第佰伍拾肆閑 開戦準備!?
「よし、チームはこれで決まりじゃの」
決戦の場にルージュの声が響く。
ここはもちろん魔王城の庭。
エメラダの畑から少し場所を移した、広く平らで、雪の豊富なここが決戦の地として選ばれた。
そんな一面雪に覆われ真っ白な庭で、二チームに分かれて向き合う俺達。
城の住人は六人なので、一チームの人数はもちろん三人。
「うん。えっと、じゃあまず赤チームな――」
人数も少なく間違えようもないと思うけど、一応の確認のため名前を呼んでいく。
俺擁する赤チームのメンバーは、予想通りネネネとルージュだ。
なかなか不安のある……いや、不安しかないメンバーである。
「――で、青チームが――」
そしてラヴ擁する青チームのメンバーが、エメラダとクゥ。
確実に勝ちに行くのならエメラダが欲しかったところだけど。
ただまあこちらには何をしでかすか分からない、秘密兵器ネネネもいるからなぁ。
結局誰がチームでも変わらなさそうだ。
誰がチームでも、問題である……。問題がある……。
「それでルージュ。詳しいルールはどうする?」
何でも雪合戦には本格的なルールがあると聞いたことがあるけど、俺はそれについて一切知らない。
「ルールなど無用。やるかやられるかのデスマッチじゃ」
ヤルかヤラれるかのデスエッチ、ス・テ・キ。
などと言っているネネネはとりあえず無視して。
「それはどうすれば勝ちで、どうすれば負けなわけ?」
「そんなの決まっておる、相手を再起不能にすれば勝ち、再起不能にされれば負けじゃ」
それでよいの? ラヴリン。
そんなルージュの問いかけに、もちろん、と返事をするラヴ。
「魔王、アンタなんて一瞬で再起不能にしてあげるわ」
おいおいルージュちゃんよ、公平を期すためとか言って、わざわざ俺とラヴの決着に雪合戦を選んだ意味はあるのかい……?
「ネネネも、まおーさまを○起不能にしてあげますの!」
「……」
「どうしたのじゃアスタ、そんな心配そうな顔をして」
「心配そうなんじゃなくて心配なんだよ」
……色んな意味で。
「まあ安心せい、合戦と言ってもするのはあくまで雪合戦。スポーツマンシップに則ってするのじゃから」
勝敗が再起不能で決まるような、ルール無用のデスマッチにおけるスポーツマンシップって何ですか?
それのどこが雪合戦だ!
そんなの雪の合戦じゃなくて、本気の合戦じゃないか!
たとえ“雪合戦”だったとしても漢字は“逝き合戦”だよ!
「さて、試合の開始じゃが――」
俺のことなどそっちのけで、スムーズに話を進めるルージュ。
「――今から約十分ほど、試合をするための準備時間を取ろうと思う。その間は作戦を立ててもよし、防壁を建ててもよし、寝息をたててもよし」
もう寝てしまいたい、もう眠ってしまいたいよ俺は。
「とにかく、その間は敵に危害や妨害を加えなければ何をしてもOK。もちろん先にたまを作っておくのでも、動きやすいように足場を固めるのでもじゃ」
「分かったわ」
ラヴが首肯するのを確認すると、ルージュもうむ、と頷く。
「それでは一旦解散じゃ」
そしてその掛け声をもって、俺達青チームとラヴ達青チームは背を向け、互いに互いの反対に歩き出した。
「で、開始までの間何をする?」
ラヴ達青チームから距離をとった後、雪の上にしゃがみ込んで、声をひそめて会話をする俺達赤チーム。
なにせ向こうのチームにはケモ耳クゥにゃんがいるのだ。
普通の大きさの声で喋っていたら、向こう側に内容が筒抜けになってしまう可能性がある。
まあ聞こえてしまったとしても、クゥがしっかりその内容を周りに伝えられるかは分からないし、そもそも聞かれて困るような内容の会話を、こちら側が出来るかどうかも疑問だけど。
まじめな話どころか、まともな話も出来るかどうか……。
「作戦を立てるか?」
「今からするのはルール無用のデスマッチ。作戦など不要じゃ」
反応したのはルージュだけだった。
ネネネはと言えば、口を閉ざし、じっと一点だけを見つめていた。
その一点と言うのが、俺の下半身でなければ少しはよかったのだけど……。
「じゃあ、防壁でも建てる?」
「今からするのはルール無用のデスマッチ。防壁など無要じゃ」
「じゃあ寝息をたてる?」
「今からするのはルール無用のデスマッチ。寝息など許容できん」
いや、寝息をたててもいいと言ったのは、どこのどいつだ。
「じゃあどうする?」
「まおーさま、ネネネに一つ考えがありますの」
珍しく真剣な様子のネネネだったが、その視線は未だに俺の下半身に注がれている。
「何だ? 嫌な予感しかしないけど、一応言ってみてくれ」
「まおーさまの下半身を勃てる」
そっと俺の下半身に手を伸ばす彼女。
「却下だ」
「どうしてですの!?」
「どうしてもこうしてもあるか! その行為に一体何の意味がある!?」
雪合戦をするに当たっての準備時間に、どうしてそんなことをしなければいけないんだ。
「だってまおーさま、このイキ合戦は相手の○起不能が勝利条件ですのよ? となれば試合開始後、すぐにコトに及べるよう準備しておくのは当たり前ですの」
「おかしいよね!? 色々おかしいよね!?」
「何もおかしくありませんの」
「おかし――」
「くありませんの」
むう……いつになく頑なだな。
「かたくな~あれ」
「触るなって! もう……分かった百歩譲っておかしくないとしよう。でもルージュが言ってただろう? この準備時間は『敵に危害や妨害を加えなければ何をしてもOK』って」
何をしてもいいけど、危害や妨害を加えてはいけないのだ。
つまり俺の下半身に触るという行為は、下半身どころかルールにも抵触することになる。
そもそも敵ではないんだけどね……。
「ええ言ってましたわね、『素敵な棒を咥えなければナニをしてもOK』と。だから今は、下のお口にも上のお口にも、咥えはしませんの。手でこう、ちょちょいと」
「違うよね!? 色々違うよね!?」
文字を勝手に変換するな! 文を勝手に改変するな!
「さあまおーさま、間違いを犯しま――」
「幼女に踏まれるという栄光!!」
「――ぎゃんっ」
俺の下半身に手を伸ばしていたネネネの顔面に、ルージュの炎を纏ったライ○ーキックが炸裂。
静かだと思ったら、ルージュはどうやら助走距離を取っていたらしい。
「このババア! 何をしますの!?」
「黙れ年増。こんな所で発情するでない、蒸発させてしまうぞ」
「キィィィィ! やれるものならやってみなさいな!」
「おおやってやるとも」
ああもう……まったくもうまったくもう。
やっぱりこいつらとまじめな会話が、まともな会話が出来るはずもなかったんだ。
「あのさ二人とも。とりあえずたまを作ろう?」
「あら、何だかんだ言ってまおーさまもその気ではありませんの」
「なぜ下半身に手を伸ばすの?」
「え? だってまおーさまが“とりあえずたまを掴もう”と仰って――」
「ない。仰ってないよ!?」
まおーさまはそんなこと一言も仰ってないよ!
「俺が言ってるのは、雪合戦のために、先に雪のたまを用意しておこうってことだ」
「ああ、そう言うことでしたの」
そう言うことですよ、そう言うことでしかないですよ。
「たまのことなら、ネネネに任せてくださいな」
言って、ネネネは雪を手に取り、固め、雪だまを作っていく。
しかも恐ろしいスピードで。
瞬く間に作り上げ、積み上げていく。
いつの間にか俺達の周りは、野球ボール大の雪だまで溢れ返っていた。
「まぁ、たまがこんなにたくさん。ネネネ嬉しすぎて胸がオッパイですの」
嬉しくなくとも胸はおっぱいだよ。
「まったく、果てしなく無駄な能力じゃな……」
「うん……」
果てしないし、はしたない。
まあそれが、彼女の魅力でもあるのかもしれないけど。
本当に、どうしてこいつは、下ネタ方面のことになると途端に能力値が上昇するのだろう。
上昇したところで、言ってることもやってることも、やっぱり低レベルなんだけど。
「はいまおーさま、たまが二つでたまたま」
「う、うん」
とか、そんな感じで。
作戦を立てることもなく、防壁を建てることもなく、寝息をたてることもなく。
騒ぎ立てただけで、俺達赤チームの準備時間は終わった。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




