第佰肆拾壱閑 アン ハッピーニューイヤー
ところ変わらず食事の間。
ところ構わず盛りの付いたネネネと、常夏のように明るいクゥは去り、顔の所々に机の痕が付いたラヴと二人、こたつでポカポカ。
俺はやっとこさパンを一口かじる。
ラヴは相変わらずのタレ具合。
これまた例の歌の、ネコはこたつで丸くなるというのも本当だったらしい。
いや、ラヴはネコと言うよりヒョウなのか。豹であり雹なのか。
「おいラヴ、お前タレ過ぎだろう」
ほっぺじゃなくて、胸を垂らした方がいいんじゃないのか?
女豹にしては、体がアレだ。
いや、胸も胸で、タレたらダメなのか。
垂らすんじゃなくて、足さないと。
「魔王、アンタはヘタレ過ぎよ」
何の悪口だ! 何の悪口だ!?
今はそんなにヘタレてないよ!
「と言うかアンタ、また失礼なこと考えてなかった?」
「か、考えてないよーははははー」
「本当かしら」
「ほ、本当だって」
ぷくーっと膨れたほっぺたは、さながら七輪の上の、弾ける寸前の餅だ。
「まったく、頬じゃなくて胸を膨らました方が……って、おっと……」
失言だった。
失礼な、失言だった。
「……死ぬ?」
と、餅が、爆発をした。
「ひぃっ!!」
次の瞬間。俺の目の前、俺が作ったこたつ机にズドンッと、勇者の剣が突き刺さる。
「ごめんなさいごめんなさい! って、お、お前……せっかく俺が作ったこたつに何てことを……」
「知らないわよ! 自業自得でしょ!」
確かにそうだ……。
「そうだけど……」
「ふんっ、また作ればいいじゃない」
また作ればいいじゃないって……なんて奴だ、慣れないことして結構大変だったんだぞ?
「それにしても魔王、アンタよくこんなもの思いついたわね」
既にいつもどおりの様子のラヴ。
爆発した餅は、すぐにしぼむのである。
「いや……」
別に俺が思いついたわけではないのだけど。
誰が思いついたのかは知らないけど、とにかく、ただ偉大な先人の知恵をお借りしたに過ぎないのだけど。
まあいっか、この世界では俺が発案者で初案者なのだし。
「そうだろそうだろ、凄いだろ? どうだ、少しは見直したか?」
「ま、まあ、少しだけね」
「じゃあスキに――」
「なっ、はぁ!? ならないわよ!」
「じゃあキスを――」
「し! な! い!」
「じゃあ一体何をしてくれるって言うんだ!?」
「何もしないわよ!」
なん……だと……?
「大体ねぇ『よくぞ作ってくれたわね』って気持ちもあるけど、『よくも作ってくれたわね』って気持ちもあるの! どうしてくれるの? このこたつのせいで、日常生活に支障を来たしてるじゃない!」
いやいや……それはただの言いがかりだろう。
「そうなってしまったのは、お前の意思のせいだろ?」
騎士としての意思が足りないからだ。
お前の騎士道がたがたじゃねえか。
意思じゃなくて、石だらけだよ!
乳も足りない、意思も足りない。
どうしようもないよ。
「分かってるわよ……分かってるけど、一度入ったらなかなか出られないし……。はぁあ、そろそろちゃんとしたご飯作らないと……」
ため息を吐いて、机に突っ伏すラヴ。
確かに彼女の言うとおり、こたつは、日常生活に多大な影響を与えている。
今朝もそうだったけど、最近は、こたつから出て寒い厨房に立つ時間を減らしたいといった理由から、朝・昼・晩の三食、全て手抜き料理なのだ。
エメラダが作ると言ってはいるが、ラヴが師匠にはやらせられないと、とりあえず頑張って作るのである。
まあ手抜きだろうと作ってくれるだけ十分ありがたいし、それに手抜きであったとしても、料理は十分においしいのだけど。
「ねぇ魔王」
「ん?」
「今日、何が食べたい?」
何でもいい。
そう言いかけて、慌ててその言葉を飲み込んだ。
この問いに対してその回答は、決してしていけない。
母にもそれでよく怒られた。
いわく、何でもいいが一番困るらしい。
そう言われてもね……。
そう言えばいつだったか、逸花に何が食べたいかと尋ねられたとき、『何でもいい』と答えたら、まさかまさかの“ナン”を大量に、“ナン”だけを大量に出されたことがあったっけ。
誰が『ナンでもいい』と言った……。
そりゃ『はいたっくん、ナンだよー、あーん。なーんちゃって』とか、そんな素晴らしい返しをされたときには、結構胸が高まったりしちゃったけど。
その後何の味もしない、ナンの味しかしないそれを、口がパサパサになりながら食べるの超きつかったよ。
それはもう『ナンじゃなくて難だよ!』ってツッコんじゃうくらい。
ふむ……だからと言って、しっかり○○が食べたいと答えたところで、そんなものは作れないとか言われたり。
なら最初からコレとコレが作れるけど、どっちが食べたい? と尋ねてくれればいいのにと何度思ったことか。
ただ作って貰っている側だから、なかなか文句も言えないし。
だから俺はこの問いに対する対処法を考えた。
有効な答えはこうだ。
何が作れるのかを聞き返す。
それか、尋ねてきた人自身は、今ならラヴは、何を食べたいのかを聞き返す。
まあ他にも色々と考えたが、主なものはこんな感じだ。
ただ今の状況では、今の城の状況では、一つ目の答えは使えそうにない。
下の町やエメラダの畑といった立派な環境が揃っているおかげで、今、城の食料庫には、季節限定のものなど一部の食材を除いて、大概の食材は備蓄されている。
『何が作れるのか』と聞いたところで、大概の食材があるのだから、『大体のものは作れる』と返ってくるのが落ちだろう。
ならこの場合、何を食べたいかを聞き返す方がよさそうだな。
「ねぇ、聞いてるの? 魔王。今日、何が食べたいって」
「ラヴ」
「え?」
「ラヴが食べたい」
「――っ!? ど、どど、どういうこと!? 意味が分からないわよ! それに私は食べられないし!」
「本当だ! まだ果実が実ってない!」
「……死ね」
彼女はこたつから飛び出し一瞬で俺の目の前まで迫ると、机に突き立てられていた剣を引き抜き、俺の耳にあてがった。
ペンを引っ掛けたことはあるけど、まさか耳に剣を引っ掛けるような経験をすることが人生において一度でもあるとは……。
「し、死ねと言いながら……どうして耳に?」
普通殺そうとするなら、ハネるのは耳じゃなくて首だろう。
まあ“首”と“耳”は漢字にすると、似てるような気がしないでもないけど。
「新年ってことで、その耳切り落として新しい耳にでもしてあげようかと思って」
少しドヤ顔でそんなことを言うラヴ。
新耳ってか……?
うまく言えたつもりか……?
「そんなの嫌だよ!」
ニューイヤーでも全然ハッピーじゃないよ!
『ア ハッピーニューイヤー』じゃなくて、『アン ハッピーニューイヤー』だよ!
「首よりはマシでしょ?」
そうかもしれないけど……。
そもそも耳って切り落としたらまた新しく生えてくるのか?
それって単に耳がなくなるだけじゃないの!?
去年ならぬ、去耳になるだけじゃないの!?
「耳がなくなる前に、何か言い残すことは?」
「い、言い残すことはないけど、食べ残したものはあるよ」
「?」
首を傾げるラヴ。
「ほら、パンがまだ食べかけ」
俺は机の上の、一口だけかじったパンを視線でさした。
「残さず全部食べなさい」
「は、はい……」
何だよこの状況。
そう言えば逸花にナンを出されたときも『残さず全部食べないとダメだよー』とか脅されながら食べたっけ。
あの時はナンで、今回はパンとか……。
「ってそうじゃなくてだなラヴ、ちょっと待ってくれよ、誤解なんだよ」
「何の誤解よ」
「誤解と言うか、言い間違え? 本当は『ラヴは何が食べたい?』って言おうと思ったんだ」
「どんな言い間違えよ!」
とんだ言い間違えだ!
「でもそれが言い間違いだったからって何? 今問題なのはその後の『まだ果実が実ってない』という発言よ? 失言よ?」
ああそうかそうか、そうだな、そっちの方だな。
「で、でもさ、それについてもちゃんと『まだ』って付けたじゃないか。これから大きくなる可能性は、十分に考慮してるよ? それに俺は別にちっちゃいのが悪いと言ってるわけではないじゃないか。ほら、ちっぱいは正義って言うし」
「……正義」
「そう、正義。だからさラヴ、とりあえず落ち着きなって。机の上に乗るという行為は、行儀が悪いし」
「…………そうね、ごめんなさい」
しばらく何かを考えた末、そう言って机から降りて、剣を腰の鞘にしまうラヴ。
「それにさ、無事こたつから出ることもできたじゃないか」
「それもそうね。って、いや、色々言いたいことはあるけど……まあいいわ。……と言うかもういいわ」
呆れたようにため息をつきながら、食事の間の出口へと歩いていく彼女。
「どこか行くのか?」
「何だか癪だけど、アンタの言うとおりせっかくこたつから出れたことだし、とりあえず書庫に、書架に行ってくるわ」
「書庫? 書架?」
「ええ、料理のレシピでも取ってこようかと思って。それに、読んでた本が読み終わったから、返して新しいのを取ってこようとも思ってたし。丁度いいわ」
言って、扉を開け部屋を出て行ってしまう。
「へぇ……」
……その割には、その読み終わって返そうとしているであろう本を、机の上に置き忘れているのですが。
たまに抜けているラヴちゃんである。
「待ってラヴ、俺も行くよ」
一人でこんなところにいても、暇だし。
俺は急いで食べかけのパンをたいらげ、ラヴの忘れた、机の上に積み上げられた数冊のぶ厚い本をまとめて抱え、彼女の背中を追った。




