第佰陸拾肆閑 しゃっくりくりくりくりっくり!
「ひっく……ひっく」
ケモ耳褐色美少女こと、ケルベロスの、クゥニャ・サー・ベラスがしゃっくりをし始めたのは。
三月の終わりが近づき、もう直ぐで四月になろうという頃。
空に浮かぶ三つの月の横に、四つ目の月が薄っすらと見え始めた頃。
の、夜のことだった。
いつもの食事の間で、いつものようにコタツを六人で囲み食事を終えた後、皆それぞれがそれぞれに好きなことを始めた。
窓の外は雨。ザアザアと水が地面を打ちつける音が、耳に届く。
俺はラヴと雑談をし、ネネネとルージュはどこかに食後の運動もとい喧嘩をしに行き、エメラダは書庫へ本を取りに行き、クゥはその場にごろんと寝転ぶ。
俺はそんなクゥを見て、ラヴとの会話を一旦中断した。
「おいクゥ、食べて直ぐ寝たらウシさんになっちゃうぞ」
クゥならぬ、ギュウになっちゃうぞ。
ケルベロスが、ミノタウロスになっちゃうぞ。
「ムシさんになっちゃうのだ?」
「ムシさんじゃなくて、ウシさんだ」
ケルベロスが虫になったら、なんだ、ケルベルゼブブとかにでもなるのか。
俺は嫌だよ、ハエの女の子なんて。
「もーアシュタってば、人がウシさんになるわけがないのだ」
もう既に『もー』とか言い始めちゃってるんだけど。
「まあいいけど」
あまりしつこく言っても、どうにもならない。
と、俺はクゥへの注意を早々に切り上げラヴとの雑談に戻った。
それからしばらく静かに寝ていたクゥだったが、突然、バッと起き上がる。
「どうしたクゥ?」
「ひっく……ひっく」
ビックリしたように目を丸くして、肩をビクンビクンと弾ます彼女。
「ひっくりが、とっ、まらないのっだ」
「しゃっくりね」
「ボクはしゃくれてなっいのだ!」
知ってるよ。
綺麗に整った、可愛いお顔をしているよ。
「まったく」
しゃっくり、ねぇ。
ミノタウロスにはならなくとも、ミオクローヌスにはなったか。
うん、よし、いいことを思いついた。少し驚かせてやろう。
俺は腕を組んで、深刻な顔を作って言う。
「だから言っただろうクゥ、ウシさんになるって。それはウシになる前兆だよ」
「ぜんっちょう?」
「そう、百回だ。百回目のしゃっくりと同時に、お前はウシになる!」
「ひっく、ひっく」
「ほーら今ので二回減ったぞ? 今何回だ? あっという間にウシになっちゃぞー」
するとクゥは涙目でラヴに抱きつく。
「嫌なのだラブねーちゃん。ボク、ウシさんになりたくないのだ!」
「もう魔王、あんまり怖がらせたら可哀想じゃない。大丈夫よクゥニャ、しゃっくりを百回したところで、ウシにはならないわ」
「ほんとっうなのだ?」
「本当よ」
それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろすクゥ。
しかし次のラヴの言葉に、ギョッと目を剥いた。
「まあ、しゃっくりを百回したら死ぬとは聞いたことがあるけど」
「嫌なのだアシュタ、ボクまだ死にたくないのだ!」
クゥは今度は俺に泣き付く。
「お前の方が怖がらせてるよラヴ!」
「どこがよ」
「ウシと死を比べたら、どう考えても死の方が怖いだろ!」
「そうかしら、私は死ぬよりウシになる方が嫌だけど」
今すぐウシに謝れ! 土下座をしろ!
「ひっく、アシュタそんなこと言ってる場合じゃないのだ! 死にたくないのだ! どうやって止めるのだ!?」
「大丈夫だってクゥ。しゃっくりを百回しても、死にはしない」
確かに『しゃっくりを百回したら死ぬ』なんてのはよく聞くけど、それはあくまで迷信だ。
しゃっくりなんて、所詮はただの横隔膜の痙攣だ。
重大な病気が原因で起こっているという可能性もあると、聞いたことはあるけど。
「本当なのだ?」
「本当だよ、死にもしないしウシにもならない。俺だって昔百回以上連続でしゃっくりしたけど、ほら、このとおり生きてるし、ウシにもなってないだろ?」
コクリと頷く彼女。
まあ厳密には死んでいるけど。
それはしゃっくりが原因では全くない。
「でもウシさんにはなってないけど、アシュタはウマさんだって前に小人さんが言ってたのだ」
あのくそ小人め……。
「よく見ろクゥ、俺がウマに見えるか?」
ウマなのは、アシュタではなく、アシュタロトだ。
いや、あの悪魔はウマではなくロバだったか。
「見えないのだ」
「だろう? 俺はウマにもなっていない」
馬鹿には見えるけどね、とラヴ。
確かに馬鹿かもしれないけど、馬化はしていない。
「まあとにかく大丈夫だよクゥ。百回しゃっくりをしたところで、どうにもなりはしない」
「分っかったのだ」
頷きながらも、ピクンと体を跳ね上げる彼女。
「でもアシュタ、ひっく、ボクはしゃっくりを止めたいのだ。しんどいのだ」
まあ確かに、しゃっくりで死にはしなくとも、ウシにはならずとも、ウツには、憂鬱にはなるな。
放っておけばそのうち止まるものだけど、それでも止まるまではそれなりに辛い。
「どうやったら止まるのだ?」
「しゃっくりの止め方ねぇ……いくつか知ってはいるけど」
「教えて欲しいのだ」
「う~ん」
果たして効くのかどうかが疑問だ。
「お願いっなのだ」
「分かった、教えるよ」
効くかどうかはともかく、とりあえずやってみよう。
大した手間でもない。
「その代わり、これからは食べて直ぐ寝ないように。約束だぞ?」
「わっかったのだ、役得なのだ」
「約束だ」
今日も読んでくださり、ありがとうございました。




