第拾参閑 ゲイルがいる
その後俺は何とかネネネの愛を割き、一人でラヴのいる厨房へ。
城の構造はもう大体覚えたのでもう一人でも大丈夫だ。
厨房の扉を開けると、見えたのはラヴの後姿。
「ラヴちょっと聞きたいことがあるんだけど」
彼女の背中にそう投げかけてみたが、ピクリとも動かない。
聞こえてないのか?
「ラヴ」
ん? 何かに集中してるのか?
仕方ないので彼女に近づく。
「なあラ――」
「きゃあっ!」
「ひいっ」
近づいて肩を叩こうとした瞬間、ラブが繰り出したナイフの一撃が、俺の頬をかすめる。
「ま、魔王何してるのよ」
「いや、何って……」
話しかけようとしただけなんですけど。
「あ、血が出てるわ」
「血?」
「ちょっと待ってて、救急車取ってくるから」
そう言って厨房を飛び出していくラヴ。
救急車?
そんな『ちょっと表に車回してくるわ』みたいなノリで救急車取りに行かれても。
大体この世界に救急車あるの?
取ってきてね本当に。
「イテ、イテテテテ」
ラヴが取ってきたのはもちろん救急車ではなく、よく分からない箱。
その箱の中の茶色いビンに入った、これまたよく分からない液体を布につけて、俺の頬にグリグリ当てるラヴ。
まあ『やくそう』とか飲まされるよりはいいのかもしれないけど、回復魔法とかないんだろうか。
「悪かったわよ、ごめんなさい」
ぶーぶーと不満げな顔をしながら処置をしてくれる。
布についた魔王の血は、緑でも青でもなく、人間と一緒で赤かった。
「でもあなたも悪いのよ? 急に近づいたりするから」
「いや何回も呼んだんだけどね。まあ今度から気をつけるよ」
殺されたくはない。
「そんなに集中して何してたんだよ」
「……料理、毎日食べるものだから少しでもおいしくしようと思って練習してたの。はい、おしまい」
恥ずかしさを紛らわすように、急いで救急箱を片付けるラヴ。
「アンタこそどうしてこんなところに来たのよ」
「ラヴなら農業のこととか何か知ってるかなと思って聞きに来たんだよ」
「それは私が田舎者だって言いたいの?」
「いや違うって、勇者様なら何か知ってるんじゃないかと思っただけだよ」
俺がそう言うとなにやら思案顔になるラヴ。
「確かに昔からいろいろなことを教わってきたわ」
お! 読みがあたったか?
「でもさすがに農業については教わらなかったわ」
「そっか……」
「悪かったわね力になれなくて」
「ん、いや、ありがとう……」
んー仕方ない、こうなったら村の人に聞こう。
正直結局村人に頼るのは少し気が引けるが。俺が近づいたらやっぱり怖いだろうし。
ラヴに頼んでもらうにしても、認識としては既に魔王の仲間みたいなものだろうし。
まあまだ倉庫に食料はあるんだ、しばらくはそれで持つだろうから、焦らずにいこう。
そう考え、仕方なく畑に戻ろうとしたそのときだった。
「まっ魔王様!!」
大きな音を立てて扉が開かれる。
そして緊急事態といわんばかりの形相で厨房へ入ってくる男。
新キャラじゃない。
村の人。
村の男。
ゲイル・サンダークラップだ。
「どうしたそんなに慌てて、何かあったのか!?」
「いえ、普通に報告に参りました。普通ですよ、ふ・つ・う」
本当にいちいちムカつくやつだな、村人にしてよかったよ。
「じゃあどうしてそんなに慌ててるんだよ」
「少しやってみたかったもので、少しやってみたかったもので」
大切なことだったんですね……。
「よしじゃあひとまず集まろうか、俺はネネネを呼んでくるよ」
「あ、じゃあ少し早いけどお昼ご飯食べながらにしましょうよ」
「勇者よそれは私のもあるのか!?」
「うん、試作品でいっぱい作っちゃったからあるわよ」
ラヴの示す先には机いっぱいに所狭しと並べられた、料理が。
あの……食料大切にしようねラヴ。
「ありがたい、恩にきります勇者様!」
そう言って深々と頭を下げるゲイル。
こいつ俺より、ラヴの方に敬意を払ってるように見えるんだけど。
あくまでも魔王配下の四天王でしょ君?
もしかして勇者に俺を倒させて、その後自分が魔王になったときのために、仲良くしとこうってか?




