第佰伍拾閑 『まず……雪どけ』
「よし、まずは雪どけだ」
いつの間にか畑の傍に建っていた納屋。
そこから取ってきたシャベルで、いざ作業を開始しようとすると
「待つのだアシュタ。落ち着くのだ」
クゥの手が、肩にポンと置かれる。
「どうした?」
「まずは雪融けを待つのだ」
突然何を言い出すんだこの犬は。
それならなぜお前はシャベルを担いでいるんだ……。
「クゥちゃん、エメラダはそんなことを言ってたかな?」
さっき指示を受けたときは確か『まず……雪どけ』と言っていたと思うのだけど。
現にラヴとエメラダは、既にせっせと雪をどけ始めているし。
「言ってたのだ」
「嘘をつけ!」
確かに雪をどけるより雪融けを待つ方が楽だけど、そんなものを待っていたら野菜がだめになってしまう。
「嘘じゃないのだ! 本当に言ってたのだ! 『待つ……雪融け』って」
「惜しい!」
惜しいけど、違う。
「おかしいのだ?」
「うん、おかしい。エメラダが言ってたのは『待つ……雪融け』じゃなくて『まず……雪どけ』だ」
「雪どけ?」
「そう、雪掻きのこと」
まずはビニールトンネルの上に積もった雪を端にどけて、野菜が見えるようにするのだと、クゥに説明してやる。
すると彼女は
「分かったのだ!」
と言って、持っていたシャベルを放り投げた。
「え、あ、あの、クゥ?」
そして腰を落とし少しお尻を上げると、ここ掘れワンワンよろしく、素手で、文字どおり雪を掻き始めた。
「どうしたのだ、アシュタも早くするのだ!」
「え……あ、うん」
まあクゥがそれでいいのならいいか。
勢いは、さながら除雪機だし。
と言うわけで、俺も雪掻きを始める。
もちろん素手ではなく、シャベルで。
「よいしょっと」
黙々と作業を続けること数十分。
「ひやぁ……これはなかなかキツイな……」
雪国の人は大変だ。
一軒家程の大きさのドラゴンを、簡単に運べるくらいに力がある今の俺。
だから雪の重みなど大したことじゃない。
足腰が痛くなったり、腕がだるくなることはない。
「そうね……」
シャベルを雪に突き刺し、ため息をついて辺りを見渡すラヴ。
彼女も彼女で、毎日のように鉄の塊である剣を振るっているのだ、だから体力的には何も問題ないだろう。
ただ……。
「全然なくならないわ」
そう、それが精神的にキツイのである。
少しどけてもなくならない、どけてもどけても雪。
雪、雪、雪、雪。
雷が混じっていたところで、気付かないほどの雪。
いや、これもこれで意味が分からないけど。
とにかく雪だらけ。
茶色い大地が恋しい……。
クゥはそれでもまだ楽しそうに、ここ掘れワンワンしてるけど。
「そうだクゥ、ルージュは?」
体が小さいから雪はどかせなくても、炎が出せるし、雪を融かせるんじゃないだろうか。
「ルージュねーさんなら、向こうでネネねーちゃんと暴れてるのだ」
「ああそう……」
遊んでるんじゃなくて、暴れてるのね。
「必要なら、ボクが呼んできてあげてもいいのだ」
「いや、いい。遠慮しておくよ」
「どうしてなのだ?」
「だってお前、向こう行ったら戻ってこないだろ?」
一緒になって暴れ出すに、遊び出すに違いない。
「うーん……その可能性も考慮した方がいいのだ」
考慮したから遠慮すると言ったんだよ……。
猫の手でも借りたい状況なのに、実際犬の手を借りている状況なのに、これ以上人手が減っては困る。
「まあいいや。このまま作業を続けよう」
それによくよく考えると、炎を使って雪が溶けるのはいいとして、近くで炎を使えば、塩害ならぬ炎害で、野菜を傷める可能性もあるし。
大体手伝うと決めたのだ、楽をしようとするのはやめよう。
文字数少なくてごめんなさい。
今日も読んでいただき、本当にありがとうございました。




