第佰伍拾伍閑 いざ開戦!
「さて、準備はよいな?」
「ええ、万端よ」
準備時間が終了して間もなく、再び決戦の地にて向かい合う、俺・ネネネ・ルージュの赤チームと、ラヴ・エメラダ・クゥの青チーム。
「今からワシが雪だまを一つ、上へと放る」
進行はもちろんルージュ。
こと遊びにおいて、彼女の右に出るものはいない。
「そのたまの地面への落下を、試合開始の合図とする。何か問題は?」
ルージュは青チームに、主にラヴに向かってそう投げかけた。
「ないわ」
何か物を投げて、それの落下と同時に試合開始。
審判がいないとなると、その方法が一番妥当で平等な手法だろう。
言っても雪合戦、使用するのはたまはたまでも雪だまだ。
映画なんかでよく見る、ガンマンの決闘みたいに早撃ちの一発で勝負が決まるわけではないのだから、別に誰かの掛け声で試合開始でも、全然問題ないと思うけど。
「うむ」
ラヴの返答を受けると、ルージュは自陣に転がっている、さっきネネネが作った雪だまの一つを手に取った。
自陣と言っても、明確なラインがあったりするわけではないけど。
それにしても、ネネネの謎のたま作製能力のおかげで、俺達赤チームの陣地には大量の雪だまが転がっている。
「搾せ――」
「黙るんだネネネ」
しかし一方の青チームの陣地にはと言うと。
作戦を立てるのにでも時間を割いたのか、雪だまはポツポツと数えられる程度しか見当らない。
「さくせ――」
「黙れって言ってるだろう!」
「あらまおーさま、ネネネはただ“さくせん”と言おうとしただけですのに」
「え?」
「なぜ止めたんですの?」
「なぜって」
「なにを想像したんですの?」
「なにって」
「ナ・ニ・を?」
ネネネは引っ掛かったと言わんばかりに悪戯な笑みを浮かべ、悪魔然とした黒い矢印尻尾で俺の頬を撫でる。
「おい年増、こんな所で発情するなと言っておるじゃろうが! 本当に蒸発させてしまうぞ!」
「だからやれるものならやってみなさいな!」
「やってやるわい! じゃがそれは後、今は雪合戦じゃっ!」
言って、ルージュは持っていた雪だまを、可愛らしく下投げで、真上へと放り投げた。
「ねぇまおーさま」
「ネネネ、その話は後にしよう。な?」
人間が己の力だけで物を投げ上げて飛ばせる高さなんて、たかが知れている。
せいぜい目視できる範囲が限界だろう。
それは人型であっても人ではない、吸血鬼でも同じらしく。
まあ魔力を使えば変わるんだろうけど。
とにかく――
「もう雪合戦始まるから、今はそっちに集中しよう?」
「チュウしよう?」
「違う!」
「誓う? 分かりました、ではネネネに誓いのキスを」
「しない!」
「したい!」
――ルージュの投げた雪だまは、そんなことを言っている間にも落下を開始し。
そして地面へと落ちた。
試合が始まった。
と思った瞬間だった。
ネネネに腕を掴まれて身動きが取れなくなっている俺の頬に、白い何かがカスった。
いや、雪合戦をしているのだから、その“白い何か”はもちろん雪だまなんだろうけど。
「あらまおーさま、精――」
「雪だま!」
雪だまなんだろうけど。
おかしい。
冷たい雪だまがカスッたはずなのに、俺は“冷たい”じゃなくて“熱い”と感じていた。
「……」
頬に触れると、手にはうっすらと血が……。
雪だまが飛んできた方向、青チームの方を見る。
「あららミスっちゃったのだ、カスっただけだったのだ」
どうやら今のはクゥが投げたたま。
「……」
エメラダとネネネにばかり気を取られて、あいつのことを忘れてしまっていた。
畑作業のときにあいつが見せた、あの超弩級の超速球を忘れてしまっていた。
「今度はちゃんと狙いを定めて放るのよ」
「分かったのだ! 今度はちゃんと狙いを定めて葬るのだ!」
そんな、ラヴとクゥのとてつもなく物騒な会話が聞こえてくる。
「ちょっと待て! 葬るって何!?」
「どうしたのだアシュタ」
「どうしたのだ、じゃない! 危ないだろう!」
カスッただけでも出血するようなたま、まともにヒットしたらどうするんだ。
まさにデッドボールだよ。
――早撃ちの一発で勝負が決まるわけではない。
そんな考えは、改めないと。
しかしあれだ、これはラヴが怒って当然だ。怒るべき相手を間違えているけど。犯人はお前のすぐ傍にいるけど。
と言うか、後頭部に直撃して、よくスプラッターなことにならなかったな。
そこはさすが勇者と言うべきか。
「これアスタよ、その程度のことでうろたえるでない。何度も言っておるじゃろう、これはルール無用のデスマッチじゃと」
「いや、そうだけど。その程度ってさ」
流血沙汰ですよ?
正気の沙汰ですか?
「そんなことより、既に試合は開始しておるのじゃ、おぬしらも早く攻撃をせい」
ルージュは喋りつつも、転がっている雪だまを拾って、それを矢継ぎ早に敵チームへと投擲する。
「ルージュの言うとおりよ魔王、これはルール無用のデスマッチ」
ラヴはそう言いながら、なぜか腰の剣を引き抜く。
「ちょ、ちょっと待ってラヴ。それで何を……」
「安心しなさい。いくらルール無用だからと言って、デスマッチだからと言って、剣で直接攻撃することはないわ。それはスポーツマンシップに反するもの」
「なら一体何に――」
使うのかと思えば
「こうするのよっ」
彼女はその剣で、ルージュの投げた雪だまを粉々に破壊した。
「ほう、やるのぉラヴリン」
「みくびらないで、ワタシは勇者よ。これくらいどうってことないわ」
そしてチームメイトのエメラダとクゥを庇うように、一歩前に出る。
なるほど。
「つまりラヴ、お前は壁と」
「だ、誰が壁よ! 少しの凹凸くらいあるわよ!」
いや、別にお胸のお話しをしているわけじゃないんだけど……。
「そうじゃなくてだな、えーっとバリアなんだなってことだよ」
「何!? 私の体が凹凸なしだって言いたいわけ!?」
どうしてそうなる……。
「いやいや、そうじゃ――」
「もう許さない」
えっ!? 今の俺が悪いの?
とんでもない誤解じゃないか。
誤解と言うか、もうそれは付会だよ。
「アンタ達赤チーム、いいえ、バカチームには絶対に負けない! さあクゥニャ、攻撃よ!」
「砲撃なのだ!」
何だかよく分からないけど……まあいいや。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




