第佰伍拾漆閑 剣と魔法の雪合戦
「おい、ルージュ。お前何をするつもりだ? まさか魔法を使うつもりじゃ」
「そのまさかじゃ」
「おい! スポーツマンシップはどうした!?」
ルール無用のデスマッチでも、あくまでするのは雪合戦。
スポーツマンシップに則ってするんじゃなかったのか?
「雪合戦に魔法を持ち出すのは、スポーツマンシップに則った行動か!?」
「スポーツマンシップはワシが乗っ取った。はっはっはっは!」
笑い事じゃない。
「ちょっとルージュ、アンタ魔法を使うのはずるいんじゃない?」
魔法を使おうとするルージュに抗議の声を上げるラヴ。
そうだ、言ってやれ。
さすがにそれはやり過ぎだ。
「はっ、よく言うのぉラヴリン。お前さんの剣、さっきからうっすらと魔力を纏っているような気がするのは、ワシだけか?」
「え、本当かラヴ?」
「うっ……そ、それは、えっと……」
あ、本当だ。目を凝らして見てみれば、剣がほのかに金色に輝いている。
ラヴちゃん、お前がやったらダメだろう……。
「さて、異論も反論もなさそうなのでやらせてもらうとするかの。喰らえ」
突如、ルージュの周りには、血のような赤黒い色をした、飴玉ほどの大きさの玉が無数に現れる。
コレはいつぞや風呂で見せた、大量の玉が一斉に降り注ぐあの技か?
確か名前は『雨弾』。
しかしその紅い玉は空中に留まったまま、止まったまま、動かない。
ルージュの周辺に溜まったまま、どこにも飛んで行く気配がない。
それはつまり、ルージュに飛ばす意思がないということだろう。
「どうしたルージュ」
「いやの、雪合戦にしてはいまいち玉が小さいような気がしての」
「まあ確かにな」
見た感じ大きさはまちまちだけど、一番大きなものでもせいぜい五百円玉程度の大きさだ。
野球ボール大の雪だまに比べると、随分見劣りする。
「でもそれがどうしたんだよ」
「コレではいまいち雪合戦感がでんじゃろう?」
剣や魔法を使っている時点で、もう全く雪合戦感はないけど……。
「ちょっと何をやっていますの、早くやってくださいな!」
クゥの投げた高速の雪だまを、辛うじて弾きながらネネネが叫ぶ。
「ルージュ」
「うむ、仕方がない。疲れるがアレをやろう」
「アレ?」
ルージュは言う。不適な笑みを浮かべ。
「古代の付与呪文」
彼女の体から噴出す赤いオーラが、更に勢いを増す。
「自由を求め彷徨う柵に取り憑かれし古の亡霊達よ」
周囲には雪を巻き上げるほどの風が吹き。
「汝等今一度の解放を手にせんとするのであらば」
ユラリユラリと毛は逆立ち。
「ここにその熱き赤き魂の御旗を掲げよ――」
いつの間にか足は地面から離れ、体は宙に。
「――紅玉」
ルージュが呪文を唱え終わった刹那、浮いていた飴玉が大きく膨れ上がった。
その大きさは倍どころではない、どんどん大きくなっていく。
最終的に、口に放り込める飴玉サイズの玉は、口いっぱいに頬張れる、りんごサイズの大きさまで膨らんだ。
「どうなったんだ?」
「今のは魔法に更なる力を付与する魔法じゃよ。どうじゃ、この大きさなら見栄えもよいじゃろう?」
「まあ」
確かに、雪だまと同程度か、それ以上の大きさだし。
「さてラヴリン。これはちと、いや、いと強いでの」
「いつでもかかってきなさい。そんなデタラメな魔法、怖くもなんともないわ」
対抗するように、ラヴも金色のオーラを体全体に纏う。
「デ、デタラメじゃないわい、おぬしが知らんだけじゃろ! もう怒った! 喰らえ!」
――――『琳瑚雨』
言って、ルージュが右腕を突き出したのを皮切りに、数百のリンゴ玉が、青チームに、エメラダに向かって一斉に襲い掛かる。
玉のスピードは、クゥの投げた雪だまなど比べるべくもないほどに速い。
そんなものが一気に……。
しかしラヴもラヴで、目にも留まらぬ速度で剣を振るい、玉の全てを斬り捌いて行く。
ルージュの魔法は、雪だまと同じくクゥにさえ届いていない。
比べるべくもないのは威力もそうなようで、ラヴの剣とルージュの魔法が接触するたびに、そこには小さな爆発が起こる。
「……」
爆発って、アンタ達一体全体何をやってるんですか?
もはや、本当の本当に雪合戦じゃないじゃないですか……。
「どうしたのルージュ? あなたの力はこんなもの?」
ラヴは雪だまを投げられていたときよりも、何だか楽しそうだ。
「ふん、確かに自ら勇者じゃと見得を切るだけのことはある。さすがの強さじゃ」
ルージュも、雪だまを投げていたときよりも楽しそうだ。
「じゃが、それでも少々鈍っておるんじゃないか?」
「どういうこと?」
「はっはっはっは!」
ルージュは突き出していた右手を、今度は天へと突き上げた。
「――――っ!」
ラヴが何かに気付いたように上を向く。
それに釣られて俺も空を見上げると、ラヴ達青チームの頭上に、数十個のリンゴ玉が浮いていた。
「はっ、少しずつあそこに集めておいたのじゃ、それに気付かんとはの」
デタラメと言われたお返しだ、と言わんばかりのルージュの声音。
「くっ――!」
「喰らえ!」
その叫びと共に、溜まって浮いていた数十個のリンゴ玉が固まり。
一つの、バランスボール大の大きな玉に変わる。
「天球!」
そしてその大きな紅い玉は、一直線に、緒を引きながら高速でエメラダに向かって落下していく。
もしあの玉も、リンゴ玉と同じく爆発するのだとしたら……おいおい。
「師匠!」
ラヴは襲い掛かってくるリンゴ玉を捌くので手一杯、その場に立ち止まったままエメラダに向かって叫ぶ。
しかし爆発音のせいで聞こえていないのか、それともラヴの声などには聞く耳を持っていないのか、エメラダは作業の手を止めようとはしない。
自分の背丈よりも大きくなった雪だまを、少し重たそうに転がしている。
玉はエメラダに迫る。
「はっはっはっは!」
ルージュは次々と新たなリンゴ玉をラヴにけしかけつつ、悪巧みを隠そうともせず大笑い。
しかしこれも爆発音のせいで聞こえていないのか、それともルージュのことなど意に介していないのか、やはりエメラダは作業を止めようとはしない。
自分の体重よりも余裕で重たくなっているであろう雪だまを、全身を使って転がしている。
玉はどんどんエメラダに迫る。
そしてとうとう当たる――
目を覆った。
がしかし、指の隙間から見えたエメラダは、畑作業のとき同様、高速で落下してくる大きな紅い玉を見ることもなく、片手で、いとも簡単に明後日の方向へと弾き飛ばした。
その手には緑色のオーラを纏って。
「なん……じゃと……」
ルージュは驚愕のあまり、攻撃するのを忘れていた。
「師匠、大丈夫ですか?」
一方、攻撃された張本人であるエメラダはと言えば。
「……問題ない」
もはや『……何が?』と言い出してもおかしくないほどの、動揺のなさだ。
「信じられん……あやつの力がとんでもないことは、今までの経験上承知のこと。じゃから琳瑚雨では倒せんじゃろうと、もう一段上の魔法を使ったというのに……あれをもいとも簡単に」
ちゅーかそんなことよりも、間に合んかった……とルージュは呟いた。
何がかと思って青チームの方に視線を移して
「まじかよ」
思わず声が漏れる。
「……完成」
エメラダの転がしていた雪だまは、それこそ信じられないほどの大きさになっていた。
飴玉が、リンゴ玉に膨れ上がったことに驚いている場合じゃない。
雪だまが、雪だるまどころか、ちょっとした雪山になってしまっていた。
「さぁてアンタ達、次はこっちのターンよ!」
まずい……。
今日も読んでいただき、本当にありがとうございました。




