……。
「飛び跳ねるたびに揺れる胸が、露営はしないがエロい! いいぞクゥ! 跳べ跳べ、もっと跳べ!」
「魔王」
おっと……心の声が思わず漏れてしまった……。
「アンタの首も、跳ばしてあげましょうか?」
「だ、だから冗談だってラヴ、落ち着いてくれよ」
なんて鋭利な視線だ、人はここまで鋭い目が出来るものなのか。
もはやその視線だけで、首が跳ばされそうな勢いだ。
「アシュタ、いつまで跳んでればいいのだ!?」
「ああ、もう満足――じゃなくて、もういいんじゃないか。一旦やめてみろよ」
「分かったのだ」
跳ぶのをやめ、俺の正面に座る彼女。
「どうだ、止まったか?」
「ん~……ひっく」
しかし残念なことに、しゃっくりは微塵も止まる気配を見せない。
「止まらないのだ」
三角お耳を折りたたみ、明らかにしょんぼりした様子。
「大丈夫だってクゥ、まだ方法はたくさんある。試してみよう」
「わんなのだ」
それからもクゥの耳に指を突っ込んでみたり
「うおぉ~クゥの耳の中温か~い」
クゥの舌を引っ張ってみたり
「うほぉ~クゥの舌生温か~い」
したのだが、結果的に、どれもしゃっくりを止めるには至らなかった。
「全然止まらないのだぁ」
「止まらないなぁ」
「私的には、しゃっくりよりもまず魔王を止めたいんだけど」
心に突き刺さる言葉だった。
……まあ、確かに少々遊びすぎた感もある。
これじゃあ止まらなくても仕方がない話だ。
「ひっく、ひっく、どうやったら止まるのだ?」
「う~ん」
俺がしゃっくりをしたときは、逸花に驚かされてと言うか、脅かされて止めてもらっていたけど。
あれは逸花がいないと出来ないし。
俺が知ってて俺が出来ることは、全部やり尽くした……。
「ラヴ、何か知らないか?」
「えーっと、カップ一杯の水を一気に飲む、だっけ?」
「ああ」
そういえばそんな方法も、聞いたことがあったっけ。
いや、俺が聞いたことがあるのは、コップの反対側の縁から水を飲むとか何とか、そんなんだったけ?
こういうのって、おばあちゃんの知恵袋的に各地に点在してて、どれが本当に効くのやら分かったもんじゃないな。
「じゃあまあ、それを試してみよう。はい」
俺は机の上に置いてあった白いカップに、水差しの水を注ぎクゥに渡した。
「ありがとうなのだ」
「まあ聞いたとおり、その水を一気に飲めばいい。何なら水は俺が飲ましてやろうか? 口で」
「アンタは言葉を飲み込みなさいよ!」
「はがっ!?」
俺の口の中に、ラヴの剣が突っ込まれる。
「が、や、止めろラヴ! 俺は言葉は飲み込めても剣は飲み込めない!」
そんな大道芸人みたいな芸当は出来ない。
「言葉も飲み込めてないでしょうが!」
そんな俺とラヴを尻目に、クゥはカップを傾け水を飲み始めた。
ゴクリゴクリとノドを鳴らして。
「ぷはぁ」
「ど――」
「ひっく」
「……」
どうだ止まったか?
そう問いかける暇もなく、クゥはひっくと鳴くのだった。
「全然止まらないのだ!」
「ん~、ここまでやっても止まらないか」
アンタと一緒ね。
と言うラヴの言葉は、放っておくとして。
「こうなってくると、何か重大な病気なんじゃないか?」
アンタと一緒ね。
と言うラヴの声は、やっぱり放って……おけるか!
「ちょくちょく傷つけてくるの止めてくれるかなラヴ!」
「傷つけるだなんて人聞きの悪い。私はただ、真実を突き付けただけじゃない」
その上剣まで突き付けられて、もはや後がない!
「何か文句があるの!?」
「ないよ」
まああるにはあるんだけど。
それよりもクゥだ。
今日も読んでくださり、ありがとうございました。




