第佰肆拾肆閑 本より本物
「で? ルージュはこんな所で何を?」
まさかあのルージュが、本を読みに来た、何てことはあるまい。
「隠れておるのじゃよ。年増と毛玉と、かくれんぼをしとってな」
ああ、そう言えばそんなことを言ってたっけ。
「それにしてもあれじゃの、かくれんぼもなかなか疲れる遊びじゃの」
「そうか?」
探す方はそれなりに動くとしても、隠れる方なんて休憩時間みたいなものだろうに。
「見つからぬように逃げるのは、なかなか骨を折るわい」
「え? 逃げてるの? かくれんぼをしてるんだよな?」
「そうじゃよ?」
「ならどうして逃げてるんだよ」
俺の記憶が正しければだけど。
かくれんぼは逃げる遊びじゃなくて、隠れる遊びだったと思うのだけど。
「じゃってのアスタ、相手はあの毛玉じゃぞ? 年増ならいざ知らず。あやつは人並みっちゅーか魔人並み外れた嗅覚と聴覚を持っておる。一つ所に留まれば、立ち所に見つかってしまうわい」
なるほど確かに。
クゥのあの耳もそして尻尾も、ただの飾りではない。
人型で、魔物ではなく魔者だったとしても、正真正銘の獣なのだ。
ルージュはたまに、毛者言っているが。
とにかくそんなわけで、感度は抜群なのだ。
感度が抜群とか言うと、何だか語弊があるかもしれないけど。誤解をうむかもしれないけど。
ただだからと言って遊ぶに当たって、その獣並みのクゥをのけ者にしない辺り、彼女の優しさである。
「ただの毛の癖に、卑怯じゃ」
ルージュは、ケッ、と駄洒落なのか何なのか、そんな風に悪態をついた。
相変わらず、中がいいのか悪いのか……。
そういえば、吸血鬼の本で思い出したけど。
吸血鬼と狼が味方として描かれている作品を、いくつか見たことがあるような気がするんだけどな。
狼は吸血鬼のしもべだとか、そもそも吸血鬼は狼になれるだとか。
いや、でも、吸血鬼と狼が対立しているお話もあったっけ。
人狼が吸血鬼を退治する、みたいな。
そうなってくると、今のルージュとクゥの仲が良いのだか悪いのだか分からない関係は、あながち間違ってもいないのか?
いやいや、関係に間違いや正解なんてないけど。
それに作品の吸血鬼と狼が敵であろうと味方であろうと、今の彼女たちには何も関係ないことだし。
大体クゥは狼じゃなくてケルベロスだったな。
これもトリとコウモリと同じ、似て非なるもの。
……なのか?
狼も元は大神だとか言われてるし、ケルベロスは悪魔だし。
神と悪魔で、存在的にはそれなりに近いもののような気がするんだけど。
とか、そんなことを考えていると、俺のほぼ真正面に見えている、書庫の扉の片方がゆっくりと開く。
隙間からひょっこりと顔を出したのは、噂をすれば何とやら、クゥだった。
いや、噂をしたから影が差したと言うより、ピクピク動くあの耳と、ヒクヒク動くあの鼻からして、既にルージュの声を聞きつけたのか、それともルージュの香りを嗅ぎつけたのか、はたまたその両方か。
まあ何にしろ、クゥがルージュの発見まで漕ぎつけたのは確かだ。
見つかってしまったなルージュちゃんよ。
「アシュタ! ルージュねーさんは!?」
クゥは俺に気付くと、その場から大声でそんなことを言う。
一応書庫なんだから静かにしようとか、そんなマナーは今はいいとして
「え? ルージュならここに」
言いながら視線を自分の腹の方に向けるも、そこに吸血鬼の姿はなかった。いなかった。
「あれ? ……え?」
その代わりに、俺の腹が幼女一人分くらいの大きさに、巨大化していた。
「あ……」
いた。俺の服の中にいた。
「ここにはおらんと言え」
服の中から、小さな声でルージュは言う。
やれやれ。
「ここにはいないんじゃないかな」
ただこんな嘘をついたところで、声や匂いをたどってきたのなら、もうバレバレだろう。
そう思ったがしかし
「わかったのだ!」
クゥは俺の言葉を一切疑うことなくそう言って、扉を閉めた。
「……」
「いやはや、あの毛玉は本当に単純じゃのう」
「純粋と言ってくれ」
クゥが去ったのを確認すると、もぞもぞも服の中から出てくるルージュ。
「ま、そのおかげで見つからずに済んだがの」
「俺はそのおかげで罪悪感でいっぱいだよ」
あの純粋な生き物に嘘をついてしまうなんて。
疑われた方が、まだましだ。
「罪悪感のぉ……まあ、泥棒の片棒を担いだみたいなものじゃからの」
「泥棒って、俺は何も盗んでないよ」
「嘘つきは泥棒の始まりと言うじゃろうが」
「そうだけど」
それは“嘘つき=泥棒”なんじゃなくて、“嘘つき→泥棒”だろう。
嘘をつくような奴は泥棒もするようになるとか何とか。
「のうアスタ、嘘つきは何を盗むんじゃろうな? 心かの?」
「ル○ンか、とっつぁんか……でもそれはまあ、そうなんじゃないか? 合ってると思うよ」
“嘘つきは泥棒の始まり”という言葉の意味は、間違っていたとしても。
「ま、何でもいいわい」
言って、彼女はだらんと俺にもたれかかる。
「そんなことより、これはなかなかよい戦法じゃの」
「服の中に潜るのがか?」
「そうじゃ。体も匂いも隠せる」
「確かにな。でもそれなら、影の中に潜った方がいいんじゃないか?」
「それは反則じゃ。絶対に見つけられん」
そこら辺は、しっかりルールを守っているらしい。
「ちゅーか、見つけてもらえん……」
それもそうだ。
「もう逃げ回るのも疲れた。この戦法で、見つかるまでここで休憩じゃ。鬼の居ぬ間にならぬ、犬の居ぬ間に洗濯じゃの」
「鬼でも正解だけどな」
かくれんぼの鬼なのだから。
「と言うか、それは見つかるまで俺も付き合うということですか?」
「そういうことになるの。何じゃ、ワシに付き合うのは嫌か?」
「いいや、そんなわけないだろ? 最後まで付き合わさせていただくよ。ただ、その代わりと言うわけじゃないけど、見つかるまでルージュの過去の話を聞かせてくれないか?」
「ほう、過去の話を?」
「そう。絵本で知るよりいいかなって。嫌なら、無理にとは言わないけど」
「別に構わんよ」
彼女は即答した。
「さっきも言ったじゃろう、おぬしらになら、何を知られてもよいと」
ら。
ね。
「暇つぶしにもなるじゃろうし。それにアスタの言うとおり、どうせ知るなら、本より本人からの方がよいじゃろうしな」
そう言うと、彼女は俺が持っていた絵本を手から取り上げ、脇に置いた。




