第佰伍拾捌閑 雪山な雪だま
「行きなさいクゥニャ!」
剣の切っ先で俺達を示すラヴ。
「ワンなのだ!」
元気よく返事をしたクゥが、一軒家程の大きさのあった白亜の飛龍をも凌ぐ大きさの雪だまを、雪山をゆっくりと抱え。
「ちぇ、い!」
少し重たそうに、こちらに放り投げた。
眼前を完全に覆い尽くす程巨大な雪だま。
頭上から飛来するそれは、さながら隕石だった。
宝くじが当たる確率は、隕石が当たる確立よりも低いっていうのは本当だったんだ。
宝くじが当たったことはないけど、隕石は今まさに俺を目掛けて迫っているよ。
って言ってる場合じゃない!
「こんなの喰らったら、さすがにひとたまりもないぞ!」
畑のビニールトンネル同様、埋もれてぺしゃんこだ。
「アスタ、おぬしの力なら叩き壊せるじゃろう!」
「叩き壊せたとしても、崩れた雪の下敷きになるよ!?」
結局、埋もれてぺしゃんこだ。
「年増! 防御はどうしたのじゃ!?」
「尻尾であんな物がどうにかなると思いまして?」
徐々に迫り来る隕石雪だま。
「終わった……」
今から逃げることは不可能だ。
かの、バカの素早さ担当なら可能かもしれないけど。
「俺達の負けだ」
「諦めるのはまだ早い!」
叫んだのはルージュ。
「ここはワシがどうにかする!」
「本当か!?」
「うむ。じゃがその代わりに、後でワシに血をチューっとさせるのじゃぞ!」
「わ、分かった」
「ネネネは今口をチューっと」
「それは後で!」
まったくもう、緊張感のない奴だ。
「さてはて、しかしどうしたものかのう」
「どうしたんだよルージュ!」
この窮地にして、このピンチにして、腕を組みながら何かを考え始めている。
ルージュもルージュで、全くもって緊張感がない。
「落ち着けアスタよ……。ふむ、仕方がない。新技といくか」
新技?
「何でもいいけど早く!」
「分かっておる。しかし呪文の名前は決まっておるのじゃが、詠唱の文面がまだ決まっておらんのじゃ」
決まってないって、それって今考えるようなものなの?
もしかして、本当は詠唱とか必要ないんじゃ……?
さっきもラヴにデタラメだとか言われて、図星を突かれた感じだったし。
「どうしたものか」
「な、なぁルージュ、今それって重要なの!? そもそも詠唱は必要なの!?」
「必要じゃし重要じゃ! ちゃんと詠唱せねば気分が高まらんじゃろうが! 高まらんかったら威力も出んぞ!」
気分の問題なの!?
「ま、まぁ詠唱の必要性と重要性は分かった、でも今は時間がないから!」
雪だまはもはや、目と鼻の先。
「だから詠唱は省略ってことでいいんじゃないかな!? ほら、その方が何だか強そうだし!」
「おお、それもよいの」
ポンッと手を打つルージュ。
彼女は再び体からオーラを噴き上がらせながら、雪だまを見上げる。
「詠唱省略――」
そして叫んだ。
「――回帰!!」
すると瞬時に雪だまは炎に包まれる。
本当に隕石になってしまったかのように。
しかし瞬きをした次の瞬間には、その隕石と化した雪だまは、視界から消えていた。
視界どころか、世界からも消えてしまったのかと思うほどに完全に。
「……」
ルージュ以外の全員が、今起こった事象に思考が追いつかず、言葉を失った。
いや、エメラダが無言なのは、いつものことか。
「ど、どうなったの?」
一番最初に口を開いたのはラヴだった。
どうなったのか。
目の前で見ていた俺でも、ルージュが一体何をしたのか、雪だまは一体どこに行ったのか、全く分からなかった。
「回帰じゃ……なに、雪を元の姿に戻しただけじゃよ。一瞬での」
周りの反応が予想以上によかったのか、少し満足げに話し始めるルージュ。
「まあ巡り巡っているゆえ、どれが、どこが、元の姿かいまいち分からんが……ふむ、回帰と言うより、この場合は気化や昇華と言った方が分かりやすいかの?」
「ようは、雪を一瞬で気体にしたと?」
「うむ、そんなところじゃ」
なるほど、それならば突然消えてしまったことにも、説明がつくか。
「さっき年増を蒸発させると言っておった際に思いついた技なのじゃが、思わぬところで活躍したわい」
「ならネネネのおかげですのね、感謝しなさいな」
「たまには役に立つの」
「たま……」
まんざらでもない顔をするなネネネよ、今のはバカにされてるんだぞ。
と言うか、そうなってくるとネネネは後でこの『回帰』なる技を喰らわされることになるわけだ……。
「雪だま一つ消したくらいで勝ったつもり?」
言って、ラブは再び剣を構えた。
「そんなつもりはない。じゃがそちらの作戦は、無かったことにした」
白紙に、戻した。
「確かにね、あなたがそんな魔法を使うのは予想外だったわ。でもそれはそれだけのこと。勝負はまだ終わってない」
「そうじゃな。なら、次はワシのターンじゃ」
ずっとルージュのターンな気がするのは、俺だけだろうか。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




