第佰陸拾参閑 俺達の合戦はこれからだ――!!
「いぃぃぃぃたぁぁぁぁいっ!」
ラヴの悲鳴が聞こえたのは、その日の深夜のことだった。
俺はベッドから飛び起き、隣で寝ていた夢魔とケルベロスを両腕に装備し。
更に途中でエルフを肩に装備し。
「どうしたラヴ!」
それから勇者の部屋、勇者と吸血鬼の寝ている部屋に駆けつけた。
「何事だ!」
ネネネ、エメラダ、クゥ。もはや最強装備と言っても過言ではない。
今ならどんな敵が現れても負ける気がしない。
エメラダが俺の頭の上で、寝ぼけながらも持ってくれているランプの明かりが、部屋の中を照らす。
ベッドの上では、ラヴが目に涙をいっぱい溜めて、こちらを向いていた。
「どうしたラヴ?」
「うぅ、ルージュに、ち、ちく、ちく……ちくっとされた」
自分で自分の体を抱きしめる彼女。
「ちくっと?」
「噛まれたのよ!」
噛まれた?
「何だよ、そんなことかよ。てっきり敵かと思ってビックリしたじゃないか」
「そんなことって」
「勇者がそんなことくらいで騒いでどうするんだ。で、どこを噛まれたんだ?」
「ちく……」
「え?」
ゴニョゴニョとはっきり聞こえない。
「ちく……び……」
「ちくび?」
「そうよ! 乳首!」
「な、何だってー!? それは大変だー! どこだー見せてみろー!」
「ここ」
言って、ラヴは服をめくって――
「って見せるか!」
ちっ!
もうちょっとだったのに。
「あ、そうだラヴ。そんなところに傷が残ったら大変だ、早く薬を塗らないと」
「そ、そうね」
「俺が塗ってやるよ。患部を見せてくれ」
「ええ」
言って、ラヴは服をめくって――
「ってだから見せるか!」
ちっ!
ちちっ!
本当にもうちょっとなのに。
「人が痛がってるときにどさくさに紛れて。この大変態!」
大変態とは酷い言い草だ。
こっちは親切心で言ってるのに。
「まったく、だから言ってやっただろう? 寝相悪いって」
「だからって噛まれるとまでは思ってなかったわよ」
噛まれることなんて、よくあることだ。
まあ噛んでくるそのほとんどは、ルージュではなくクゥだけど。
「と言うか、その噛まれたのが乳首って。お前まさか授乳をしようと?」
「してませんし出ません!」
と、そんなやり取りをしているラヴの隣、ベッドの上にチョコンと座り、
「まあ確かに乳は出なんだが、血は出た」
ペロンと舌なめずりをしているのは、乳飲み子ならぬ血飲み子のルージュ。
「これで少しは血の補充と言うか、力の補充が出来たわい」
血の補充。力の補充。
ああ、そう言えば雪合戦をしてるとき、後で血を吸わせてあげるとかそんな約束をしたっけ。
すっかり忘れてしまっていた。
そのせいでラヴが噛まれたというわけではないだろうけど。
ないと言うことにしておきたいけど。
「乳はないが、ラヴリンにも血はあるんじゃのう」
「当たり前でしょ、私を何だと思ってるの? 血くらい流れてるわよ」
「乳は無かれど血は流れ、じゃの」
「乳無いとか言わないの」
血も流れてるし、乳も成ってます。
とラヴ。
「ほう、ではその乳の成ったラヴリンに一つお願いがある」
「何よ」
「もう少し血を吸わせてはくれんかの? 今のではまだいまいち足りん」
「嫌よ」
ラヴは自分の胸をルージュから隠すようにする。
「なぜじゃ、なぜ隠すのじゃ? 神の代弁者とやらも言っておったじゃろう『右の乳首を噛まれたら、左の乳首を差し出せ』とな」
「そんな代弁者いてたまるもんですか! それは代弁者じゃなくて、大変者よ! そこの大変態と同じ!」
俺を巻き込むな! とんだ流れ弾だよ!
と言うかほんと、相変わらずこの世界にはろくな奴がいないな。
教会の神父さんは、スクール水着を手に入れてニヤニヤするような聖職者ならぬ性色者だったし。
今度は神の代弁者が、乳首を差し出せとか言う代弁者ならぬ大変者とは。
「ならラヴリンは乳を差し出さんと、ワシに血を吸わせてはくれんと?」
「当たり前でしょ! 痛いもの!」
目じりにたまった涙を拭うラヴ。
「にしても、夜泣きをしたのはルージュじゃなくて、お前の方だったな」
大きな声で叫んで、涙流して。
「うるさいわよ魔王」
「やれやれ仕方ないなぁラヴちゃんは、俺があやしてやるよ。ほらほらラヴちゃん、ご飯でちゅか? それともおむちゅでちゅか? ああおむちゅでちゅか。なら今取り替えてあげるから服を脱ぎまちょうねー」
「なら私はアンタを殺めてあげるわ」
「あっ止めて!」
お願いだから剣を下ろして。
「どれだけ服を脱がそうとしたら気が済むわけ?」
脱ぐまでは、気が済まない。
「もう寝るから出て行って、自分の部屋に戻って」
はいはい。
「ルージュも連れて行って」
「え? 一緒に寝るんじゃないのか?」
「だって今一緒に寝たら、確実にこの子噛むでしょ? また今度にしておくわ」
まあ、確かに。
「分かったよ。と言うかラヴ、吸血鬼に噛まれたんだから、お前も吸血鬼になるんじゃないか?」
「え、そうなの?」
ラヴの問いに、ルージュはいつものように『さあどうかのぉ、分からん』と曖昧な返事をする。
「もしそうだったら大変だ。早く毒を吸い出さないと!」
「そ、そうね」
「俺が吸い出してやるよ、傷口を見せてくれ」
「ええ」
言って、ラヴは服を少し捲って――
「ってもうそのくだりはいいわよ! さっさと部屋に戻りなさい!」
「ひいっ、ごめんなさい!」
ルージュを連れ、そそくさと部屋を出て行こうとする俺。
扉を閉める間際、
「来てくれたことには、お、お礼を言うわ」
ラヴは小さくそう言った。
「ん、おやすみ」
「おやすみなさい」
と、そんな風に穏やかに眠りに入る――
「いぃぃぃぃってぇぇぇぇ!」
――ことが出来るわけもなく。
自分の部屋に戻ってさあ寝ようと思った俺の両腕に、クゥとルージュは噛み付いてきた。
「お前ら二人揃って何しやがる!」
何だ、夢の中で、雪合戦の延長線の、延長戦の、付き合戦を、噛み付き合戦をしてるとでも言うのか!?
「まおーさまもなさっては?」
「っ!?」
横から一番厄介な奴の、ネネネの声が聞こえる。
「突き合戦。上突き合戦を。さぁ、ネネネを上から突いてくださいな」
俺は就寝したい、就き合戦がしたい……。
結局と言うかやっぱり、良き合戦にはならなかったし――
「さぁさぁまおーさま、気持ち良き合戦をしましょう? ネネネ夜泣き、いえ、夜喘きしますので」
「勘弁してくれ!」
「合戦してくれ? ええ分かってますの、だから早くしましょう?」
「寝かせてくれぇぇぇぇ!」
――夜泣きをしたのも俺だった。
今日も読んでくださり、ありがとうございました。




