第佰陸拾壱閑 エロマンティック
食後、雑談をしている俺の膝の上で、いつの間にかルージュは眠ってしまっていた。
ネタであれだけ寝たがっていたことはある。熟睡だ。
今回初めて知ったけど、かまくらの中は意外と暖かい。
まあ外にしては、なのだろうけど。
それでも冷たい夜風は防げるし、温かい料理を食べて、みんなでこたつで暖を取れば、体感的には室内と変わらない心地よさだ。
気を抜けば、俺も眠ってしまいそうなくらい。
俺だけではない、さっきから雑談を交わしているラヴの目も、エメラダの口も、いつもは鋭いのに、今は丸みを帯びているし。
クゥなんかは丸みを帯びているどころか、丸まって寝てしまっている。
まあ心地よいからだけじゃなくて、雪合戦で散々暴れたこともあって、みんな疲れてるんだろう。
「まおーさま、お話がありますの。外に来てくださいな」
ただなぜか疲れを一切見せず、いつもどおり活発なのが一匹。
「何の用だよネネネ」
「いいから出て来てくださいなっ」
かまくらの入り口近くで手招きをする彼女の声は、どことなく浮ついた雰囲気だった。
まったく、どこにそんな元気が残っているのやら。
「嫌だよ、だって外寒いだろ?」
日が沈んでからは、また雪がちらつき始めたし。
「話なら外じゃなくて中でしてくれ」
「確かに外よりも中の方がネネネも嬉しいですけど、でも今は外がいいんですの」
意味が分からん……。
「さあ、まおーさま」
「嫌だ」
「嫌だなんて、いやんいやんですの!」
「嫌だ。それにほら、今動いたらルージュ起こしちゃうかもしれないし」
今日一番暴れたのは彼女だ、相当疲れているだろう。起こすのはかわいそうだ。
「ババアなんてそこら辺に転がしておけばいいですの」
「出来るか!」
「じゃあ愛ちゃんにでも渡せばいいですの」
えっ私!? と、突然話の輪に組み込まれて、間の抜けた声を上げているラヴ。
「まったく、そこまで言うならわかったよ。じゃあラヴ、ルージュ抱っこしといてくれな」
立ち上がり、寝ている幼女をラヴに差し出す。
「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ。抱っこって、どうすればいいの?」
「どうって、普通に抱えてればいいよ」
「首は? 首とか大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、無茶な態勢以外なら何でも」
首の据わってない赤ちゃんじゃないのだから。
赤ちゃんは確かに赤ちゃんだけど、髪の紅い、紅ちゃんだけど。
首はとっくの昔に、数世紀以上前にすわってるし。首どころか、肝のすわったいい大人だよ。
「じゃあよろしく頼んだよ」
「え、ええ」
何だか物凄く危なっかしい手つきでルージュを受け取る彼女にそう言って、俺は外へと向かう。
正直寒いとかルージュのこととかより、ネネネと二人きりって言うのがな……。
嫌な予感がする。
嫌な予感と言うか、ネネネ風に言えばいやんな予感か。
チュウをするとかしないとか、そんな約束をしてしまったし。
「さぁまおーさま、ネネネと、お約束のチュウを、誓いの口付けをしましょう?」
外に出ると、案の定彼女はそう言った。
「俺はお前の口を糊付けしたいよ」
「まあ、まおーさまのお口とネネネのお口を?」
「違う、お前の上唇と下唇をだ」
お口チャックならぬ、お口接着。
「別に構いませんの、その場合まおーさまのズボンのチャックを下ろさせていただきますもの。そしてネネネの下のお口で、接吻ならぬセッ――」
「あーあー! 分かった、分かったから!」
「ではしてくださると?」
「う、うん……まあ」
くそ……何とかして上手くかわせないものか。
「あらまおーさま、そんなことを気にしてましたの? 大丈夫ですのよ、上手く交わせなくても。下手でもキスしていただければネネネは十分」
「そういうことじゃないよ!」
交わる意味での交わすではなくて、避ける意味でのかわすだよ!
上手い下手の問題じゃない、するしないの問題だ。
「さぁまおーさま、恥ずかしがらずに……ちゅー」
「あ、あのなネネネ。キスって言うのはさ、もっとこう、ロマンティックな雰囲気になってからするもんじゃないか?」
俺がそう言うとネネネは突然上を向いた。
「あらまあまおーさま、見てくださいな、雪が降ってきましたの」
何だ、何が始まったんだ。やけに芝居がかった、ミュージカルのような物言いだけど。
もしかしてあれか、ロマンティックな雰囲気を醸し出そうとしてるのか……。
「生憎だけどさっきから降ってる」
降ってるどころか、今や吹雪いてる。
しかしそれでもネネネ劇場は続く。
「ねぇまおーさま?」
手を広げ身をよじり、やたら大きなアクションで俺の方を向く彼女。
もはや言葉どころか、動きまでミュージカルのようだ。
「何だよ」
「舞い落ちる雪を見ていると、何だかアレを思い出しますわね」
「何?」
「精ピ」
「思い出さないよ!」
全然思い出さないよ!
そしてそのピっていう自主規制音みたいなのは何!?
「だってまおーさま、この丸い世界に、白い雪が押し寄せているんですのよ? それはまるで、精ピが卵ピに群がっているみたいではないですの」
全くみたいではないよ!
「ロマンチックですのね」
「どこが!?」
情緒のかけらもないよ!
「でも情欲のかけらはありますの」
「ああそうだな」
自分で分かってるじゃないか。
「これぞ、エロマンティック」
「意味が分からん!」
「さぁまおーさま、場は暖まりましたの」
「ネネネ!」
「ネ~? ネ~? ネ~?」
「とぼけても無駄だ! こんなんじゃキスは出来ない!」
もー仕方がありませんわね、と、頬を膨らます彼女。
「なら肘をこちらに向けてくださいな」
「肘?」
わけが分からず、言われるがままに腕を折り曲げ、ネネネに向かって肘を突き出す。
「では」
するとネネネも同じように肘をこちらに突き出し、俺に近づいてくる。
そして
「ちゅー」
肘と肘がごっつんこ。
「これは何?」
「これぞ関節キスですの、やんやんっ」
顔を赤くして、雪の上を転がりまわる彼女。
「……」
本当に意味が分からない……謎だ。
「あのーネネネさん? それでいいんですか?」
「ネネネ、とうとうまおーさまとキスしてしまいましたの」
それでいいらしい。
まあそれでいいなら、それでいい。
いや、俺からすれば、それがいい、なのだけど。
と言うか、それくらいならいつでもしてあげるけど。
「本当ですの!?」
「ん、ああ、まあ」
「では毎日やりましょ!? 毎日肘肘やりましょ!?」
ああ、関節キスでわざわざ他のどこでもなく肘関節を選んだのは、肘とチュウをかけてたからなのか……。
やっぱりそっち方面のことになると、少しは頭が回るようになるようだ。
ただ頭が回ったとしても、言ってることは“頭回る!”ではなく“頭ワル!”なのだけど。
「そしていずれは、エルボーならぬエロボーをチュウチュウさせて欲しいですの」
「黙れ! それは却下だ!」
大体エロボーって何だ!?
「ったく。ほらネネネ、いつまでもそんなところで寝てないで、中に戻るぞ」
「はーいですの」
とりあえず、一件落着したみたいだった。
今日も読んでくださって、ありがとうございました。




